【完結】改稿版 ベビー・アレルギー

キツナ月。

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第二章 十月の修羅場

チーズケーキ4

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 「そういう言われ方は初めてだな」

 佐山は、片肘をついたまま間延びしたような声を出した。

 「理性と、最低限の社会性は身につけているつもりなのですが」

 確かに理性はちゃんとあるみたい。
 社会性が最低限というのも納得である。
 自分のことを、意外と正確に見ているようだ。

 「ただ、職場では陰で変人と言われているようです」

 「でしょうね」

 「ほう。分かりますか」

 「ええ、私も思ってますから。変な人だなって」

 私が一息に言うと、佐山はポカンと口を開けた。
 と思うと、ゆっくりと口角をひん曲げる。
 そして肩を揺らし、クツクツと笑い出した。

 「面と向かって言われたのは初めてですよ」

 前髪の間から覗き見えた佐山の目は、思いのほか穏やかな色をしている。

 初めて見たかも。
 まともに笑うとこ。

 「愉快な人だな、宮原さんは」

 佐山は長身を折り曲げるようにして、まだクツクツ笑っている。
 ここまで笑われると、馬鹿にされているようで些かムッとする。

 「イヤじゃないんですか? 変人扱いされるの」

 「他人の視線など気にしたこともないですね」

 世の中に、本当にそんなことが可能な人間がいるだろうか。
 人の目を全く気にしないなんて。

 「やっぱりヘン。でも羨ましいです、そういうの」

 結婚もベビーも。
 周りと比べず生きていられたら、どれだけ気楽だろう。

 佐山は笑いを引っ込めると、小さく鼻をすすった。

 「面倒で、全部投げ出しただけですよ。
 僕という人間を分かってもらおうとするのも、目の前で笑っている人の本心を察するのも」

 それが羨ましいの。
 全部投げ出せるのが。

 私の心境をよそに、佐山はもう一度ローテーブルに片肘をついた。

 ぐっすり眠ってるルナを見守る横顔。
 髪の間から、普段は隠れている目が露わになってハッとなる。

 邪心が見当たらなくて少年ぽくて。
 でも、やっぱり大人で。
 不意打ちは焦る。

 「裏表なく真っ直ぐ生きる動物は好きです。
 そういう意味では子どもも好きですよ。
 ただ、人はいつから裏と表ができるのでしょう」

 窓からの陽が傾く。
 光を受けた優しげな眼差しが、ふと私を捕らえた。

 「僕は、あなたが」



 ちょ、何──。
 こっち見てる?

 な……どこでその気になった!? 
 そんな。いくらフリーになったからって、そんなすぐ。
 私にも選ぶ権利はあると思うし!



 「僕は、あなたの方がよほど変人だと思いますね」



 「ふへぁっ!?」



 ドキッとした私が馬鹿だった。
 寿命を返してくれ。

 佐山がシッと人差し指を立てる。
 そっか、ルナが起きちゃう。
 様子をうかがうと、ルナは少し身じろぎしてまた寝息をたて始めた。

 「まあ、不思議な人と言いますか」

 佐山はそう言い直す。

 「一ヶ月ほどあなたを見ていて不思議に思ったのです。
 あなたは感情を顔に表す割に言いたいことを言わない。
 尻切れトンボだったり、遠回しだったり」

 お腹の奥がズンとした。
 こういう指摘は、けっこう精神をえぐられる。
 言われ慣れてない。

 ──嘘がバレバレなんだよ。
 ──ハッキリしろよ!

 喧嘩すると、昌也もこうやって声を荒げていたっけ。
 色んなこと、上手く伝わらなくて。
 不貞腐れて口を噤んでも、顔には不満がありありと出ている。

 アレルギーを治そうなんて目論んでみても、私の本質は何も変わっていないのだ。


 ──絵美は、全部をベビー・アレルギーのせいにしてるだけなんだよ。


 ルナが言う通りだった。

 分かってくれない、嫌われたくない。
 そのクセ、誰か助けてって思ってる。
 察してよって。
 ベビー・アレルギーは、言い訳の塊だ。

 佐山は、こちらに視線を固定したまま言った。

 「どこか放っておけないのです」
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