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第五章 クリスマスの涙

衝突3

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 出かかった言葉を飲み込んでかぶりを振った。

 「もういい、勝手にしなさい」

 感情のやり場がない。

 ルナは、もう何も言い返してこなかった。
 私も顔を背けた。




 「顔色がすぐれませんね」

 「……どっちのことですか」

 「あなたですよ」

 夜、佐山がやってきた。

 ルナとは、あれから言葉を交わしていない。
 無言で世話をした。
 抵抗されないし何も言い合わないから、すぐに終わる。

 余る時間。久しぶりに手に入った自分だけの時間。
 ちっとも落ち着かなかった。
 たまに、思い出したようにルナの顔色をチェックしながら。



 「少々、暖房が効きすぎではないですか?」

 ルナの傍に腰を下ろした佐山は、ダウンコートのチャックを胸元まで下ろした。
 エアコンの設定温度は高めにしてある。

 「これでいいんです。
 またルナの体が冷えたらいけないので」

 「今日はけっこう暖かいですよ」

 「今朝、またあの症状が出たんです。
 すごく寒がって」

 「しかしですね」

 佐山が困ったような顔をする。
 胸がチリッとした。


 朝の病院。
 待合室で浴びた視線。


 化粧もせず髪も整えず、赤ちゃんを寝具でぐるぐる巻きにして。
 鬼気迫る表情かおでやって来た女は、可愛らしい内装の待合室でさぞかし異様に映ったことだろう。

 遠巻きに奇異なものを見るようにしていた人たち。
 おばあさんは、何かを悟ったみたいに微笑んでいた。

 佐山の表情かおが、その人たちと同じに見えた。
 チリリと焼け付いた痛みは、やがて這うように胸全体に広がっていく。


 何も知らないくせに。


 「どうして、そんな目で見るんですか?」


 佐山が不思議そうに顔を上げた。

 駄目、止まらない。
 イライラする。

 「所詮は他人事ひとごとなんですね、佐山さんも」

 「え?」

 「佐山さん、見てないでしょ?
 実際にルナがどうなったのか。
 私がどんな気持ちでいたか、知らないでしょ!?」

 「宮原さん……」

 「全部終わってからやって来て、上から目線でダメ出しして楽しいですか!?
 どうせ、私のこと馬鹿にしてるんでしょ!」

 「……」


 だから、どうしてそんな顔ができるのよ。
 八つ当たりされてるのに表情ひとつ変えない。


 「……分かりました」

 佐山は、ルナの頭をひと撫でして立ち上がった。

 「もう失礼します。何かあったら呼んでください。
 それから。できれば、あなたもきちんと休んでください」

 目の端に、遠ざかる佐山の後ろ姿が捉えられる。
 行ってしまう。
 

 待って。


 今、追いかけてその腕を引けば。
 彼はきっと、私の手を振り払うような真似はしない。

 でも、私は一歩も動けなかった。
 ドアが音をたてて閉まる。

 完全に嫌われた。
 佐山は、もう二度とここへは来ないだろう。

 その場に座り込んだ。
 嗚咽がこみ上げる。

 声をあげて泣くのは、上京以来初めてだった。

 十二月の始め。
 大切な人が遠ざかる足音を聞いた。

 私が壊したんだ。
 何もかも。

 審判の日は、もうすぐそこに迫っているのに──。
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