【完結】改稿版 ベビー・アレルギー

キツナ月。

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第四章 続・十一月の受難

男の本音3

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 絶句する私を、昌也は不思議そうに見返した。

 「あの変わった奴。
 旦那なんだろ?」

 「ちちち違うわよ、誰があんな人と!
 これには事情がっ」

 私はルナを預かった経緯や、あの日の事情を掻い摘んで話した。
 あの日とは、もちろん十月の修羅場のことである。

 「何だよ、てっきりお前の腹から出てきたんだと思ってたぜ!」

 昌也はピシリと膝を叩いて素っ頓狂な声を上げた。


 私は不貞を働いたりしないの、あんたと違って。


 嫌味の一つも言いたくなるが、今にして思えば誤解する側の気持ちも分かる。

 「ごめんなさい。
 あの時、脅すみたいなこと言って」

 あの時、私はルナのことを「あなたの子よ」などと言って薄ら笑いを浮かべていたのだった。
 昌也を追い詰めたい一心だったのだ。
 それは佐山によって阻止され、話はさらにこじれたのだが。

 彼もすぐに思い当たったらしく、「ああ」と額に手を当てた。

 「まあ、あれを完全に否定できない俺も俺っていうか。
 ごめんな」

 力なく答える昌也に向かって、もういいんだと首を振ってみせる。
 笑顔を作ったつもりだが、少々ぎこちなかったかもしれない。

 これで良かったのだ。

 どんなにぶつかり合っても、私たちが上手くやっていける道は無かった。
 ベビーに対する考え方が違ったからだ。

 昌也は別の道を行き、父親になる夢を叶えた。

 あんなに素敵な奥さんもらっちゃって。
 もう、浮気とかしたら駄目だよ。

 「それにしても、よく預かったな。
 大変だっただろ」

 昌也が乳母車の中を覗き込んだ。
 実感が湧かないなんて言いつつ、しっかり父親の顔だ。

 「あんたと別れてから色々考えてね。
 ちょうどそんな時に頼まれたから」

 詳しい経緯はぼかしておいた。
 ルナがひょうとともに湧くように現れたなんて言えないのである。

 「タイミング悪すぎだろ。
 しかもあの公園に来るなんてさ」

 衝撃の事件も、過ぎてしまえば何故だか可笑おかしくなってくる。
 二人で笑ったのは本当に久しぶりだった。

 ルナを見守る昌也の眼差しは優しい。
 家族のことを裏切るような真似はしないだろう。

 彼は乳母車に目を遣ったまま、ベビーを預かるなんて即決するところは、いかにもお前らしい、と言った。



 「ちょっと待て」

 昌也が記憶を探るように眉を寄せる。

 「俺は、のままかよ!」


 あ──!!


 ルナが手足を動かしてけたけたっと笑い声を上げた。

 そうだった。
 あの時の話の流れだと。

 佐山は昌也のことを、私の元彼であり、付きまといを続けるストーカーだと思い込んでいるのだ。
 初めは、春頃アパート付近に出没していた変質者だろうと問い詰めたくらいである。

 「ご、ごめん!」

 昌也は溜め息をついて頭を抱え込む。

 「いいよ、もう。
 奴に会うこともないだろうからさ」

 嫌がられるかと思ったが、彼は思いのほか寛大であった。
 確かに友達になれないタイプだろうなぁ、お互いに。



 「その代わり。
 くっついちまえ、さっさと」



 ポツンと吐き出された言葉。
 時間差で身体中から汗が噴き出す。

 「だ、だから違うって!
 さっきも説明したでしょ」

 「うっせー、真っ赤な顔しやがって」

 「なっ、暖房が暑いだけよ!」

 バコンッと頭をはたかれた。

 「お前の嘘はバレバレだ。
 顔に出てんだよ」

 今度は私が頭を抱える番だった。
 意識をすればするほど、身体は言うことを聞かずに熱を持つ。

 昌也がニヤリと笑った。

 「良かったよ。
 お前が独り身のままじゃ寝覚めが悪いからな」

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