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第三章 十一月の受難

仮想新婚、からの6

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 「無駄なことを」

 林が舌打ちする。

 佐山が小さく息をついて、うつむくのが視界の隅に入った。
 私は呆然とソファを眺めることしかできない。


 違う。絶対ここに入れた。


 あの日。九月二十五日。
 麻由子に怪しまれたくなくて、ここに隠したのだ。

 「気が済んだか」

 小山内が待っていたように私の傍らに立つ。
 視界から佐山とルナが消えた。

 あの紙が無ければルナの存在を証明できない。
 このままでは、ルナは“梨奈ちゃん”として岩崎家へ連れて行かれてしまう。


 引き離される。


 ルナは梨奈ちゃんじゃない。
 すがるような思いで小山内を見上げた。
 乾き切った唇から細い息が漏れ出ていく。

 私たちを囲む輪に向かって小山内が頷くと、捜査員がワッと殺到する。

 ルナが、ついに佐山の手から引き剥がされた。
 林がルナを抱き上げる。
 ぐしゅぐしゅとくすぶるようだったルナの泣き声が、火がついたようにひときわ大きくなった。

 「乱暴に扱わないでください。
 話を聞いてください」

 佐山の声が混乱の中で掻き消され、ルナの叫びが鼓膜を叩く。

 「……めて」

 冷え切った血液が一気に沸点を迎える。
 気づいたら立ち上がっていた。

 「やめなさいっ!!」


 自分が思うより大きな声が出た。



 「ぶええぇんっ!」


 「あんたたち、聞こえないの?
 嫌がってるじゃない。
 怖いって言ってるじゃないの!」


 数人の捜査員から失笑が漏れた。

 おかしいのはそっちだ。
 私にはハッキリ聞こえてる。ルナの声が。
 
 「ルナに触らないで! 
 これ以上勝手なことしたら警察呼ぶわよ!」

 自分が何を言ったかよく分らない。

 「あんた、バカか?」

 「宮原さん、落ち着いて」

 様々な声が入り乱れ、水の中に入ったように耳の中でコポコポと音が鳴る。
 佐山からも声をかけられたような気がするが、やはりよく分からない。

 「さあ、来るんだ」

 小山内が私の背に手を回す。
 全身が総毛立った。

 「何すんのよ、クソジジイ!!」

 「文句は署で聞く」

 小山内や他の捜査員らと揉み合いになる。
 力では敵わない。

 でも、顔を上げたら確かに見えた。
 ルナが泣きながらこちらへ手を伸ばしている。

 「嫌だって言ってるじゃない!
 どうして分からないの!?」

 隙をついて捜査員の間をすり抜け、林の腕をつかむ。
 びくともしない。

 すぐに小山内が追ってくる。
 手首に冷たい感触が走った。


 「二十時五十七分、確保」


 十一月の初め。

 変態男に襲われて。
 変わり者の隣人に助けてもらって。
 一緒にごはん食べてドキドキして。
 


 逮捕された。
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