【完結】改稿版 ベビー・アレルギー

キツナ月。

文字の大きさ
上 下
39 / 130
第二章 十月の修羅場

チーズケーキ1

しおりを挟む
 「彼のような人間には、嘘でもハッキリと宣言しておいた方が効くのですよ」

 佐山は、ルナにミルクを飲ませながら言う。

 佐山は、私が元彼に付きまとわれいたと思い込んでいるらしい。
 結果的に、ルナを含めた私たちがファミリーだという話をでっち上げて昌也を帰らせた。

 ──後ほど、お邪魔しますので。

 出かける前に言っていた通り、律儀に有言実行の佐山である。
 クッションも敷かずに、フローリングに直に座ってる。

 話がややこしくなった気もするけど。
 あのとき佐山が間に入ってくれなかったら、ルナが昌也と私の子だという話が継続してしていたことになる。

 重大な嘘だ。

 だから、やっぱり助かったよね。

 「感謝してます」

 ソファの隅っこに正座して頭を下げる。

 「でも、なんか私が不貞を働いたみたいになってません?」

 大人の会話も耳に入らない様子でミルクを補給するルナに目をやった。

 作り話とはいえ。
 をしなきゃ、ベビーはできない訳で。
 これじゃ、大家に流された噂の通りじゃない。

 「っかー! 生き返るぅ」

 ルナが空の哺乳瓶を押しやり、どこかのオヤジのようなことを言う。
 佐山は、大きな手でルナの背中をトントンやり始めた。

 「ずっと付きまとわれるより良いでしょう」

 「外聞が悪いわ」

 オムツでもりっとなったルナのおしりを眺める。
 これは出てるな。

 「言いたい者には言わせておけばいい。
 大切なのは、あなた方の安全が確保されることでしょう」

 そういうことじゃないんだよなぁ。

 「スッキリしない表情ですね」

 ルナが「ぐげぇ」とゲップした。

 「そういう時は、動物と触れ合うことをお勧めしますよ」
 
 佐山は、慣れた手つきでルナを抱き直すと口の片端をひん曲げる。
 本気で言ってるんだろうな。

 「そろそろ着替えの時間です。男性は外へ」

 動物云々は華麗にスルーしておく。
 不満そうなルナを私に託すと、佐山は素直に出て行った。



 「あぁ、スッキリした」
 
 ルナが嬉しそうな声を上げる。
 オムツを替えて、ついでに服も着替えさせた。
 お下がりでもらったカバーオールは、腹の部分にデカデカと『I ♡ papa』とプリントされている。
 外側についたタグを見ると一応ブランド物らしい。

 「色々とお騒がせしたわね」

 ルナにも悪いことをした。
 仮にも(?)ベビーなんだし、ああいう緊迫した状況は疲れただろう。

 「ふーん。珍しく、しおらしいじゃん」

 ルナは、きゅっと口をすぼめた。

 「だからあの公園はやめろって言ったでしょ?  
 あたしはずっとイヤな感じがしてたの」

 ルナは小さな指で器用に鼻をほじる。

 確かに、ユイカさんに会うことは反対されてた。
 素直に聞いとけば良かったかな。

 散歩のコース、変えよう。
 早く忘れたいな。

 「あのおにーさん、顔だけだったね」

 クッションの上から、ルナは偉そうにものを言う。
 ベビーにまでこんなこと言われるなんて。
 昌也も大概だけど私も情けないよ。

 ──顔だけだったね。

 少しだけ自覚があるのが辛い。
 自覚があるからこそ、次にルナが発した言葉にカチンときた。

 「本当に好きだったの?」



 何それ。
 私、ベビーに何を言われてるの。

 「もう、誰にも自慢できなくなっちゃったね」

 自慢なんて。
 でも、鼻が高かった覚えはある。
 昌也、仕事もできるみたいだったし。

 ルナは悪びれるでもなく、クッションの上で小さな身体を動かす。

 「ニュータウンの豪華なマンションに住むのはユイカさん。
 自分はこんな狭いアパートで赤ちゃんのお守り……って思ってるでしょ」

 ユイカさんの名前を出されてカッとなった。

 「黙りなさい!」

 「絵美は、全部をベビー・アレルギーのせいにしてるだけなんだよ」

 奥歯を噛み締めた拍子に涙が落ちる。

 どうして?
 何かが変わればと思ってルナを預かったのに、良いことなんて一つも起こらない。

 「あんたに何が分かるのよ!!」

 気づいたら、右手を高々と振り翳していた。
 ルナが怯えたように泣き出す。

 また泣く。
 苛々する。
 泣くくらいなら初めから何も言わないでよ。



 振り翳した右手は、後は重力に従うだけになっていた。



 バタン──!

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

婚約破棄で命拾いした令嬢のお話 ~本当に助かりましたわ~

華音 楓
恋愛
シャルロット・フォン・ヴァーチュレストは婚約披露宴当日、謂れのない咎により結婚破棄を通達された。 突如襲い来る隣国からの8万の侵略軍。 襲撃を受ける元婚約者の領地。 ヴァーチュレスト家もまた存亡の危機に!! そんな数奇な運命をたどる女性の物語。 いざ開幕!!

【完結】義姉上が悪役令嬢だと!?ふざけるな!姉を貶めたお前達を絶対に許さない!!

つくも茄子
ファンタジー
義姉は王家とこの国に殺された。 冤罪に末に毒杯だ。公爵令嬢である義姉上に対してこの仕打ち。笑顔の王太子夫妻が憎い。嘘の供述をした連中を許さない。我が子可愛さに隠蔽した国王。実の娘を信じなかった義父。 全ての復讐を終えたミゲルは義姉の墓前で報告をした直後に世界が歪む。目を覚ますとそこには亡くなった義姉の姿があった。過去に巻き戻った事を知ったミゲルは今度こそ義姉を守るために行動する。 巻き戻った世界は同じようで違う。その違いは吉とでるか凶とでるか……。

マキノのカフェで、ヒトヤスミ ~Café Le Repos~

Repos
ライト文芸
田舎の古民家を改装し、カフェを開いたマキノの奮闘記。 やさしい旦那様と綴る幸せな結婚生活。 試行錯誤しながら少しずつ充実していくお店。 カフェスタッフ達の喜怒哀楽の出来事。 自分自身も迷ったり戸惑ったりいろんなことがあるけれど、 ごはんをおいしく食べることが幸せの原点だとマキノは信じています。 お店の名前は 『Cafe Le Repos』 “Repos”るぽ とは フランス語で『ひとやすみ』という意味。 ここに訪れた人が、ホッと一息ついて、小さな元気の芽が出るように。 それがマキノの願いなのです。 - - - - - - - - - - - - このお話は、『Café Le Repos ~マキノのカフェ開業奮闘記~』の続きのお話です。 <なろうに投稿したものを、こちらでリライトしています。>

義娘が転生型ヒロインのようですが、立派な淑女に育ててみせます!~鍵を握るのが私の恋愛って本当ですか!?~

咲宮
恋愛
 没落貴族のクロエ・オルコットは、馬車の事故で両親を失ったルルメリアを義娘として引き取ることに。しかし、ルルメリアが突然「あたしひろいんなの‼」と言い出した。  ぎゃくはーれむだの、男をはべらせるだの、とんでもない言葉を並べるルルメリアに頭を抱えるクロエ。このままではまずいと思ったクロエは、ルルメリアを「立派な淑女」にすべく奔走し始める。  育児に励むクロエだが、ある日馬車の前に飛び込もうとした男性を助ける。実はその相手は若き伯爵のようで――?  これは若くして母となったクロエが、義娘と恋愛に翻弄されながらも奮闘する物語。 ※小説家になろう様、カクヨム様でも掲載しております。 ※毎日更新を予定しております。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

【完結】限界離婚

仲 奈華 (nakanaka)
大衆娯楽
もう限界だ。 「離婚してください」 丸田広一は妻にそう告げた。妻は激怒し、言い争いになる。広一は頭に鈍器で殴られたような衝撃を受け床に倒れ伏せた。振り返るとそこには妻がいた。広一はそのまま意識を失った。 丸田広一の息子の嫁、鈴奈はもう耐える事ができなかった。体調を崩し病院へ行く。医師に告げられた言葉にショックを受け、夫に連絡しようとするが、SNSが既読にならず、電話も繋がらない。もう諦め離婚届だけを置いて実家に帰った。 丸田広一の妻、京香は手足の違和感を感じていた。自分が家族から嫌われている事は知っている。高齢な姑、離婚を仄めかす夫、可愛くない嫁、誰かが私を害そうとしている気がする。渡されていた離婚届に署名をして役所に提出した。もう私は自由の身だ。あの人の所へ向かった。 広一の母、文は途方にくれた。大事な物が無くなっていく。今日は通帳が無くなった。いくら探しても見つからない。まさかとは思うが最近様子が可笑しいあの女が盗んだのかもしれない。衰えた体を動かして、家の中を探し回った。 出張からかえってきた広一の息子、良は家につき愕然とした。信じていた安心できる場所がガラガラと崩れ落ちる。後始末に追われ、いなくなった妻の元へ向かう。妻に頭を下げて別れたくないと懇願した。 平和だった丸田家に襲い掛かる不幸。どんどん倒れる家族。 信じていた家族の形が崩れていく。 倒されたのは誰のせい? 倒れた達磨は再び起き上がる。 丸田家の危機と、それを克服するまでの物語。 丸田 広一…65歳。定年退職したばかり。 丸田 京香…66歳。半年前に退職した。 丸田 良…38歳。営業職。出張が多い。 丸田 鈴奈…33歳。 丸田 勇太…3歳。 丸田 文…82歳。専業主婦。 麗奈…広一が定期的に会っている女。 ※7月13日初回完結 ※7月14日深夜 忘れたはずの思い~エピローグまでを加筆修正して投稿しました。話数も増やしています。 ※7月15日【裏】登場人物紹介追記しました。 ※7月22日第2章完結。 ※カクヨムにも投稿しています。

世界一可愛い私、夫と娘に逃げられちゃった!

月見里ゆずる(やまなしゆずる)
ライト文芸
私、依田結花! 37歳! みんな、ゆいちゃんって呼んでね! 大学卒業してから1回も働いたことないの! 23で娘が生まれて、中学生の親にしてはかなり若い方よ。 夫は自営業。でも最近忙しくって、友達やお母さんと遊んで散財しているの。 娘は反抗期で仲が悪いし。 そんな中、夫が仕事中に倒れてしまった。 夫が働けなくなったら、ゆいちゃんどうしたらいいの?! 退院そいてもうちに戻ってこないし! そしたらしばらく距離置こうって! 娘もお母さんと一緒にいたくないって。 しかもあれもこれも、今までのことぜーんぶバレちゃった! もしかして夫と娘に逃げられちゃうの?! 離婚されちゃう?! 世界一可愛いゆいちゃんが、働くのも離婚も別居なんてあり得ない! 結婚時の約束はどうなるの?! 不履行よ! 自分大好き!  周りからチヤホヤされるのが当たり前!  長年わがまま放題の(精神が)成長しない系ヒロインの末路。

処理中です...