【完結】改稿版 ベビー・アレルギー

キツナ月。

文字の大きさ
上 下
103 / 130
第五章 クリスマスの涙

すれ違い2

しおりを挟む

 なのに。
 「暖房が効きすぎでは」という指摘に対する私の答えはあまりにも意固地で、人に話を聞いてもらうような態度ではなかった。

 ルナとケンカした直後で気が立って……本当に、ただの八つ当たりだったのだ。

 そりゃ、嫌われるわ。
 嫌われているであろうことを再認識した。

 「だからね、旦那とは今もケンカばっか」

 麻由子は頬杖をついて先を続ける。

 嘘でしょ。
 尻に敷かれるために生まれてきたような旦那様とケンカなんて。

 「絵美が羨ましいよ。佐山さん、優しいし」

 いや、付き合ってる訳じゃないし。
 麻由子こそ、人が羨むような生活じゃないの。

 「なに言ってんの、幸せな家庭持ちが」

 「あぁ。独身に戻って恋したい」

 何と、聞き捨てならない。

 「今からだって恋くらいできるわ!」

 冴子さんが身を乗り出す。
 友人を焚きつけないでもらいたい。

 麻由子は、家族は愛してるわよと前置きし、珍しくジトッとした目で私を見た。

 「だけど。誰と別れたとかくっついたとか、すごい楽しそうなんだもの」

 「はぁ?」

 ガクンと力が抜けて脳天から声が出てしまう。
 楽しそう? 私が?

 「楽しいワケないよ。
 こんなにキリキリするくらいなら早く身を固めたいわ」

 麻由子の奴、アレルギーもなく幸せな母親やってるクセに。
 嫌味に聞こえるわよ。

 黙って聞いていた冴子さんがケラケラと笑う。



 「幸せの形に正解なんてないよ。
 二人、それぞれに幸せ!」

 麻由子と二人、感心してしまう。
 大人の女性は言うことが違う。


 「私も……うん、幸せ。
 色々あるけど気ままにやってる」


 一瞬寂しそうに表情をかげらせた冴子さんは、口角を無理に上げて笑顔を作った。

 「自分が幸せじゃなきゃ、他の誰かの幸せは願えないもんね。
 私は、人の幸せを願えるババアになりたい」


 強いなぁ。
 私は、自分がそんな高みに到達するところを想像できない。
 天辺が見えない。エベレストみたい。

 冴子さんは、照れ隠しのようにルナとサルの引っ張り合いを始める。

 「二人とも。夫婦喧嘩はできるうちが華よ」

 彼女は、そう言って話をまとめた。
 だから、私の方は夫婦じゃないってば。

 「佐山さんのことだから、また普通に現れるんじゃない?」

 項垂うなだれる私を覗き込むようにして、麻由子は言った。
 私とは逆に、冴子さんの話で元気をもらったようだ。

 「……無理よ」

 散々助けてもらっておいて。
 そんな彼に暴言をぶつけてしまったのだ。
 思い出したように胸がチクチクと痛み出す。


 「分かったわ、絵美ちゃん。
 私に任せなさい!」


 高らかに宣言したのは冴子さんであった。胸
 の前で固く拳を握っている。

 「へ? 冴子さん?」

 「本気で佐山クン狙うって言うなら私、マジ協力する」

 冴子さんは今度は声を落とすと、密談でもするように顔を寄せてきた。

 「あきゃっ」

 ルナはくるりと寝返りを打つ。鼻息が荒いようだが地獄耳か?
 冴子さんは不敵に口元を歪める。

 「大丈夫よ。競争率は低いハズ」

 確かに、職場では変人で通っているという話だったが。

 「冬といえば。よね、冴子さん!」

 「あぶーっ! きゃはははっ!」

 麻由子がルナを抱き上げた。
 えらく盛り上がってるな。


 「そう、冬といえば! クリスマスよぉ!」
 
 
 冴子さんが切れ長の目をムフフと弓なりにする。

 クリスマス。
 気分的にも状況的にも浮かれてる場合ではないのだが、みんなの明るさには元気をもらえた。

 「そのためには。ね?」

 冴子さんはそう言って私に目配せをし、帰っていった。
 しばらくの間、高笑いが聞こえていた。



 そう。
 私、まず佐山に謝らなくちゃ。

 

 しかし、期待に反して。
 その夜、佐山はやって来なかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

きみに駆ける

美和優希
ライト文芸
走ることを辞めた私の前に現れたのは、美術室で絵を描く美少年でした。 初回公開*2019.05.17(他サイト) アルファポリスでの公開日*2021.04.30

【完結】限界離婚

仲 奈華 (nakanaka)
大衆娯楽
もう限界だ。 「離婚してください」 丸田広一は妻にそう告げた。妻は激怒し、言い争いになる。広一は頭に鈍器で殴られたような衝撃を受け床に倒れ伏せた。振り返るとそこには妻がいた。広一はそのまま意識を失った。 丸田広一の息子の嫁、鈴奈はもう耐える事ができなかった。体調を崩し病院へ行く。医師に告げられた言葉にショックを受け、夫に連絡しようとするが、SNSが既読にならず、電話も繋がらない。もう諦め離婚届だけを置いて実家に帰った。 丸田広一の妻、京香は手足の違和感を感じていた。自分が家族から嫌われている事は知っている。高齢な姑、離婚を仄めかす夫、可愛くない嫁、誰かが私を害そうとしている気がする。渡されていた離婚届に署名をして役所に提出した。もう私は自由の身だ。あの人の所へ向かった。 広一の母、文は途方にくれた。大事な物が無くなっていく。今日は通帳が無くなった。いくら探しても見つからない。まさかとは思うが最近様子が可笑しいあの女が盗んだのかもしれない。衰えた体を動かして、家の中を探し回った。 出張からかえってきた広一の息子、良は家につき愕然とした。信じていた安心できる場所がガラガラと崩れ落ちる。後始末に追われ、いなくなった妻の元へ向かう。妻に頭を下げて別れたくないと懇願した。 平和だった丸田家に襲い掛かる不幸。どんどん倒れる家族。 信じていた家族の形が崩れていく。 倒されたのは誰のせい? 倒れた達磨は再び起き上がる。 丸田家の危機と、それを克服するまでの物語。 丸田 広一…65歳。定年退職したばかり。 丸田 京香…66歳。半年前に退職した。 丸田 良…38歳。営業職。出張が多い。 丸田 鈴奈…33歳。 丸田 勇太…3歳。 丸田 文…82歳。専業主婦。 麗奈…広一が定期的に会っている女。 ※7月13日初回完結 ※7月14日深夜 忘れたはずの思い~エピローグまでを加筆修正して投稿しました。話数も増やしています。 ※7月15日【裏】登場人物紹介追記しました。 ※7月22日第2章完結。 ※カクヨムにも投稿しています。

義娘が転生型ヒロインのようですが、立派な淑女に育ててみせます!~鍵を握るのが私の恋愛って本当ですか!?~

咲宮
恋愛
 没落貴族のクロエ・オルコットは、馬車の事故で両親を失ったルルメリアを義娘として引き取ることに。しかし、ルルメリアが突然「あたしひろいんなの‼」と言い出した。  ぎゃくはーれむだの、男をはべらせるだの、とんでもない言葉を並べるルルメリアに頭を抱えるクロエ。このままではまずいと思ったクロエは、ルルメリアを「立派な淑女」にすべく奔走し始める。  育児に励むクロエだが、ある日馬車の前に飛び込もうとした男性を助ける。実はその相手は若き伯爵のようで――?  これは若くして母となったクロエが、義娘と恋愛に翻弄されながらも奮闘する物語。 ※小説家になろう様、カクヨム様でも掲載しております。 ※毎日更新を予定しております。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

ほどけそうな結び目なのにほどけないね

圍 杉菜ひ
ライト文芸
津賀子さんに迫り来るものとは…… 紹介文 津賀子は小学一年生の時以来と思われるソナタさんとトイレで偶然に再会した。この再会により津賀子は大変な目に……。

夜紅の憲兵姫

黒蝶
ライト文芸
烏合学園監査部…それは、生徒会役員とはまた別の権威を持った独立部署である。 その長たる高校部2年生の折原詩乃(おりはら しの)は忙しい毎日をおくっていた。 妹の穂乃(みの)を守るため、学生ながらバイトを複数掛け持ちしている。 …表向きはそういう学生だ。 「普通のものと変わらないと思うぞ。…使用用途以外は」 「あんな物騒なことになってるなんて、誰も思ってないでしょうからね…」 ちゃらい見た目の真面目な後輩の陽向。 暗い過去と後悔を抱えて生きる教師、室星。 普通の人間とは違う世界に干渉し、他の人々との出逢いや別れを繰り返しながら、詩乃は自分が信じた道を歩き続ける。 これは、ある少女を取り巻く世界の物語。

完結 愛のない結婚ですが、何も問題ありません旦那様!

音爽(ネソウ)
恋愛
「私と契約しないか」そう言われた幼い貧乏令嬢14歳は頷く他なかった。 愛人を秘匿してきた公爵は世間を欺くための結婚だと言う、白い結婚を望むのならばそれも由と言われた。 「優遇された契約婚になにを躊躇うことがあるでしょう」令嬢は快く承諾したのである。 ところがいざ結婚してみると令嬢は勤勉で朗らかに笑い、たちまち屋敷の者たちを魅了してしまう。 「奥様はとても素晴らしい、誰彼隔てなく優しくして下さる」 従者たちの噂を耳にした公爵は奥方に興味を持ち始め……

【完結】伯爵の愛は狂い咲く

白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。 実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。 だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。 仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ! そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。 両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。 「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、 その渦に巻き込んでいくのだった… アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。 異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点) 《完結しました》

処理中です...