【完結】改稿版 ベビー・アレルギー

キツナ月。

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第五章 クリスマスの涙

ごめんね。1

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 常夜灯だけの薄暗い部屋で途方に暮れる。
 ルナは、白い顔で泣くばかりだ。

 さっきから、どうしても佐山の顔が浮かんでしまう。
 ダメだ。こんな時間に。

 短時間で元に戻る可能性だってある。
 そうだ。朝になったら、今度こそ病院で診てもらおう。


 でも。


 小さなベビーを前にして、すべての判断が自分だけに委ねられていることに言いようのない不安を覚えた。

 弱い思いを必死で打ち消す。

 私が何とかしなきゃ。
 今ルナを助けられるのは、私だけだ。

 もしかしたら……。
 身体は冷たいけど、お腹も減っているかもしれない。
 ミルクを飲めば身体も多少暖まるかもしれない。
 何もしないよりはいい。


 「待っててね」


 ルナをそっと下すと、キッチンへ立った。

 ルナの泣き声が耳に刺さる。
 手が震えて哺乳瓶を取り落とす。
 その瞬間、いつも考えずに踏んでいる手順が一気に飛んだ。

 気は焦るのに一切動けない。
 私は頭を抱えた。


 もう駄目。
 足が、フラフラと玄関へ向かった。


 「ふええぇぇん」


 弱々しい泣き声が耳に入って我に返る。


 ミルク作りの手順。
 外は雪。
 今は午前二時過ぎ。
 ミルク作りの手順。


 脳がグルグル揺れて整理がつかない。
 冷え切ったルナを抱いているだけでは何も解決しないのに。
 頭の中だけが忙しくて、身体が完全にフリーズした。


 壁にもたれるように手をつき、額を寄せる。
 コツッ……。
 ルナのかすかな泣き声しかしない空間に、思いのほか音は響いた。


 「助けて……」


 乾いた唇から声が漏れる。
 答えはない。当然だ。
 
 何と未熟で自分勝手な女だろう。
 拒絶するような言葉を吐いておいて、同じ相手に今度は助けを求めている。

 無機質な壁の冷たさが、手や額を伝って胸の奥まで入ってくるようだった。



 どれくらい経ったのか。
 突然インターホンが鳴った。

 身構えていると、ドアの向こうから遠慮がちな声がした。


 「佐山です」


 「え?」


 ほとんど走るようにして鍵を開けに行った。
 スウェット姿の佐山が現れ、冷気を避けるように素早くドアを閉めた。


 「何かありましたか」


 「どうして分かったんですか?」


 私は呆然と佐山を見上げた。


 「……何となく」


 乳母車が占領する狭い玄関。
 佐山にしては、珍しく曖昧な物言いだった。
 目線だけが真っ直ぐこちらに向いている。


 来てくれた。


 「あの……私」


 「取り敢えず中へ」


 「は、はいっ……!」



 ルナは微かに泣きながら、明らかに元気のない様子で布団に横たわっている。
 少しでも温かくなるように毛布を重ねてある。

 佐山の大きな手がルナの頬に触れた。
 その横顔にサッと緊張が走る。
 スマホを探しかけたものの、思い直したように座り直した。
 佐山らしからぬ、迷いのある動きだ。


 「これは、いつから……?」


 佐山の問いに、これまでの状況を掻い摘んで説明する。


 「しばらくここに居ますから、休んでください」


 佐山はそう言ってくれたけれど、とてもそんな気になれない。私は首を横に振り続けた。


 「顔色が良くないですよ」


 心配そうな声音が胸に沁みた。

 来てくれた。
 どうしようもなく心細い時に。あんな言葉をぶつけたのに。

 胸を潰さんばかりの不安と、佐山の存在と。
 二種類の波が交互に寄せてきて、涙腺の制御ができなくなる。

 佐山は、それ以上何も言わなかった。
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