【完結】改稿版 ベビー・アレルギー

キツナ月。

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第二章 十月の修羅場

修羅場は続くよ、どこまでも1

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 この状況で来る……!?
 佐山は、この冷ややかな空気をまるで感知していない様子で私たちに歩み寄る。

 「泣いているじゃありませんか。どうしたのです」

 しかも見られた。泣いてるとこ。
 慌てて頬を覆うと、佐山は当たり前のような手つきでルナを抱き上げた。
 ルナは、微かに泣き声をあげながら佐山の服にしがみつく。


 ああ……そっち?


 まあ、バレてないなら良かった。

 「何だよ、その男?」

 昌也が疑うように言った。
 佐山がふっと顔を上げる。

 「おっと失礼。いつからそこに?」

 そもそも昌也の存在に気づいていなかった。

 「……」

 佐山独特の間合いに初めて触れた昌也は、さすがに戸惑っているようだった。
 私は多少の免疫ができてるけど。

 「さ、佐山さん?
 あの、今ちょっと取り込み中でして……」

 切実な願いを込めて切り出すも、佐山は「はぁ」と言ったきり、ぬぼーっと間抜け面をさらし続けている。



 空気読めや。



 「へえ。そんな親しい男がいたとは知らなかったよ」

 昌也は私と佐山を交互に見比べながら、ゆっくりと言葉を継いだ。
 明らかに私たちの仲を勘繰る目つきだ。

 「やるなぁ、お前も。
 俺と別れる前から、コイツとよろしくやってたんだ?」

 まるで、過去の浮気の罪を軽減しようとするかのような言い草である。
 ここまで頭が弱い男とは思わなかった。
 我ながら情けない。そして。

 「なに言ってるのよ!」

 佐山とっていいかたがすごいイヤ!

 「お前の嘘は昔っからバレバレなんだけどな」

 聞き捨てならないことをほざいて鼻から息を吐いた後、昌也は佐山に向き直る。
 
 「あのアパートにお住まいですか?
 ああ失礼。俺は以前ちょっと、こいつとね……。
 もしかしたら、近くですれ違っていたかもしれませんね」

 「すれ違ってません、ただの一度も」

 佐山が即答し、昌也は顔をひきつらせた。

 「そ、そうですか。あはは」

 「で。どちら様でしょう」

 「え……杉野と申します」

 「ご用件は」

 昌也の顔に当惑の色が浮かぶ。彼は分かっていない。

 “以前ちょっと、こいつとね”

 こういった含みを持たせるような言い回しは、佐山には響かない。
 「ハッキリと物を語らない変な人」として認定されるだけである。

 そして、私にも響いてない。
 二人の間には何もないのだから。

 佐山は、態勢を立て直そうとする昌也に追い討ちをかける。

 「杉野さん、でしたか。
 どうも怪しいな、素性もハッキリしませんし」

 「え? 名乗ったのに……」

 「もしかして、春頃出没していた変質者なのでは?」

 抱いていたルナを隠すように乳母車に戻すと、佐山は一歩前に出た。
 直接聞いてしまうところが、いかにも佐山である。

 「そこの女と昔付き合ってたんだよ!
 どんな目ェしてやがる! 馬鹿か、てめぇ!」
 
 昌也の方も、指で顳顬こめかみをトントンしながら佐山に迫った。
 一触即発。二人とも、どっこいどっこいの長身である。

 「ほう。それで未だにストーキングを続けておられる?」

 「変質者の話はどっか置いとけやあぁっ!」

 昌也は大袈裟な身振りで荷物をどかす仕草をする。
 エアーで。めっちゃ必死。



 「ねえ。どうしよう、ルナ」

 乳母車に向かって小声で呼びかけた。
 覗き込むと、ルナは寝たフリを決め込んでいる。
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