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第三章 十一月の受難
仮想新婚、からの2
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「まぁ、いいじゃないですか。
食べれるんだし」
「料理ができない人というのは、そもそも計画性が無いのですよ」
私に構わず、佐山は指を立てて持論を展開し始める。
「できない人に限って自由に工程をアレンジしてしまうのです。
同じシチューは、もう二度とできないでしょう」
ここで言葉を切ると、佐山はまた真っ赤なシチューをすすった。
「適当な道を歩んだ結果、こういった謎深いものができる」
スプーン片手に真っ赤なシチューを見下ろして、ゆっくりと首を横に振る佐山。
指摘が正確すぎて超腹立つ。
「無謀の一言に尽きます。
いかにもあなたらしい。
まったく、あなたという人は」
忘れてた。佐山の性格。
佐山は、こういう男だった。
「食事中はお静かに。
もう。いっぱい飛んでるじゃないですか」
「フッ、まるで血痕だな」
この落差は何なの。
身体にこもった熱が引いていく。
ピンチに現れて、後処理までスマートで。
あの時のヒーローはいずこへ。
「そういえば、昨日はどうしたんですか?」
少し眠そうなルナの様子を見つつ、佐山に尋ねた。
「あッ。いえ、ルナが会いたいって言っ……寂しそうにしてたので」
「風邪で寝込んでいたのです。
ルナさんに感染してはいけないと思いまして」
風邪──。
少々力が抜けた。
佐山は体調が戻りつつあった今夜、コンビニから帰った際に私の危機に遭遇したのだと言った。
あのニュースを気にしていたわけではなかったのか。
ニュースで公開された岩崎梨奈ちゃんは、ルナと瓜二つだった。
あのニュースの直後に佐山が現れなかったために、疑われているか軽蔑されているかと思い悩んだのだが。
何となく佐山の顔色をうかがってしまう。
「浮かない顔だな。
何かありましたか」
スプーンを動かしつつ、佐山は言う。
「佐山さんは、誘拐事件のニュースを見ましたか……?」
私は気になっていることを掻い摘んで話し始めた。
佐山はひっきりなしに真っ赤なシチューをすすっている。
ただ、間が空くと不思議そうに顔を上げるので、話は聞いてくれているようだった。
話を終えると沈黙が辺りを包む。
ルナは、いよいよ眠りそうだった。
迷惑だったかな。沈黙が居たたまれない。
「二十五日」
唐突に佐山が言った。
すっかり空になった器に静かにスプーンを置くと、佐山は続けた。
「九月二十五日ですね。
ルナさんを預かったのは」
記憶を辿る。
九月二十五日。
昌也が荷物を持ち出した日。
雹が降った日。
ルナが現れたのは、その後だ。
戸惑いつつも頷くと、佐山は手の甲で口を拭った。
それから、膝の上でついに眠ってしまったルナを、傍にあるベビー布団に寝かせる。
「事件があったのは九月二十七日でしょう」
話の意図が分からず戸惑い始めた時、佐山がようやく口を開いた。
「あ……!」
どうして忘れてたんだろう!
事件の日付は何度もアナウンスされていたのに。
二人のベビーがそっくりだということだけに囚われて。
「ルナさんの泣き声が聞こえ始めたのが二十五日の夜。
二十六日に僕が苦情を入れましたね。
因みに、今でもかなり騒がしいです」
「う、すみません」
こんな時に一言余計なんだから。
私の目線は必然的に下の方へと沈んだ。
「これは、けっこう重要なことです」
声につられて顔を上げると、佐山がぬっと顔を突き出してきた。
近い。
バサバサと顔にかかる前髪の間から覗く目が無防備な光を放っている。
話に集中するあまり近さに気づいていないような。
「誘拐事件より前に、僕はルナさんに会っている。ここで」
「は、はい」
「例え疑われたとしても、あなたには強力な証人がいるということです」
悪夢から目覚めたような気分だった。
梨奈ちゃんとルナ。
二人のベビーは同一人物では有り得ない。
誘拐犯は別にいる。
証明する術は、ちゃんとあったのだ。
食べれるんだし」
「料理ができない人というのは、そもそも計画性が無いのですよ」
私に構わず、佐山は指を立てて持論を展開し始める。
「できない人に限って自由に工程をアレンジしてしまうのです。
同じシチューは、もう二度とできないでしょう」
ここで言葉を切ると、佐山はまた真っ赤なシチューをすすった。
「適当な道を歩んだ結果、こういった謎深いものができる」
スプーン片手に真っ赤なシチューを見下ろして、ゆっくりと首を横に振る佐山。
指摘が正確すぎて超腹立つ。
「無謀の一言に尽きます。
いかにもあなたらしい。
まったく、あなたという人は」
忘れてた。佐山の性格。
佐山は、こういう男だった。
「食事中はお静かに。
もう。いっぱい飛んでるじゃないですか」
「フッ、まるで血痕だな」
この落差は何なの。
身体にこもった熱が引いていく。
ピンチに現れて、後処理までスマートで。
あの時のヒーローはいずこへ。
「そういえば、昨日はどうしたんですか?」
少し眠そうなルナの様子を見つつ、佐山に尋ねた。
「あッ。いえ、ルナが会いたいって言っ……寂しそうにしてたので」
「風邪で寝込んでいたのです。
ルナさんに感染してはいけないと思いまして」
風邪──。
少々力が抜けた。
佐山は体調が戻りつつあった今夜、コンビニから帰った際に私の危機に遭遇したのだと言った。
あのニュースを気にしていたわけではなかったのか。
ニュースで公開された岩崎梨奈ちゃんは、ルナと瓜二つだった。
あのニュースの直後に佐山が現れなかったために、疑われているか軽蔑されているかと思い悩んだのだが。
何となく佐山の顔色をうかがってしまう。
「浮かない顔だな。
何かありましたか」
スプーンを動かしつつ、佐山は言う。
「佐山さんは、誘拐事件のニュースを見ましたか……?」
私は気になっていることを掻い摘んで話し始めた。
佐山はひっきりなしに真っ赤なシチューをすすっている。
ただ、間が空くと不思議そうに顔を上げるので、話は聞いてくれているようだった。
話を終えると沈黙が辺りを包む。
ルナは、いよいよ眠りそうだった。
迷惑だったかな。沈黙が居たたまれない。
「二十五日」
唐突に佐山が言った。
すっかり空になった器に静かにスプーンを置くと、佐山は続けた。
「九月二十五日ですね。
ルナさんを預かったのは」
記憶を辿る。
九月二十五日。
昌也が荷物を持ち出した日。
雹が降った日。
ルナが現れたのは、その後だ。
戸惑いつつも頷くと、佐山は手の甲で口を拭った。
それから、膝の上でついに眠ってしまったルナを、傍にあるベビー布団に寝かせる。
「事件があったのは九月二十七日でしょう」
話の意図が分からず戸惑い始めた時、佐山がようやく口を開いた。
「あ……!」
どうして忘れてたんだろう!
事件の日付は何度もアナウンスされていたのに。
二人のベビーがそっくりだということだけに囚われて。
「ルナさんの泣き声が聞こえ始めたのが二十五日の夜。
二十六日に僕が苦情を入れましたね。
因みに、今でもかなり騒がしいです」
「う、すみません」
こんな時に一言余計なんだから。
私の目線は必然的に下の方へと沈んだ。
「これは、けっこう重要なことです」
声につられて顔を上げると、佐山がぬっと顔を突き出してきた。
近い。
バサバサと顔にかかる前髪の間から覗く目が無防備な光を放っている。
話に集中するあまり近さに気づいていないような。
「誘拐事件より前に、僕はルナさんに会っている。ここで」
「は、はい」
「例え疑われたとしても、あなたには強力な証人がいるということです」
悪夢から目覚めたような気分だった。
梨奈ちゃんとルナ。
二人のベビーは同一人物では有り得ない。
誘拐犯は別にいる。
証明する術は、ちゃんとあったのだ。
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