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第四章 続・十一月の受難
男の本音1
しおりを挟むこの人混みの中、わざわざ追いかけてくる必要あった?
気づかないフリで通り過ぎてくれれば良かったのに。
「よぉ。久しぶりだな」
疲れたような顔で、両手に大きな紙袋を提げた人物。
杉野昌也は言った。
「ほれ」
昌也から缶コーヒーを手渡される。
クリスマス商戦の始まった土曜日のショッピングセンターに、ゆっくり座れるスペースなどない。
私たちはトイレ前のベンチに落ち着いた。
太い柱を囲むように円形になっている。
「どうも」
軽く礼を言って缶を受け取る。
こんな場所まで人で埋まっているのには閉口した。
皆、売り場の熱気に当てられたような顔をして。
一人のおじさまは居眠りなんかしている。
昌也に会うのは十月の修羅場以来だ。
今さら何の用だろう。
「覚えとけよ!」と捨て台詞を吐かれた記憶はあるが、まさか本当に仕返しをするつもりでもあるまい。
「……生まれたの?」
私は、なかなか話を切り出さない彼に水を向けた。
傍らに紙袋が置かれている。
ルナの物を買うのと同じ店の物だ。
「ああ」
「おめでとう。
男の子だったわね」
ルナが喜ぶようにきゃきゃっと笑ったが、昌也は「うーん」と浮かない返事をする。
「もうちょっと嬉しそうにしたら?」
昌也はコーヒーを一口含んでフーッとため息をついた。
「思ったより実感が湧かない」
そんなもの?
私は、手の中で弄んでいた缶コーヒーのプルタブを引いた。
「これから金もかかるし、悩ましいこともあるんだよ」
「ふうん。だからわざわざこっち来てんだ?
ニュータウンから」
「なんか知らねぇけど、あっちは物価が高くてさ」
昌也は投げやりに言って、またコーヒーをあおった。
「無理してあんなとこ住むからよ」
ニュータウンの高級マンション。
ローンはいつまで続くんだろう。
呆れ半分で言ってやると、昌也はグッと胸を反らせた。
「やるからには中途半端じゃ駄目なんだよ」
また始まった。
昌也は昔からそうだ。
張り切りすぎて何でも形から入るところがある。
それが可愛いと思える時期もあった。
すぐにイヤになったけど。
「あんたねぇ。
家族を守ることも考えなさいよ」
極力合わせないようにしていた視線が合った。
昌也はムッとしたような顔をしている。
私に説教される筋合いはないとでも思ったのか。
が、その強い視線の中に、やがて気まずそうな影がよぎる。
それは、罪悪感?
もしも。
もしも別れてなかったら。
ニュータウンに住もうなんて無邪気に張り切る彼の横で、私は笑っていただろうか。
冷めたコーヒーを口に運び、懐かしい横顔を盗み見る。
少しの沈黙の後、彼はそんな感傷を撥ね除ける爆弾を投下した。
「また、ユイカと会ってやってくれるか?」
「はあ!?」
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