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第二章 十月の修羅場
チーズケーキ6
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「パパ、テーブルのとこで何かしてたよ」
と、ルナが言うので確かめる。
ローテーブルの上に黄色い幅広の付箋がくっつけてあった。
何か書いてある。
それの端を押さえるように哺乳瓶が置かれ、底にはわずかにミルクが。
この付箋はローテーブル下の箱に保管している物だが、佐山はこれを使って書き置きを残したものと思われる。
【ピーコが心配なので帰ります。】
初っ端から余計。
ただ、やや右上がりの癖字は走り書きにしては綺麗にまとまっている。
【15:48 ミルクを飲みました(残量約9ml)。
頃合いをみて沐浴させてあげてください。】
細かっ。
【追伸 コーヒーで酔っ払う人を初めて見ました。】
ほんっと余計……!
ところで。ルナは途中から狸寝入りだったらしい。
私が管を巻く様を面白がっていたようだが、15:48のミルクで再び寝入ってしまった。
ルナによれば、私は「ちゃんと聞いてます!?」と佐山に絡み、昌也の仕打ちがいかに酷かったか、切々と語り続けたという。
佐山は、「はいはい」と調子を合わせていたとか。
確かにそんな覚えもある。
「うぅ、忘れたい……」
飲み会の翌日みたいだ。
私は本当にコーヒーに酔ったのか。
思い出すほどに居た堪れず、頭を掻きむしった。
「良いんだよ。ファミリーなんだから」
背後からルナの声がかかる。
──あなたは仕様がない人ですね。
佐山は何度かそう言って、笑っていたと思う。
「えぇっ!? 絵美が怒らない」
ルナが目を丸くした。
確かに、私がファミリーの件を否定しないのは珍しい。
書き置きに目を落としてから、もう一度ルナの傍で腹ばいになる。
「怒らないよ。チーズケーキ奢ってもらったし」
私が好きなの。
偶然だろうけど。
「なぁに、それ」
薄い眉をしかめたルナの真剣な顔がおかしくて、吹き出してしまう。
「大人の話」
十月の真ん中。
涙味のチーズケーキは、普通のチーズケーキに戻った。
ごめんね、ルナ。
でもね。本当に好きだったんだ、昌也のこと。
「オトナって謎だね」
「ベビーの方が謎よ」
もう、好きになるのも付き合うのも懲り懲りだけど。
好きだったんだ。
大人って、面倒くさいね。
ルナは難しい顔のまま、小さな手のひらで私の頬を押した。
「やめなさい」
「きゃははっ。ヘンな顔」
あんたが大人になったら、どんな風に笑ったり泣いたりするんだろう。
指を開いてルナの両頬を挟む。
ぷにっと真ん中に寄せると、ルナは口をアヒルのようにして目を白黒させた。
「ぶふっ。ヘンな顔」
大人も、そう悪くない。
今日のチーズケーキみたいに。
佐山は、床に転がった私を見て笑っただろうか。
仕様がないと呟いただろうか。
書き置きは、こう締め括られていた。
【風邪を引かないように。 佐山】
と、ルナが言うので確かめる。
ローテーブルの上に黄色い幅広の付箋がくっつけてあった。
何か書いてある。
それの端を押さえるように哺乳瓶が置かれ、底にはわずかにミルクが。
この付箋はローテーブル下の箱に保管している物だが、佐山はこれを使って書き置きを残したものと思われる。
【ピーコが心配なので帰ります。】
初っ端から余計。
ただ、やや右上がりの癖字は走り書きにしては綺麗にまとまっている。
【15:48 ミルクを飲みました(残量約9ml)。
頃合いをみて沐浴させてあげてください。】
細かっ。
【追伸 コーヒーで酔っ払う人を初めて見ました。】
ほんっと余計……!
ところで。ルナは途中から狸寝入りだったらしい。
私が管を巻く様を面白がっていたようだが、15:48のミルクで再び寝入ってしまった。
ルナによれば、私は「ちゃんと聞いてます!?」と佐山に絡み、昌也の仕打ちがいかに酷かったか、切々と語り続けたという。
佐山は、「はいはい」と調子を合わせていたとか。
確かにそんな覚えもある。
「うぅ、忘れたい……」
飲み会の翌日みたいだ。
私は本当にコーヒーに酔ったのか。
思い出すほどに居た堪れず、頭を掻きむしった。
「良いんだよ。ファミリーなんだから」
背後からルナの声がかかる。
──あなたは仕様がない人ですね。
佐山は何度かそう言って、笑っていたと思う。
「えぇっ!? 絵美が怒らない」
ルナが目を丸くした。
確かに、私がファミリーの件を否定しないのは珍しい。
書き置きに目を落としてから、もう一度ルナの傍で腹ばいになる。
「怒らないよ。チーズケーキ奢ってもらったし」
私が好きなの。
偶然だろうけど。
「なぁに、それ」
薄い眉をしかめたルナの真剣な顔がおかしくて、吹き出してしまう。
「大人の話」
十月の真ん中。
涙味のチーズケーキは、普通のチーズケーキに戻った。
ごめんね、ルナ。
でもね。本当に好きだったんだ、昌也のこと。
「オトナって謎だね」
「ベビーの方が謎よ」
もう、好きになるのも付き合うのも懲り懲りだけど。
好きだったんだ。
大人って、面倒くさいね。
ルナは難しい顔のまま、小さな手のひらで私の頬を押した。
「やめなさい」
「きゃははっ。ヘンな顔」
あんたが大人になったら、どんな風に笑ったり泣いたりするんだろう。
指を開いてルナの両頬を挟む。
ぷにっと真ん中に寄せると、ルナは口をアヒルのようにして目を白黒させた。
「ぶふっ。ヘンな顔」
大人も、そう悪くない。
今日のチーズケーキみたいに。
佐山は、床に転がった私を見て笑っただろうか。
仕様がないと呟いただろうか。
書き置きは、こう締め括られていた。
【風邪を引かないように。 佐山】
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