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第二章 十月の修羅場

チーズケーキ5

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 心臓が跳ね上がる。
 佐山の方が初めて目を逸らしてオホンと咳払いをした。

 「僕に面と向かって変人だと言い切る方が、あなたらしいですよ」

 ──放っておけないのです。

 ほんの短いフレーズに内包されるパワーがデカ過ぎる。
 でも勘違いしちゃいけない。

 「結局……自律できてないってことよね」

 ひっそりと呟いた。
 ぬぼーっとしている佐山を前に、チーズケーキの最後の塊を口の中へ放り込む。

 柔らかな生地は脆くも崩れ去り、フワリとした甘さも風のように消えた。
 いい加減、前に進まなきゃ。

 「フンだ、昌也のバカ!」

 これでいい。
 バイバイ、昌也。

 「静かに。
 何です、突然?」

 「言いたくなっただけです」

 「過去に囚われるのは有意義でないと思いますが」

 佐山が呆れたように言った。
 再び顔の上半分が髪に隠れて表情は読めないが、その目が優しげであろうことを私は知っている。

 「今日はいいの!」

 「静かに。
 まったく、あなたは仕様がない人ですね」


 ***

 「絵美ぃ。おーい」

 ルナの声で、ゆるゆると目が開いた。
 ぼんやりとした視界の中、ソファの脚やカーペットが徐々にハッキリした形を持ち始める。

 「あッ!」

 いつの間にか床に伏せて眠っていたのだ。

 慌てて起き上がった時、身体に毛布が掛かっていることに気づいた。
 違和感から口元に手をやる。

 「イヤだ、よだれ」

 「パパ、帰っちゃった」

 ルナが言った。
 ベビー用の小さな布団に寝転んで、腕をぱたぱた動かしている。
 ルナの世話もこの毛布も、もしかして佐山が?

 どれくらい眠ってしまったのか。
 窓から入る西陽は燃え尽きそうに弱まっており、部屋の中は暮色に染まりつつある。

 寝顔を見られた。よだれも。
 今日はみっともない様をさらしてばかりだ。

 いびき、かいてなかったかな。
 ねえルナ、と聞こうとして空気を飲み込む。

 さっき、ルナに手を上げようとしたことが思い起こされた。
 電気をつけ、ルナの側に寄って腹ばいになる。
 床で眠ってしまったために身体は痛いが、頭はスッキリしていた。

 「ルナ。さっきはごめんね」

 「さっきってなぁに?」

 あれ?
 あんなことがあった割に、ルナはやけに爽やかな表情である。

 「お、覚えてないの?」

 「何のこと?」

 本当に覚えてないみたい。
 寝ると忘れる?
 ベビーって、そういうもんなの?

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