【完結】改稿版 ベビー・アレルギー

キツナ月。

文字の大きさ
上 下
52 / 130
第三章 十一月の受難

不確かな関係3

しおりを挟む
 住宅街なんだから、誰が歩いていたって不自然じゃない。
 仕事帰りのサラリーマンかもしれない。
 足音もまだ遠いようだ。

 でも。
 ずっとついて来てない?

 試しにちょっと足を速めて耳に集中する。
 遠い気配は、私に合わせるようにアスファルトを蹴る間隔を狭めた。

 偶然にしてはおかしい。

 振り返る勇気はなかった。
 誘拐事件の報道以来、ずっと心の隅に巣喰っていた小さな染みは今、はっきり黒い点となって胸の中に去来した。


 今にも、この薄暗がりから手が伸びてくる。


 追われてる。
 一定の距離をもって、ピッタリとついてくる影がある。

 警察か。
 それとも全く関係のない変質者か。

 どちらにしても、このまま帰ってしまってはアパートの場所を教えるようなものだろうか。
 でも、おかしな素振りをしては余計に怪しまれてしまう。

 対応を決めかねるまま、アパートへと続く四つ角に差し掛かった。
 左へ曲がればアパートはすぐだ。
 うつむいたままサッと左の道に入る。

 出会い頭に大きな影が現れた。

 「ひっ……!」

 「うわあぁぁんっ!」



 後方にばかり気を取られ、眼前に恐怖が迫っているとは思いもしなかった。
 縮み上がった心臓が、その状態を保ったまま徐々に冷えていく。
 


 「あっ、すみません」



 しかし、突然に現れた影はごく常識的な言葉を発した。
 よくよく見れば、社会人に毛が生えたくらいの若い男が、やはり驚いたような顔で立っている。

 強張った身体が弛緩していく。
 よほど驚いたらしく、ルナはまだ泣き止まない。


 佐山じゃなかった──。
 安心と同時に押し寄せた落胆を、慌てて振り払う。

 「私の方が前を見てなくて。
 すみませんでした」

 「大丈夫ですか?
 お身体の具合でも?」

 若い男が一歩前へ出た。
 私、そんなに酷い顔してたのかしら。

 「いえ……後ろから足音が追ってきてるような気がしただけで」

 苦笑いで手を振るも、若い男の顔には緊張が走る。

 「女性だけでは物騒だ。
 お送りしますよ。そこのアパートですよね?」

 「え?」

 乳母車のカゴの中で、ルナが不快そうに身体をよじった。

 道の先にはアパートもあれば一軒家もある。
 この男は、なぜ私が住む場所を知っているのだろう。

 「あなたのこと、お見かけしたことがあるんです。
 僕も同じアパートなんですよ」

 男は、暗がりにも白く光る歯を見せて笑った。


 ***


 その若い男は木田と名乗った。
 二階に住んでいるという。

 「んぎいぃ」

 周囲に響くほどの声ではないが、ルナはまだ愚図っている。

 「赤ちゃん、ビックリさせてしまったようで」

 歩きながら、木田は弱ったように頭を掻く。

 ルナが通りすがりの人間に愛嬌を振りまかないのは珍しい。
 腹が減っているのか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冤罪から逃れるために全てを捨てた。

四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】婚約破棄の代償は

かずきりり
恋愛
学園の卒業パーティにて王太子に婚約破棄を告げられる侯爵令嬢のマーガレット。 王太子殿下が大事にしている男爵令嬢をいじめたという冤罪にて追放されようとするが、それだけは断固としてお断りいたします。 だって私、別の目的があって、それを餌に王太子の婚約者になっただけですから。 ーーーーーー 初投稿です。 よろしくお願いします! ※こちらの作品はカクヨムにも掲載しています

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

ズッ友宣言をしてきたお隣さんから時々優しさが運ばれてくる件

遥 かずら
恋愛
両親が仕事で家を空けることが多かった高校生、栗城幸多は実質一人暮らし状態。そんな幸多のお隣さんには中学が一緒だった笹倉秋稲が住んでいる。 彼女は幸多が中学時代に告白した時、爽やかな笑顔を見せながら「ずっと友達ならいいですよ」とズッ友宣言をしてきた快活系女子だった。他にも彼女に告白した男子も数知れずいたもののやはり友達止まり。そんな笹倉秋稲に告白した男子たちの間には、フラれたうちに入らない無傷の戦友として友情が芽生えたとかなんとか。あくまで友達扱いをしていた彼女は、男女関係なく分け隔てない優しさがあったので人気は不動のものだった。 「高校生になってもずっとお友達だよ!」 「……あ、うん」 「友達は友達だからね?」 やんわりとお断りされたけどお友達な関係、しかもお隣同士な二人の不思議な関係。 本音がつかめない女子、笹倉秋稲と栗城幸多の関係はとてもゆっくりとした時間の中から徐々に本当の気持ちを運ぶようになる――

懐いてた年下の女の子が三年空けると口が悪くなってた話

六剣
恋愛
社会人の鳳健吾(おおとりけんご)と高校生の鮫島凛香(さめじまりんか)はアパートのお隣同士だった。 兄貴気質であるケンゴはシングルマザーで常に働きに出ているリンカの母親に代わってよく彼女の面倒を見ていた。 リンカが中学生になった頃、ケンゴは海外に転勤してしまい、三年の月日が流れる。 三年ぶりに日本のアパートに戻って来たケンゴに対してリンカは、 「なんだ。帰ってきたんだ」 と、嫌悪な様子で接するのだった。

処理中です...