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第三章 十一月の受難
再会1
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取調室を出ると、暗がりに馴れた目に朝の光が刺さった。
ここで少し待つように言われ、私は手近なパイプ椅子に腰掛けた。
長机や椅子が雑然と並んでいる。
会議でもする部屋なのか。
掃除が行き届いているとは言い難く、黒ずんだ床の所々に埃が溜まっている。
しばらくして、林が茶を出して行った。
メラミン製の湯呑みに、見るからに薄い緑茶がたゆたっている。
疑いが晴れた。
早朝、隣町から報せが入ったのだ。
二十四時間営業の大型スーパーで、岩崎梨奈ちゃんを保護。
女一人を拘束──。
ルナのことが気にかかった。
一晩、どう過ごしたのか。
ノックの音がした。
喉が枯れて思うように反応できなかったが、返事の有無に関わらず扉は開かれた。
小山内に続き、顔も体型も福々しい女性が姿を現す。
「ルナ!」
不覚にも泣そうになった。
その福々しい女性の腕の中に、ルナの姿があったからだ。
女性は、警察関連の施設の者だと身分を明かした。
ルナはミルクをしっかり飲み、体調などにも問題がないという。
女性の腕から半ば奪うようにして、ルナをこの手に抱きとめた。
「あんた、こんなに重かったっけ?」
気づいた時には、あの女性はもういなくなっていた。
彼女の顔すら覚えていなかった。
とても福々しい女性だったということ以外、何も。
お礼くらい言えば良かった。
「絵美ぃ、サルは?」
ふいに、ルナが言った。
ああ、この感覚だ。
頭に声が届く。
やっぱり、ルナはルナなのだ。
「帰ればちゃんとあるから……って。
あんた、そんなこと考えてたの?」
「サルと遊びたい」
「私に会いたいとは思わなかったワケ?」
あの苦しみは一体何だったのだろう。
まぁ、“寝ると忘れる”現象は以前にもあった。
ルナとて未発達なベビーだ。
それにしても重い。
乳母車も無いし、どうやって帰ろうかと思案し始めたところで、当惑顔の小山内に気がついた。
ルナの言葉は私にしか理解できないのだ。
「こ、これ癖なんです! あははっ」
「……」
反応が芳しくない。
若干きまりが悪かったが、小山内はそれについて特に指摘してくることはなく、気を取り直すようにコホンと咳払いをした。
「その……なんだ。
申し訳なかったな」
あの小山内がこんなセリフを。
本当に同じ人物だろうか。
意外すぎて返答に窮した時、再び扉がノックされた。
林に続いて姿を見せた人物。
シャツの上からダウンコートを引っかけ、乳母車を押している。
「あ……」
安心した。
このまま膝から崩れて、溶けちゃうんじゃないかってくらい。
でも、また迷惑かけちゃった。
その人物は言った。
「まったく、あなたは。本当に災難ばかり続く人ですね」
ここで少し待つように言われ、私は手近なパイプ椅子に腰掛けた。
長机や椅子が雑然と並んでいる。
会議でもする部屋なのか。
掃除が行き届いているとは言い難く、黒ずんだ床の所々に埃が溜まっている。
しばらくして、林が茶を出して行った。
メラミン製の湯呑みに、見るからに薄い緑茶がたゆたっている。
疑いが晴れた。
早朝、隣町から報せが入ったのだ。
二十四時間営業の大型スーパーで、岩崎梨奈ちゃんを保護。
女一人を拘束──。
ルナのことが気にかかった。
一晩、どう過ごしたのか。
ノックの音がした。
喉が枯れて思うように反応できなかったが、返事の有無に関わらず扉は開かれた。
小山内に続き、顔も体型も福々しい女性が姿を現す。
「ルナ!」
不覚にも泣そうになった。
その福々しい女性の腕の中に、ルナの姿があったからだ。
女性は、警察関連の施設の者だと身分を明かした。
ルナはミルクをしっかり飲み、体調などにも問題がないという。
女性の腕から半ば奪うようにして、ルナをこの手に抱きとめた。
「あんた、こんなに重かったっけ?」
気づいた時には、あの女性はもういなくなっていた。
彼女の顔すら覚えていなかった。
とても福々しい女性だったということ以外、何も。
お礼くらい言えば良かった。
「絵美ぃ、サルは?」
ふいに、ルナが言った。
ああ、この感覚だ。
頭に声が届く。
やっぱり、ルナはルナなのだ。
「帰ればちゃんとあるから……って。
あんた、そんなこと考えてたの?」
「サルと遊びたい」
「私に会いたいとは思わなかったワケ?」
あの苦しみは一体何だったのだろう。
まぁ、“寝ると忘れる”現象は以前にもあった。
ルナとて未発達なベビーだ。
それにしても重い。
乳母車も無いし、どうやって帰ろうかと思案し始めたところで、当惑顔の小山内に気がついた。
ルナの言葉は私にしか理解できないのだ。
「こ、これ癖なんです! あははっ」
「……」
反応が芳しくない。
若干きまりが悪かったが、小山内はそれについて特に指摘してくることはなく、気を取り直すようにコホンと咳払いをした。
「その……なんだ。
申し訳なかったな」
あの小山内がこんなセリフを。
本当に同じ人物だろうか。
意外すぎて返答に窮した時、再び扉がノックされた。
林に続いて姿を見せた人物。
シャツの上からダウンコートを引っかけ、乳母車を押している。
「あ……」
安心した。
このまま膝から崩れて、溶けちゃうんじゃないかってくらい。
でも、また迷惑かけちゃった。
その人物は言った。
「まったく、あなたは。本当に災難ばかり続く人ですね」
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