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第三章 十一月の受難
窮地1
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「ごめんなさい、止めときます」
口早に答えた。
頭の中で危険信号が明滅し始める。
さっき、アパートに続く四つ角で木田とぶつかりそうになった。
アパートの方向から出てきたということは、彼は私と反対方向へ向かっていたはず。
反対方向に用があるなら、何故引き返さずに部屋に誘ったりなんか……。
「えー? どうして?」
媚びるような目つきで半歩足を踏み出してくる木田に、いわゆる気軽なナンパとは異質の執着が仄見えた。
「んぎ……うえぇん」
「この子、お腹空かせてますし。
急がなきゃ。私はお腹空いてないし」
矢継ぎ早に言葉を繰り出す。
が、木田は一向に引く様子がない。
初めから、そのつもりだったのだ。
「急ぐので」
絡みつくような視線から逃れたい一心だった。
後ずさって自分の部屋のドアに手を掛ける。
直後に「しまった」と思った。
部屋の場所が分かってしまえば、後日どうなるか分からない。
木田が距離を詰めてくる。
目を見開いたまま口角を上げた。
「今さら焦らさないでよ。
それとも部屋に誘ってるの?」
何故──?
愉しむことが目的なら、ベビー連れの女ではなく身軽な女を捕まえればいい。
どこでそういう気分になったか知らないが、木田は私をモノにできると確信しているように見える。
私がいつそんな隙を見せたというのか。
ゾワリと頬が粟立った。
今や彼の目から屈託の無さは消え失せ、不可解なまでの執着でギラついている。
「ぴぎゃああぁっ!」
ルナがひときわ高い声で泣いた。
「ほら。早く部屋に入った方がいいんじゃない?」
木田の上ずった声に鼻息が混じり、ついに手が伸びてきた。
「ねえ。早く」
「いっ、いや……!」
つかまれた腕をふりほどこうとした勢いで、そのまま自分の部屋のドアに押し付けられた。
手の甲がインターホンに当たる。
無人の部屋にチャイム音が響く気配が微かにした。
冷気が背中を伝う。
「焦らすのもしつこいとムカつくんだけど。
あんた、欲求不満なんだろ?」
木田の態度が明らかに変わった瞬間だった。
欲求不満。
どこからそんな話になるんだろう。
「たす……」
助けを求める声が阻まれた。
大きな手で口を塞がれる。
「ずっと物欲しそうに俺のこと見てただろうが」
生温かい息が降ってきた。
身をよじるが力では敵わない。
物欲しそうに──。
どういうことなのか。
鼻と口が塞がれた状態で呼吸もままならず、思考が混濁していく。
──要するにね。あの娘、誰でもいいの。
ふいに、大家・狭間道代が流した噂が脳裏によみがえった。
このことか……!
──あんな顔して、男にだらしないのよ。
真剣に聞くほど暇じゃないって、言ってませんでしたっけ?
真剣に聞いたんだ?
しかも信じるんだ?
木田を睨み上げる。
欲求不満は、お前だろう──!!
口早に答えた。
頭の中で危険信号が明滅し始める。
さっき、アパートに続く四つ角で木田とぶつかりそうになった。
アパートの方向から出てきたということは、彼は私と反対方向へ向かっていたはず。
反対方向に用があるなら、何故引き返さずに部屋に誘ったりなんか……。
「えー? どうして?」
媚びるような目つきで半歩足を踏み出してくる木田に、いわゆる気軽なナンパとは異質の執着が仄見えた。
「んぎ……うえぇん」
「この子、お腹空かせてますし。
急がなきゃ。私はお腹空いてないし」
矢継ぎ早に言葉を繰り出す。
が、木田は一向に引く様子がない。
初めから、そのつもりだったのだ。
「急ぐので」
絡みつくような視線から逃れたい一心だった。
後ずさって自分の部屋のドアに手を掛ける。
直後に「しまった」と思った。
部屋の場所が分かってしまえば、後日どうなるか分からない。
木田が距離を詰めてくる。
目を見開いたまま口角を上げた。
「今さら焦らさないでよ。
それとも部屋に誘ってるの?」
何故──?
愉しむことが目的なら、ベビー連れの女ではなく身軽な女を捕まえればいい。
どこでそういう気分になったか知らないが、木田は私をモノにできると確信しているように見える。
私がいつそんな隙を見せたというのか。
ゾワリと頬が粟立った。
今や彼の目から屈託の無さは消え失せ、不可解なまでの執着でギラついている。
「ぴぎゃああぁっ!」
ルナがひときわ高い声で泣いた。
「ほら。早く部屋に入った方がいいんじゃない?」
木田の上ずった声に鼻息が混じり、ついに手が伸びてきた。
「ねえ。早く」
「いっ、いや……!」
つかまれた腕をふりほどこうとした勢いで、そのまま自分の部屋のドアに押し付けられた。
手の甲がインターホンに当たる。
無人の部屋にチャイム音が響く気配が微かにした。
冷気が背中を伝う。
「焦らすのもしつこいとムカつくんだけど。
あんた、欲求不満なんだろ?」
木田の態度が明らかに変わった瞬間だった。
欲求不満。
どこからそんな話になるんだろう。
「たす……」
助けを求める声が阻まれた。
大きな手で口を塞がれる。
「ずっと物欲しそうに俺のこと見てただろうが」
生温かい息が降ってきた。
身をよじるが力では敵わない。
物欲しそうに──。
どういうことなのか。
鼻と口が塞がれた状態で呼吸もままならず、思考が混濁していく。
──要するにね。あの娘、誰でもいいの。
ふいに、大家・狭間道代が流した噂が脳裏によみがえった。
このことか……!
──あんな顔して、男にだらしないのよ。
真剣に聞くほど暇じゃないって、言ってませんでしたっけ?
真剣に聞いたんだ?
しかも信じるんだ?
木田を睨み上げる。
欲求不満は、お前だろう──!!
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