【完結】改稿版 ベビー・アレルギー

キツナ月。

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第三章 十一月の受難

窮地6

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 あの男がここへ舞い戻る様が嫌でも脳裏に浮かぶ。
 不快な感触がよみがえる。

 糸の切れた身体がグラついた。

 「あ」

 膝をついていただけの佐山が、よろけつつ私を受け止める。

 「そんなの嫌! 怖い……!」
 
 気づけば、シャツが千切れるのではというくらい強く佐山にしがみついていた。
 常軌を逸した行動だと、頭で半分理解できるのが不思議だった。

 「申し訳ない。
 状況によっては通報することも有り得ると伝えたかっただけなのです」

 ふいに背中が温かくなる。
 佐山の掌だった。

 「もしもの話です。
 向こうも、これ以上何かしたら立場がマズくなることくらい分かっていますよ」

 大きな掌が、遠慮がちに私の背を撫でている。

 「大丈夫ですから」

 身体に直に伝わる声で、ようやく最後の不安が消えた。

 「す、すみませんでした」

 「いえ。
 落ち着かれたなら、それで」

 佐山のシャツには激しくシワが寄っている。
 羞恥心から視線をさまよわすと、機嫌よくサルと遊ぶルナが目に入った。

 しっかりしなくちゃ。
 小さなベビーも預かっているのだ。
 きちんと責任を……。

 決意を新たにしたところで、あることに思い至った。
 胸がいきなりズンと重くなる。


 誘拐事件のことを忘れていた。


 ルナと梨奈ちゃんが瓜二つだということ。
 こちらの問題は継続中だ。

 内心頭を抱えた時、唐突に佐山が立ち上がった。

 「ん? ちょっ、どこ行くんですか!?」

 「帰りますよ。ピーコが心配だ」

 佐山は事もなげに言う。

 ピーコだぁ?
 呆気に取られる内に、佐山はスタスタと玄関へ向かっている。

 「いーっ(パパぁっ)!」

 「よし! もっと言ってやりなさい!」

 良いぞ、ルナ。
 私はルナを抱いて立ち上がる。

 「あのねぇっ!
 寂しかったって言ったばかりでしょ!?
 何いきなり帰ろうとしてんですか!」

 こちらを振り向き、不思議そうに頭を掻く佐山。

 「記憶に無いな」

 私のバカ──!!

 記憶にあるはずがない。
 だって、これは私の心の声。
 昨日、来てくれなかったし。

 恥をさらしただけじゃん!
 
 佐山がポンと手を打った。

 「あぁ、あのことですか。
 確か『こんな時に何で放っておくのか』と」

 「ぎゃーっ!
 リピートしなくていい!」

 ルナを抱え上げて顔を隠す。
 それ、さっき部屋に入る前に私が言っちゃったやつ。

 「まだ不安なんで、ここにいてください」

 あと少しでいいから。

 消え入りそうな声で言って、腕の中にそろりとルナを下ろす。
 ルナは、にやにやと私たちを見比べる。
 表情とかが、たまにオジサンだと思う。

 「しかし。
 男が傍にいても落ち着かないでしょう」

 佐山は困惑気味だ。

 「ち、違うの」

 「襲われた時、頭でも打ちましたか?」

 佐山は自分の掌を見つめた後、何故か不機嫌な声を出した。
 憮然としたように口がへの字に曲げる。



 「僕が女に見えますか!」



 「……そういうことじゃなーいっ!」
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