93 / 130
第四章 続・十一月の受難
男の本音4
しおりを挟む
地下駐車場へ続くエレベーターホール。
さっきまで「ここで奴に見られたらまたストーカー扱いだ」などと軽口を飛ばしていた昌也であったが、ガランとした空間に近づくと急速に大人しくなった。
「なあ、さっきの。
ユイカのことだけど」
また友人として会ってやってくれないかという、先程の依頼を思い出す。
「ユイカさんの方が嫌がるんじゃないの?」
昌也の思うところが分からず、私は戸惑いを覚えた。
「あいつは、俺らのことをただの友達同士だと思ってる」
「いや、そんなワケないって!」
それは表向きだ。
内心、不安に決まっている。
私は、産後間もないユイカさんのメンタルが本気で心配になってきた。
「そういうヤツなんだよ」
しかし、昌也は呑気に目元を綻ばせる。
あの公園で遭遇した後、ユイカさんは不思議そうに聞いたそうだ。
「絵美さんを知ってるの?」と。
「知り合いだ」というぎこちない説明にもかかわらず、彼女はそれを信じた。
その目には、1ミリの疑いの色も無かったという。
それだけでなく、この偶然をいたく喜んでくれているとか。
ホントか?
無理してるんじゃないのか。
ユイカさん、良い人だし……。
私は訝しい思いで昌也を見返したのだが。
彼女の天使の如き素直な性格を考えると、あり得ることだとも思えてきた。
むしろ、とても彼女らしいのかも。
「分かった。
近いうちに行くわ、あの公園」
決めてしまうと、今度はユイカさんに会うのが楽しみになってきた。
審判以降を想像すると、喉が詰まるように苦しくなるけど。
「俺さ」
昌也が何か言いかけた時、チンと音がして下降の矢印が点滅を始めた。
ようやくエレベーターが降りてきたのだ。
これで、もう会うことはないだろう。
彼は先を続けた。
「自信ねえんだよな。
家族を守る自信」
「どうしたの、急に?」
いつも根拠のない自信に溢れていて、それでもどこか憎めない。
そんな彼が見せたことのない弱々しい横顔である。
「大きすぎるんだよ、存在が。
大切すぎて怖くなるんだ。間違えたら失いそうで」
先延ばしになっていた入籍。
彼なりに思うところがあったのだろうか。
ユイカさんは、そんな彼を信じて待っていた。
「あんたは、もっとユイカさんを信用しなさい!」
背中をバン! と叩いてやる。
勢いでよろけた彼は、ちょうど開いたエレベーターの箱の中へ転がり込んだ。
先に乗っていた幾組かのファミリーが目を丸くしている。
「あんたなんかに勿体無い、最高の嫁じゃん!
家族でしょう、あんたたちは」
彼は、ピクリと肩を動かして振り返った。
まったく、世話が焼ける元彼だ。
「がんばれ」
「ああ」
昌也は大きく頷いた。
余計な言葉はない。でも、多分もう大丈夫だ。
「彼氏と仲良くな」
否定する前に、エレベーターの扉が静かに閉じた。
さっきまで「ここで奴に見られたらまたストーカー扱いだ」などと軽口を飛ばしていた昌也であったが、ガランとした空間に近づくと急速に大人しくなった。
「なあ、さっきの。
ユイカのことだけど」
また友人として会ってやってくれないかという、先程の依頼を思い出す。
「ユイカさんの方が嫌がるんじゃないの?」
昌也の思うところが分からず、私は戸惑いを覚えた。
「あいつは、俺らのことをただの友達同士だと思ってる」
「いや、そんなワケないって!」
それは表向きだ。
内心、不安に決まっている。
私は、産後間もないユイカさんのメンタルが本気で心配になってきた。
「そういうヤツなんだよ」
しかし、昌也は呑気に目元を綻ばせる。
あの公園で遭遇した後、ユイカさんは不思議そうに聞いたそうだ。
「絵美さんを知ってるの?」と。
「知り合いだ」というぎこちない説明にもかかわらず、彼女はそれを信じた。
その目には、1ミリの疑いの色も無かったという。
それだけでなく、この偶然をいたく喜んでくれているとか。
ホントか?
無理してるんじゃないのか。
ユイカさん、良い人だし……。
私は訝しい思いで昌也を見返したのだが。
彼女の天使の如き素直な性格を考えると、あり得ることだとも思えてきた。
むしろ、とても彼女らしいのかも。
「分かった。
近いうちに行くわ、あの公園」
決めてしまうと、今度はユイカさんに会うのが楽しみになってきた。
審判以降を想像すると、喉が詰まるように苦しくなるけど。
「俺さ」
昌也が何か言いかけた時、チンと音がして下降の矢印が点滅を始めた。
ようやくエレベーターが降りてきたのだ。
これで、もう会うことはないだろう。
彼は先を続けた。
「自信ねえんだよな。
家族を守る自信」
「どうしたの、急に?」
いつも根拠のない自信に溢れていて、それでもどこか憎めない。
そんな彼が見せたことのない弱々しい横顔である。
「大きすぎるんだよ、存在が。
大切すぎて怖くなるんだ。間違えたら失いそうで」
先延ばしになっていた入籍。
彼なりに思うところがあったのだろうか。
ユイカさんは、そんな彼を信じて待っていた。
「あんたは、もっとユイカさんを信用しなさい!」
背中をバン! と叩いてやる。
勢いでよろけた彼は、ちょうど開いたエレベーターの箱の中へ転がり込んだ。
先に乗っていた幾組かのファミリーが目を丸くしている。
「あんたなんかに勿体無い、最高の嫁じゃん!
家族でしょう、あんたたちは」
彼は、ピクリと肩を動かして振り返った。
まったく、世話が焼ける元彼だ。
「がんばれ」
「ああ」
昌也は大きく頷いた。
余計な言葉はない。でも、多分もう大丈夫だ。
「彼氏と仲良くな」
否定する前に、エレベーターの扉が静かに閉じた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説

冤罪から逃れるために全てを捨てた。
四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】婚約破棄の代償は
かずきりり
恋愛
学園の卒業パーティにて王太子に婚約破棄を告げられる侯爵令嬢のマーガレット。
王太子殿下が大事にしている男爵令嬢をいじめたという冤罪にて追放されようとするが、それだけは断固としてお断りいたします。
だって私、別の目的があって、それを餌に王太子の婚約者になっただけですから。
ーーーーーー
初投稿です。
よろしくお願いします!
※こちらの作品はカクヨムにも掲載しています

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

ズッ友宣言をしてきたお隣さんから時々優しさが運ばれてくる件
遥 かずら
恋愛
両親が仕事で家を空けることが多かった高校生、栗城幸多は実質一人暮らし状態。そんな幸多のお隣さんには中学が一緒だった笹倉秋稲が住んでいる。
彼女は幸多が中学時代に告白した時、爽やかな笑顔を見せながら「ずっと友達ならいいですよ」とズッ友宣言をしてきた快活系女子だった。他にも彼女に告白した男子も数知れずいたもののやはり友達止まり。そんな笹倉秋稲に告白した男子たちの間には、フラれたうちに入らない無傷の戦友として友情が芽生えたとかなんとか。あくまで友達扱いをしていた彼女は、男女関係なく分け隔てない優しさがあったので人気は不動のものだった。
「高校生になってもずっとお友達だよ!」
「……あ、うん」
「友達は友達だからね?」
やんわりとお断りされたけどお友達な関係、しかもお隣同士な二人の不思議な関係。
本音がつかめない女子、笹倉秋稲と栗城幸多の関係はとてもゆっくりとした時間の中から徐々に本当の気持ちを運ぶようになる――
懐いてた年下の女の子が三年空けると口が悪くなってた話
六剣
恋愛
社会人の鳳健吾(おおとりけんご)と高校生の鮫島凛香(さめじまりんか)はアパートのお隣同士だった。
兄貴気質であるケンゴはシングルマザーで常に働きに出ているリンカの母親に代わってよく彼女の面倒を見ていた。
リンカが中学生になった頃、ケンゴは海外に転勤してしまい、三年の月日が流れる。
三年ぶりに日本のアパートに戻って来たケンゴに対してリンカは、
「なんだ。帰ってきたんだ」
と、嫌悪な様子で接するのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる