27 / 130
第二章 十月の修羅場
ママ友候補1
しおりを挟む
「あの、どうぞ」
公園の隅の自販機で買ったミネラルウォーターを女性に差し出した。
急に気分が悪くなってしまったとのことだが、女性は少し落ち着いてきたようだ。
蒼白だった顔に赤みが戻り始めている。
「すみませんでした……」
女性は顔を上げ、遠慮がちにペットボトルを受け取った。
「いえ、良いんですよ」
ペットボトルに口をつけ、ホッと息をつく女性の様子に胸を撫で下ろす。
救急車を呼ぶような事態にならなくて、本当に良かった。
乳母車を引き寄せ、私もベンチに腰を下ろした。
あ。超美人。
ずっと焦っていたので、女性の顔を初めてちゃんと見た。
ぱっちり二重に、スッと通った鼻筋。
公園の木漏れ日に反射する茶色がかった髪は無造作にアップでまとめられ、きれいな首筋に後れ毛が流れている。
美人は何でも絵になるのだ。
惨めな思いとか、したことないんだろうなあ。
私は尊敬の念すら抱きながら、その美しい横顔に見入った。
こんなに綺麗な人から生まれるのは、どんなベビーだろう。
ベビー。
考えた瞬間、心臓がドンとなった。
続いて激しい動悸が始まる。
ベンチから転がり落ちそうな感覚に陥り、片方の手でベンチの縁をギュッと掴んだ。
アレルギー反応だ。
まだ生まれてもいないのに。
毎日ルナと過ごしているのに、多少の免疫もできていないのだろうか。
彼女のことも、初めから妊婦さんだと分かっていたのに。
妊婦さんを介抱するのが初めてだったからだろうか。
不意打ちでベビーに意識が行ってしまったからだろうか。
分からない。
私は鼻の頭に吹き出した汗をそっと拭うと、女性からゆっくり視線を外した。
通常、アレルギー反応の出そうな場所からは早急に退散することが望ましい。
ただ、状況が状況だ。
まだ体調が不安定な女性を一人残して、いきなり「失礼します」と去っていくのは人の道に反するのではないだろうか。
こういった場合。
様子を見つつ、「お近くまでお送りしますよ」と申し出るのが筋であろう。
しかし。今は私も動けそうにない。
「あのおぉっ。赤ちゃん、いつ頃のご予定なんですかっ」
喋って繋ぐことにした。声が裏返った。
「来月の中頃くらいです」
挙動不審になっているであろう私にも、女性はふわっと笑いかけてくれる。
ああ。やっぱり綺麗。
可憐な花が咲いた瞬間みたいだった。
花の匂いまで香ってきそうである。
「わ、わぁ。もうすぐですねー」
などと相槌を打ちながら、ドギマギしてしまう。
「この子は……女の子?」
女性は、やわらかな眼差しを乳母車の方へと向けた。
「お、女の子です」
二人して乳母車を覗くと、ルナがぱちっと目を開いた。
女性が相好を崩す。
「まあ。可愛らしい」
「ルナ。起きたの?」
ルナは、ゆっくりと瞬きして私を見返した。
これは、私のことを小バカにしているサインである。
こういう時、ルナは決まって生意気なことを言い出す。
が、当然ながら女性はこのサインに気づいていない。
「ルナちゃん? 可愛いお名前ね。うちは男の子なんですよ」
体調はすっかり良くなったようだ。良かった。
女性はベンチに座り直すと、ふくらんだお腹に手を当てて嬉しそうに続けた。
「子どもたち、同い年ですね」
「え? ええ……そうなりますね」
ルナが生後三ヶ月として、この女性のお腹からベビーが出てくるのが来月。
同学年ということになるが。
「ぜひお友達になりたいわ。
引っ越したばかりで知り合いもいなくて」
話が、あらぬ方向へ進み始めてしまった。
公園の隅の自販機で買ったミネラルウォーターを女性に差し出した。
急に気分が悪くなってしまったとのことだが、女性は少し落ち着いてきたようだ。
蒼白だった顔に赤みが戻り始めている。
「すみませんでした……」
女性は顔を上げ、遠慮がちにペットボトルを受け取った。
「いえ、良いんですよ」
ペットボトルに口をつけ、ホッと息をつく女性の様子に胸を撫で下ろす。
救急車を呼ぶような事態にならなくて、本当に良かった。
乳母車を引き寄せ、私もベンチに腰を下ろした。
あ。超美人。
ずっと焦っていたので、女性の顔を初めてちゃんと見た。
ぱっちり二重に、スッと通った鼻筋。
公園の木漏れ日に反射する茶色がかった髪は無造作にアップでまとめられ、きれいな首筋に後れ毛が流れている。
美人は何でも絵になるのだ。
惨めな思いとか、したことないんだろうなあ。
私は尊敬の念すら抱きながら、その美しい横顔に見入った。
こんなに綺麗な人から生まれるのは、どんなベビーだろう。
ベビー。
考えた瞬間、心臓がドンとなった。
続いて激しい動悸が始まる。
ベンチから転がり落ちそうな感覚に陥り、片方の手でベンチの縁をギュッと掴んだ。
アレルギー反応だ。
まだ生まれてもいないのに。
毎日ルナと過ごしているのに、多少の免疫もできていないのだろうか。
彼女のことも、初めから妊婦さんだと分かっていたのに。
妊婦さんを介抱するのが初めてだったからだろうか。
不意打ちでベビーに意識が行ってしまったからだろうか。
分からない。
私は鼻の頭に吹き出した汗をそっと拭うと、女性からゆっくり視線を外した。
通常、アレルギー反応の出そうな場所からは早急に退散することが望ましい。
ただ、状況が状況だ。
まだ体調が不安定な女性を一人残して、いきなり「失礼します」と去っていくのは人の道に反するのではないだろうか。
こういった場合。
様子を見つつ、「お近くまでお送りしますよ」と申し出るのが筋であろう。
しかし。今は私も動けそうにない。
「あのおぉっ。赤ちゃん、いつ頃のご予定なんですかっ」
喋って繋ぐことにした。声が裏返った。
「来月の中頃くらいです」
挙動不審になっているであろう私にも、女性はふわっと笑いかけてくれる。
ああ。やっぱり綺麗。
可憐な花が咲いた瞬間みたいだった。
花の匂いまで香ってきそうである。
「わ、わぁ。もうすぐですねー」
などと相槌を打ちながら、ドギマギしてしまう。
「この子は……女の子?」
女性は、やわらかな眼差しを乳母車の方へと向けた。
「お、女の子です」
二人して乳母車を覗くと、ルナがぱちっと目を開いた。
女性が相好を崩す。
「まあ。可愛らしい」
「ルナ。起きたの?」
ルナは、ゆっくりと瞬きして私を見返した。
これは、私のことを小バカにしているサインである。
こういう時、ルナは決まって生意気なことを言い出す。
が、当然ながら女性はこのサインに気づいていない。
「ルナちゃん? 可愛いお名前ね。うちは男の子なんですよ」
体調はすっかり良くなったようだ。良かった。
女性はベンチに座り直すと、ふくらんだお腹に手を当てて嬉しそうに続けた。
「子どもたち、同い年ですね」
「え? ええ……そうなりますね」
ルナが生後三ヶ月として、この女性のお腹からベビーが出てくるのが来月。
同学年ということになるが。
「ぜひお友達になりたいわ。
引っ越したばかりで知り合いもいなくて」
話が、あらぬ方向へ進み始めてしまった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冤罪から逃れるために全てを捨てた。
四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】婚約破棄の代償は
かずきりり
恋愛
学園の卒業パーティにて王太子に婚約破棄を告げられる侯爵令嬢のマーガレット。
王太子殿下が大事にしている男爵令嬢をいじめたという冤罪にて追放されようとするが、それだけは断固としてお断りいたします。
だって私、別の目的があって、それを餌に王太子の婚約者になっただけですから。
ーーーーーー
初投稿です。
よろしくお願いします!
※こちらの作品はカクヨムにも掲載しています

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

ズッ友宣言をしてきたお隣さんから時々優しさが運ばれてくる件
遥 かずら
恋愛
両親が仕事で家を空けることが多かった高校生、栗城幸多は実質一人暮らし状態。そんな幸多のお隣さんには中学が一緒だった笹倉秋稲が住んでいる。
彼女は幸多が中学時代に告白した時、爽やかな笑顔を見せながら「ずっと友達ならいいですよ」とズッ友宣言をしてきた快活系女子だった。他にも彼女に告白した男子も数知れずいたもののやはり友達止まり。そんな笹倉秋稲に告白した男子たちの間には、フラれたうちに入らない無傷の戦友として友情が芽生えたとかなんとか。あくまで友達扱いをしていた彼女は、男女関係なく分け隔てない優しさがあったので人気は不動のものだった。
「高校生になってもずっとお友達だよ!」
「……あ、うん」
「友達は友達だからね?」
やんわりとお断りされたけどお友達な関係、しかもお隣同士な二人の不思議な関係。
本音がつかめない女子、笹倉秋稲と栗城幸多の関係はとてもゆっくりとした時間の中から徐々に本当の気持ちを運ぶようになる――
懐いてた年下の女の子が三年空けると口が悪くなってた話
六剣
恋愛
社会人の鳳健吾(おおとりけんご)と高校生の鮫島凛香(さめじまりんか)はアパートのお隣同士だった。
兄貴気質であるケンゴはシングルマザーで常に働きに出ているリンカの母親に代わってよく彼女の面倒を見ていた。
リンカが中学生になった頃、ケンゴは海外に転勤してしまい、三年の月日が流れる。
三年ぶりに日本のアパートに戻って来たケンゴに対してリンカは、
「なんだ。帰ってきたんだ」
と、嫌悪な様子で接するのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる