上 下
102 / 130
第五章 クリスマスの涙

すれ違い1

しおりを挟む

 明け方。
 外を、新聞配達のバイクが走り過ぎて行った。

 一睡もできなかった。

 まだ暗い部屋でゆっくりと身を起こす。
 ルナと一言も交わさないまま夜が明けた。

 ルナとケンカして、佐山にイライラをぶつけて。
 いちばん大切にしたかった繋がりを、自分で壊してしまった。

 もう、自分で自分に審判を下したも同然ではないか。


 不合格。


 「絵美ぃ」


 頭の中でルナの声がした。
 薄暗い部屋で、ルナの目がぱちくりと開いている。

 「起きたぁ」

 見りゃ分かる。
 私はベッドを抜け出すと、ルナの顔色をチェックした。

 「な、何よぅ?」

 「あんた、寒くないの?」

 「ないよー」

 昨日とは打って変わったルナの態度に違和感を覚える。

 「あのね、ルナ。昨日、何があったか覚えてる?」

 「そういえば覚えてなーい」

 「……」


 まさか、一晩寝たからか──。


 寝ると忘れる。
 ベビーの特性。


 ここまでけろっとされると、自分は何に腹を立てていたのだろうと思えてくる。

 そもそも、何とかしてルナを病院へ連れて行きたかったわけだ。 
 保険証のことを聞くために依頼主の話を出したことでルナが怒り出した。

 もしかして、ベビーには理解し辛い話だった?
 いや、ミルクが足りていなくて機嫌が悪かっただけという可能性も?
 冷静になってみれば単純な話だ。

 こんな……こんな小さなことで。


 私は、佐山に八つ当たりをしてしまったのだ。



 ***


 「絵美ちゃん! どしたの、その顔!?」

 昼近くにやって来た冴子さんと麻由子は、玄関先で顔を見合わせた。

 「……元々こういう顔なんです」

 「すごいクマよ。それになんか、やつれたみたい」




 麻由子が淹れてくれたコーヒーを飲んで少し落ち着いた。

 「ぅあうー」

 ルナは冴子さんの膝によじ登り、「絵美の様子がヘンなの」と報告する。

 しかし冴子さんはルナを抱き上げて「高い高ーい」などとやり始めてしまい、ルナは困ったような顔で首を傾げた。

 「絵美ちゃん、疲れてるのよ。
 佐山クンに癒してもらったら?」

 ルナの頭を撫でながら、冴子さんは言った。
 ルナはサルの頭を鷲掴みにしている。

 佐山の名前を出されると胸が痛い。

 「……」

 「あらやだ。ケンカでもしたの?」

 私は溜め息をつきつつ、昨晩の出来事を吐き出した。
 そろそろ部屋に溜め息が充満して酸欠になるんじゃないだろうか。

 「絵美ちゃんにとって、佐山クンがそれだけ気を許せる相手になったってことね」

 冴子さんが、しかつめらしく頷いている。

 自分のコーヒーを淹れ終えた麻由子は、「気持ち分かるなぁ」と複雑な表情を浮かべて私の向かいに座った。

 「日中、子ども見てるのって自分だけじゃない?
 こっちはやっと聞いてもらえるって思ってても、相手の反応はイマイチだったりするのよね」



 それだ。
 私は、佐山に話を聞いてもらいたかっただけなんだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ヒロイン失格  初恋が実らないのは知っていた。でもこんな振られ方ってないよ……

ななし乃和歌
ライト文芸
天賦の美貌を持って生まれたヒロイン、蓮華。1分あれば男を落とし、2分あれば理性を壊し、3分あれば同性をも落とす。ところが、このヒロイン…… 主人公(ヒーロー役、京一)を馬鹿にするわ、プライドを傷つけるわ、主人公より脚が速くて運動神経も良くて、クラスで大モテの人気ナンバー1で、おもっきし主人公に嫉妬させるわ、さらに尿漏れオプション持ってるし、ゲロまみれの少女にキスするし、同級生のムカつく少女を奈落の底に突き落とすし……、最後に死んでしまう。 理由は、神様との契約を破ったことによる罰。 とまあ、相手役の主人公にとっては最悪のヒロイン。 さらに死んでしまうという、特殊ステータス付き。 このどん底から、主人公は地獄のヒロインを救い出すことになります。 主人公の義務として。

契りの桜~君が目覚めた約束の春

臣桜
ライト文芸
「泥に咲く花」を書き直した、「輪廻の果てに咲く桜」など一連のお話がとても思い入れのあるものなので、さらに書き直したものです(笑)。 現代を生きる吸血鬼・時人と、彼と恋に落ち普通の人ならざる運命に落ちていった人間の女性・葵の恋愛物語です。今回は葵が死なないパターンのお話です。けれど二人の間には山あり谷あり……。一筋縄ではいかない運命ですが、必ずハッピーエンドになるのでご興味がありましたら最後までお付き合い頂けたらと思います。 ※小説家になろう様でも連載しております

転移先は薬師が少ない世界でした

饕餮
ファンタジー
★この作品は書籍化及びコミカライズしています。 神様のせいでこの世界に落ちてきてしまった私は、いろいろと話し合ったりしてこの世界に馴染むような格好と知識を授かり、危ないからと神様が目的地の手前まで送ってくれた。 職業は【薬師】。私がハーブなどの知識が多少あったことと、その世界と地球の名前が一緒だったこと、もともと数が少ないことから、職業は【薬師】にしてくれたらしい。 神様にもらったものを握り締め、ドキドキしながらも国境を無事に越え、街でひと悶着あったから買い物だけしてその街を出た。 街道を歩いている途中で、魔神族が治める国の王都に帰るという魔神族の騎士と出会い、それが縁で、王都に住むようになる。 薬を作ったり、ダンジョンに潜ったり、トラブルに巻き込まれたり、冒険者と仲良くなったりしながら、秘密があってそれを話せないヒロインと、ヒロインに一目惚れした騎士の恋愛話がたまーに入る、転移(転生)したヒロインのお話。

歩美ちゃんは勝ちたい

秋谷イル
ライト文芸
 誰もが魂に「重力」を帯びている。その重力は時に数奇な運命を引き寄せる。  実父・浮草 雨道は「鏡矢」という家の血を引いていた。その特別な血が彼に強い「重力」を帯びさせ、哀しい結末へ到らせた。  そして彼の血を色濃く受け継いだ少女にも今、試練の時が訪れようとしている。  でも、大丈夫。  強面だけど優しい継父。おっとりしていてタフなママ。ちょっぴり怖い魔女叔母さんに頼りないけど気の利く叔父さん。可愛い盛りのイトコ達。恋愛上手な親友に、たまにおかしな男友達。  他にもたくさんの家族と友達に囲まれ、新主人公・大塚 歩美の平和な日常は続く。次々現れる変人、妖怪。たまにおかしな事件も起きるけれど、負けず挫けず頑張ります! まずは目指せ高校入試! 夢を叶えて教師になろう! ※前作とはジャンルが異なります。その前作はこちら↓ https://www.alphapolis.co.jp/novel/238840451/971531202

10分で読める『不穏な空気』短編集

成木沢ヨウ
ライト文芸
各ストーリーにつき7ページ前後です。 それぞれ約10分ほどでお楽しみいただけます。 不穏な空気漂うショートストーリーを、短編集にしてお届けしてまいります。 男女関係のもつれ、職場でのいざこざ、不思議な出会い……。 日常の中にある非日常を、ぜひご覧ください。

人違いラブレターに慣れていたので今回の手紙もスルーしたら、片思いしていた男の子に告白されました。この手紙が、間違いじゃないって本当ですか?

石河 翠
恋愛
クラス内に「ワタナベ」がふたりいるため、「可愛いほうのワタナベさん」宛のラブレターをしょっちゅう受け取ってしまう「そうじゃないほうのワタナベさん」こと主人公の「わたし」。 ある日「わたし」は下駄箱で、万年筆で丁寧に宛名を書いたラブレターを見つける。またかとがっかりした「わたし」は、その手紙をもうひとりの「ワタナベ」の下駄箱へ入れる。 ところが、その話を聞いた隣のクラスのサイトウくんは、「わたし」が驚くほど動揺してしまう。 実はその手紙は本当に彼女宛だったことが判明する。そしてその手紙を書いた「地味なほうのサイトウくん」にも大きな秘密があって……。 「真面目」以外にとりえがないと思っている「わたし」と、そんな彼女を見守るサイトウくんの少女マンガのような恋のおはなし。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しています。 扉絵は汐の音さまに描いていただきました。

世界はスキッピー

misuka
ライト文芸
しょーもないけど笑える毎日に生きている

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

処理中です...