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第二章 十月の修羅場
大家と住人3
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冴子さんは、いきなり怖い声になる。
「この子の可愛さに免じて色々我慢してあげてるんだから、ちょっとは楽しませなさいよね」
”この子の可愛さ”というところに異議アリである。
そう見えるのは、ルナが道行く人々に満遍なく愛想を振りまくからだ。
私から見れば非常に白々しい。これは決して僻みではない。
赤ちゃんが無条件に可愛いという人々に、アレルギー持ちの私としては強く疑問を投げかけたい。
「す、すみません……」
しかし、怖い人の前では小さくなってしまう。
ルナの泣き声等々でご迷惑をおかけしていることは事実だし。
「ねっ? 佐山クン、絶対オススメだから!
進展あったら教えなさいよ!」
冴子さんはそう言い残すと、きれいなロングヘアをなびかせて去って行った。
何故そんなに推してくる?
冴子さんとは反対方向に、ゆっくり歩き出した。
帰りたいのは山々だが、反対方向には挟間道代がいるのだ。
「やっと動くぅ」
ルナは乳母車のカゴの中でうーんと伸びをした。
今日は、麻由子に貰ったキルティング生地のロンパースを着せている。
ふとルナの手元を見て、あれっと思った。
「ルナ。あんた、なに持ってきたの?」
ルナの傍らには、大人の手に収まりそうな大きさのサルのぬいぐるみが転がっている。
「適当に持ってきたぁ」
ルナは、サルの耳をかじり始めた。
どこに置いてあったっけ?
見覚えはあるものの、購入経緯をよく覚えていない物だった。
かなり年季が入っており、サルの頭に縫い付けてあったストラップは取れてしまっている。
「珍しいもの持ってきたわね」
別に良いけど。
挟間道代を避けて反対の道を来たことから、知らない道を歩き続けている。
それが思いのほか気分転換になったようだ。
私は少し元気を取り戻し、歩幅を広げた。
赤ちゃんと二人きり、部屋に籠もってばかりいては気も滅入る。
日差しも風も柔らかく、気持ちの良い気候。
白い頬に街路樹の影を映しながら、ルナはうとうとし始めた。
冴子さんに会ったりしたし、疲れたのかもしれない。
所詮はベビーだな。
鼻から息が漏れた。
願わくば、いつもこれくらい静かに寝入ってほしい。
「へえ」
少し足をのばしてみたら、知らない公園に行き当たった。
五年同じ街に住んでいても、足を運ばなければ知らない場所もあるものだ。
公園の入り口は、キリンの長い首がアーチを形どったようになっている。
何となく童心を刺激された私は、興味半分にそのアーチをくぐった。
こぢんまりした園内には、アスレチック風の複雑な物から定番の物まで、カラフルに彩られた遊具が並ぶ。
ちらほらと親子連れの姿もあり、楽しげな声が聞こえてくる。
たくさんの遊具と向かい合うように、ベンチが幾つか設置されていた。
そのうちの一つに、女性が腰掛けている。
私も乳母車を押してそちらへ近づいた。
近づくにつれ異変を感じた。
ベンチに腰掛けている女性の様子がおかしいのだ。
見たところ若そうだが、うつむいて荒い息を吐いている。
体調でも崩したのだろうか。
遊具の方にいる人たちは、子どもの相手をしていて女性の異変には気づいていない。
「あの……大丈夫ですか?」
放っておくわけにはいかず、恐る恐る声をかけた。
女性が辛そうに顔を上げる。
大丈夫だというように頷くものの、その顔色は蒼白だった。
どうしよう。救急車を呼ぼうか。
と、私はあることに気づいた。
よくよく見ると、その女性はお腹のあたりに手を当てている。
「あ……!」
ようやく分かった。
この人……。
妊婦さんだ。
「この子の可愛さに免じて色々我慢してあげてるんだから、ちょっとは楽しませなさいよね」
”この子の可愛さ”というところに異議アリである。
そう見えるのは、ルナが道行く人々に満遍なく愛想を振りまくからだ。
私から見れば非常に白々しい。これは決して僻みではない。
赤ちゃんが無条件に可愛いという人々に、アレルギー持ちの私としては強く疑問を投げかけたい。
「す、すみません……」
しかし、怖い人の前では小さくなってしまう。
ルナの泣き声等々でご迷惑をおかけしていることは事実だし。
「ねっ? 佐山クン、絶対オススメだから!
進展あったら教えなさいよ!」
冴子さんはそう言い残すと、きれいなロングヘアをなびかせて去って行った。
何故そんなに推してくる?
冴子さんとは反対方向に、ゆっくり歩き出した。
帰りたいのは山々だが、反対方向には挟間道代がいるのだ。
「やっと動くぅ」
ルナは乳母車のカゴの中でうーんと伸びをした。
今日は、麻由子に貰ったキルティング生地のロンパースを着せている。
ふとルナの手元を見て、あれっと思った。
「ルナ。あんた、なに持ってきたの?」
ルナの傍らには、大人の手に収まりそうな大きさのサルのぬいぐるみが転がっている。
「適当に持ってきたぁ」
ルナは、サルの耳をかじり始めた。
どこに置いてあったっけ?
見覚えはあるものの、購入経緯をよく覚えていない物だった。
かなり年季が入っており、サルの頭に縫い付けてあったストラップは取れてしまっている。
「珍しいもの持ってきたわね」
別に良いけど。
挟間道代を避けて反対の道を来たことから、知らない道を歩き続けている。
それが思いのほか気分転換になったようだ。
私は少し元気を取り戻し、歩幅を広げた。
赤ちゃんと二人きり、部屋に籠もってばかりいては気も滅入る。
日差しも風も柔らかく、気持ちの良い気候。
白い頬に街路樹の影を映しながら、ルナはうとうとし始めた。
冴子さんに会ったりしたし、疲れたのかもしれない。
所詮はベビーだな。
鼻から息が漏れた。
願わくば、いつもこれくらい静かに寝入ってほしい。
「へえ」
少し足をのばしてみたら、知らない公園に行き当たった。
五年同じ街に住んでいても、足を運ばなければ知らない場所もあるものだ。
公園の入り口は、キリンの長い首がアーチを形どったようになっている。
何となく童心を刺激された私は、興味半分にそのアーチをくぐった。
こぢんまりした園内には、アスレチック風の複雑な物から定番の物まで、カラフルに彩られた遊具が並ぶ。
ちらほらと親子連れの姿もあり、楽しげな声が聞こえてくる。
たくさんの遊具と向かい合うように、ベンチが幾つか設置されていた。
そのうちの一つに、女性が腰掛けている。
私も乳母車を押してそちらへ近づいた。
近づくにつれ異変を感じた。
ベンチに腰掛けている女性の様子がおかしいのだ。
見たところ若そうだが、うつむいて荒い息を吐いている。
体調でも崩したのだろうか。
遊具の方にいる人たちは、子どもの相手をしていて女性の異変には気づいていない。
「あの……大丈夫ですか?」
放っておくわけにはいかず、恐る恐る声をかけた。
女性が辛そうに顔を上げる。
大丈夫だというように頷くものの、その顔色は蒼白だった。
どうしよう。救急車を呼ぼうか。
と、私はあることに気づいた。
よくよく見ると、その女性はお腹のあたりに手を当てている。
「あ……!」
ようやく分かった。
この人……。
妊婦さんだ。
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