【完結】改稿版 ベビー・アレルギー

キツナ月。

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或る女の犯行計画1

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 勘弁してくれ──!
 男は深々と溜め息をついた。


 この大型スーパーには、食料品や日用品、ちょっとした衣料品まで。生活に必要な物は大抵揃っている。
 彼は、この店の店長だ。

 目下の悩みは頻発する万引き。
 どれだけ対策を講じても、大規模な店舗ゆえに死角は多い。

 彼は今日もまた、従業員からの連絡を受けて出勤時間を早めざるを得なかった。

 事務所に通されていたのは、これといって特徴のない女だった。
 傍らのベビーカーには赤ん坊がちょこんと乗せられている。

 従業員の話によると、女は粉ミルクの缶を手に、周囲も呆気にとられるほど堂々とレジの前を素通りして行ったという。

 事務机の上には今、その粉ミルク缶が所在無さげに置かれている。
 可愛らしいイラストが描かれたピンク色の缶。
 こういう場所にあると、どうも心がささくれ立ってくる。

 女は、ぼんやりしていただけなんです、と小声で言った。

 生活に困って、という万引き犯もいなくはない。
 しかし彼が店長として見てきたのは、どこか満たされていないような人間ばかりだった。
 何故この子が、というような中高生だったり寂しい老人だったり、ごく普通の主婦だったり……。

 この女からも、それと同じ種類の匂いがした。

 ただ、そんな相手にいちいち同情していては商売上がったりである。


 「今回は厳重注意にしときますがねぇ。困るんですよ、こういうことは」

 女は、少なくともこの店では初犯のようだった。反抗的な様子も見られない。いささか冷静すぎるように見えなくもないが。元々こういう女なのか、と彼は訝しんだ。

 「迎えに来れる人はいます? 旦那は?」
 
 まったく。こんなに可愛い赤ん坊がいるってのに、何が満たされないんだ?
 彼は、先程はチラリとしか目をくれなかった赤ん坊を覗き込んだ。

 「……」

 待てよ? この子、何処かで──。

 「あぁあッ!」

 彼は仰天した。椅子を蹴倒す勢いで立ち上がる。心臓が口から飛び出すくらいの衝撃だった。
 直後、女の頰に一筋の涙が光った。


 ***

 女は天涯孤独だった。

 親しい友はいない。それで良かった。
 誰も信じない。物心ついた頃から虐げられてきた女の心は、分厚い氷で閉ざされていた。

 ある時期、恋人と呼べる男が存在したことがある。やがて女の金が目当てであったことが露見すると、男は悪びれもせず去って行った。
 これといって感情は動かなかった。
 強いて言えば、事務上の不備をチェックし終えた時の感覚に似ていた。
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