【完結】改稿版 ベビー・アレルギー

キツナ月。

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第二章 十月の修羅場

青天の霹靂1

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 ──あの子は……あんなところに!
 ──まさか、本当に行ってしまうとは!



 カーテンを通して差し込む光で目が覚めた。
 あくびをこぼしつつ首を巡らせると、ルナがサルの尻尾をつかんだままぐっすり眠っている。

 大人の手に収まるほどの大きさの、サルのぬいぐるみ。
 どこからか見つけ出したのか、ルナは年季の入ったサルをとても気に入っている。

 私はそっとベッドから抜け出した。
 ルナの寝床はベッドの傍、麻由子がくれた小さな布団の上だ。
 毛布を掛け直してやると、カーテンを閉めたままの薄暗い部屋を忍び足で横切った。

 ここ最近、同じ夢ばかり見る。
 私はいつも濃い霧に囲まれた中にポツンと浮いていて。
 どこからともなく不気味な声が聞こえるのだ。

 不安に駆られて辺りを見回そうとすると、強烈な頭痛に襲われる。
 そこで聞こえる声はいつも同じ、くぐもった深い声。
 声がする度に耳元を撫でていく生温かい風は夢とは思えないほどリアルで、夢から覚めた後もしばらく感触が残っているくらいだ。

 ──あの子はどこだ。

 誰かを探すような不気味な声がよみがえった。
 不快感を打ち消すように、グラスの水を飲み干す。
 
 どうしても例の誘拐事件を連想してしまう。
 生後三ヶ月の赤ちゃんが、何者かに連れ去られた。
 新しい情報はない。

 布団の上でもぞもぞと動き始めたルナを見やる。

 女の子で、似たような月齢。
 ルナがやって来た日と事件が起こった日は、ほんの二日違いだ。
 ルナがここへ来たのが九月二十五日、事件が二十七日。

 あのニュースを見て以来、何だか心が重い。

 ルナが、夜明けを告げるファンファーレのごとく凄まじい泣き声を上げた。

 「普通に起きられないのかしら」

 とにかく、騒がしい一日はこうして始まる。

 午前中は、いつもダラダラと過ごす。
 洗濯機を回しつつルナの世話をする合間に、私も何か適当に口に放り込んでおく。
 気が向けば簡単に掃除機をかける。

 佐山が来るのは夕方以降なので、いつもあまりやる気はない。
 午後は買い物などにあてる。

 「今日はヒマだし。また公園行くよ、ルナ」

 「またぁ?」

 ルナは少々苦い顔をした。
 数日前、ある公園でユイカさんという人と友達になった。
 ルナは、私がユイカさんに会いに行こうとすると何故か良い顔をしない。

 「すごくイヤな予感がする」

 と、ルナは言うのだが──。
 ユイカさんは、とても気さくな人である。

 彼女は来月出産を控える妊婦さんだ。
 そのお腹に宿るのはベビー。

 通常なら友達になるような行動は取らないのだが、体調を崩して困っている人を放っておくわけにはいかなかったのだ。

 それが縁で、私たちはこれまでに数回、あの公園でお喋りしている。
 会えれば、という程度だが。

 前回会った時の話によると、ユイカさんは二十四歳とのこと。若い。

 あの公園にはキリンとゾウ、二つの門がある。
 ユイカさんの住まいは、ゾウの門の向こうに林立する高層マンション街。
 この辺りではニュータウンと呼ばれ、セレブな方々が続々と越してきている一角である。

 ため息が出てしまう。
 そりゃあ、ユイカさんほどの女性だもの。旦那様だって超一流な方に違いない。
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