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第二章 十月の修羅場

青天の霹靂3

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 家事のこと、子育てのこと。
 ユイカさんは、純粋に母親として色々と参考にしたいことがあるのだろう。

 いつか麻由子から聞きかじったことを、あたかも自分のことのように答える。
 又聞きの答え。生んだことがない者の言葉は、自分でも驚くほどに力が無かった。

 乳母車をチラ見すると、ルナが「あぎゃっ」と声を上げる。
 不満そうだ。

 「絵美さん、私ね。子供はずっと欲しかったのよ。
 でも思ったの。私なんかが母親になれるのかって」

 贅沢な悩みだが、いつものふんわりした笑顔が見られないと心配だ。

 「何とかなるって。私でもルナと生活してんだよ?」

 ユイカさんは顔を上げたものの、まだスッキリしない様子だ。

 お気楽に聞こえただろうか。やっぱり違うのかな。
 本当の親になるユイカさんと、期間限定でルナを預かる私。
 ルナは三ヶ月でいなくなる。多分。

 私はユイカさんと違って、それ以上の成長を見届けることはない。
 合格、という条件がなければ。

 そんなユイカさんに何て言ってあげたらいいのか。

 「私も自信なんてないよ」

 突然だったし。

 「今も仮免みたいなもんだしね」

 なにしろ本当の母娘おやこじゃない。

 ユイカさんが、ちょっと笑った。
 的外れな答えかと心配したが、多少気持ちが軽くなってきたのかもしれない。

 「それに、イヤでも集中できるわ。毎日」

 もう少しサボりたいけど、手が離せない。
 お陰で、男に振られたことなどコロッと忘れて母親の真似事なんかしてる。

 「良いこともある。悩んでたら勿体ないよ」

 今を楽しんで。

 「絵美さんに話して良かったぁ。
 パワーをもらえたわ」

 ユイカさんが笑顔で応じてくれてホッとする。

 「とにかく。ベビーがいる生活は、ベビーが最優先!
 ちょっとくらい散らかってたって、怒るようなパパじゃないんでしょ?」

 「え、ええ……」

 「なーによ、えらそうに!」

 ずっと黙っていたルナが参戦してきた。
 足をばたつかせて乳母車を揺らす。

 いい気になって喋り続ける私が気にくわないようだ。

 「こら、ルナ。大人の話に口を出すんじゃないの」

 「いっつもゴロゴロしてるくせに!」

 「だって疲れるんだもの!」

 「言っとくけど、絵美はまだ試用期間中なんだからね!」

 「今関係ないでしょ、それ」

 クスクス……と笑い声が聞こえて我に返った。

 「あッ!」

 ユイカさんが、声を殺して笑っていた。
 細い指で目の端の涙を拭う。

 忘れてた。私以外、ルナの話は理解できないんだった!
 ユイカさんから見た私は、ほにゃほにゃ言ってる赤ちゃん相手に喋っていたことになる。

 「絵美さん見てると元気になります」

 「そ、そう? なんか、こうやって喋るのが癖になっちゃってさ。
 元気になってくれたなら良かったわ、アハハハ」

 おかしな言い訳が虚しく響いた。
 同時に、喉の奥に苦味が走る。

 私は母親の真似事をしてるだけ。
 三ヶ月経ったら無職の独身女に戻るのだ。
 仕事は探すつもりだけど。

 見栄の裏には、いつも惨めさが隠れている。
 私なんか。本当は──。

 仕事はクビになるし、ルナの世話は失敗だらけだし。
 何やってもダメ。

 それでも。嘘でも輝ける場所を、私は見つけてしまった。

 「絵美さん。実は私……」

 ふいに、ユイカさんが口を開いた。
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