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第四章 続・十一月の受難
娑婆の空気3
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「でも、冴子さん。どうして?」
寝ようと目は閉じたものの、どうしても気になることがあった。
「んー?」
冴子さんはモゾモゾと体勢を変え、枕に肘をつく。
何やら修学旅行のような雰囲気になってきた。
仮眠を取ると言いつつ、しばらくはお喋りに時間が費やされそうだ。
「どうしてそこまで怒ってくれたの?
大家さんの話をまともに取ることもできたでしょう?」
私が訊くと、冴子さんは綺麗な横顔こちらに見せながら呟いた。
「誠意を感じなかったから、かな」
「誠意?」
「情報提供はいいとして、そこに事件が解決してほしいって思いがこれっぽっちも見えなかった」
確かに、純粋に事件解決に協力したいのであれば店で自慢話はしないだろうな。
「あのババア、人の不幸を探すようなところあるじゃない?
承認欲求も強くて。
注目浴びたいみたいな、下心がバレバレ」
道代が自慢げに語る様は容易に想像できた。
「辛い思いで情報を求めてた人だっているのよ」と、冴子さんは怒りを滲ませる。
岩崎家のことだと、すぐに分かった。
道代は私を貶め、自分の承認欲求を満たすために事件を利用したのだ。
事件の影に、想像を絶する思いを抱えていた人々が存在するというのに。
事件の経過と、とりわけ梨奈ちゃんの母親の心の内を思うとまだ胸が痛む。
「っていうのは半分で。
本当はあんたたちが心配だった。すごく」
ずっと憤慨していた冴子さんの声が、打って変わってしおらしくなる。
伸び上がって様子を見ると、彼女はちょうど仰向けに体勢を変えたところだった。
「冴子さん……?」
返事はない。急に眠気が襲ってきたのだろうか。
「ありがとう、冴子さん」
小声で礼を言い、自分も睡眠を取ろうと思った時だった。
「あんたたち見てると、昔の自分を思い出すの」
冴子さんが目を開けた。
仰向いいたまま、じぃっと天井を見つめている。
「絵美ちゃん、私ね」
彼女は逡巡するように目を泳がせると、やがて細く息を吐いた。
「二十年前。
私……自分の子を、捨てたの──」
寝ようと目は閉じたものの、どうしても気になることがあった。
「んー?」
冴子さんはモゾモゾと体勢を変え、枕に肘をつく。
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「どうしてそこまで怒ってくれたの?
大家さんの話をまともに取ることもできたでしょう?」
私が訊くと、冴子さんは綺麗な横顔こちらに見せながら呟いた。
「誠意を感じなかったから、かな」
「誠意?」
「情報提供はいいとして、そこに事件が解決してほしいって思いがこれっぽっちも見えなかった」
確かに、純粋に事件解決に協力したいのであれば店で自慢話はしないだろうな。
「あのババア、人の不幸を探すようなところあるじゃない?
承認欲求も強くて。
注目浴びたいみたいな、下心がバレバレ」
道代が自慢げに語る様は容易に想像できた。
「辛い思いで情報を求めてた人だっているのよ」と、冴子さんは怒りを滲ませる。
岩崎家のことだと、すぐに分かった。
道代は私を貶め、自分の承認欲求を満たすために事件を利用したのだ。
事件の影に、想像を絶する思いを抱えていた人々が存在するというのに。
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「っていうのは半分で。
本当はあんたたちが心配だった。すごく」
ずっと憤慨していた冴子さんの声が、打って変わってしおらしくなる。
伸び上がって様子を見ると、彼女はちょうど仰向けに体勢を変えたところだった。
「冴子さん……?」
返事はない。急に眠気が襲ってきたのだろうか。
「ありがとう、冴子さん」
小声で礼を言い、自分も睡眠を取ろうと思った時だった。
「あんたたち見てると、昔の自分を思い出すの」
冴子さんが目を開けた。
仰向いいたまま、じぃっと天井を見つめている。
「絵美ちゃん、私ね」
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