【完結】改稿版 ベビー・アレルギー

キツナ月。

文字の大きさ
上 下
26 / 130
第二章 十月の修羅場

大家と住人3

しおりを挟む
 冴子さんは、いきなり怖い声になる。

 「この子の可愛さに免じて色々我慢してあげてるんだから、ちょっとは楽しませなさいよね」

 ”この子の可愛さ”というところに異議アリである。
 そう見えるのは、ルナが道行く人々に満遍なく愛想を振りまくからだ。
 私から見れば非常に白々しい。これは決して僻みではない。
 赤ちゃんが無条件に可愛いという人々に、アレルギー持ちの私としては強く疑問を投げかけたい。

  「す、すみません……」

 しかし、怖い人の前では小さくなってしまう。
 ルナの泣き声等々でご迷惑をおかけしていることは事実だし。

  「ねっ? 佐山クン、絶対オススメだから!
 進展あったら教えなさいよ!」

 冴子さんはそう言い残すと、きれいなロングヘアをなびかせて去って行った。

 何故そんなに推してくる?

 冴子さんとは反対方向に、ゆっくり歩き出した。
 帰りたいのは山々だが、反対方向には挟間道代がいるのだ。
 
 「やっと動くぅ」

 ルナは乳母車のカゴの中でうーんと伸びをした。
 今日は、麻由子に貰ったキルティング生地のロンパースを着せている。

 ふとルナの手元を見て、あれっと思った。

 「ルナ。あんた、なに持ってきたの?」

 ルナの傍らには、大人の手に収まりそうな大きさのサルのぬいぐるみが転がっている。

 「適当に持ってきたぁ」

 ルナは、サルの耳をかじり始めた。

 どこに置いてあったっけ?
 見覚えはあるものの、購入経緯をよく覚えていない物だった。
 かなり年季が入っており、サルの頭に縫い付けてあったストラップは取れてしまっている。

 「珍しいもの持ってきたわね」

 別に良いけど。

 挟間道代を避けて反対の道を来たことから、知らない道を歩き続けている。
 それが思いのほか気分転換になったようだ。
 私は少し元気を取り戻し、歩幅を広げた。
 赤ちゃんと二人きり、部屋に籠もってばかりいては気も滅入る。

 日差しも風も柔らかく、気持ちの良い気候。
 白い頬に街路樹の影を映しながら、ルナはうとうとし始めた。
 冴子さんに会ったりしたし、疲れたのかもしれない。

 所詮はベビーだな。

 鼻から息が漏れた。
 願わくば、いつもこれくらい静かに寝入ってほしい。



 「へえ」

 少し足をのばしてみたら、知らない公園に行き当たった。
 五年同じ街に住んでいても、足を運ばなければ知らない場所もあるものだ。
 公園の入り口は、キリンの長い首がアーチを形どったようになっている。

 何となく童心を刺激された私は、興味半分にそのアーチをくぐった。

 こぢんまりした園内には、アスレチック風の複雑な物から定番の物まで、カラフルに彩られた遊具が並ぶ。
 ちらほらと親子連れの姿もあり、楽しげな声が聞こえてくる。

 たくさんの遊具と向かい合うように、ベンチが幾つか設置されていた。
 そのうちの一つに、女性が腰掛けている。
 私も乳母車を押してそちらへ近づいた。

 近づくにつれ異変を感じた。
 ベンチに腰掛けている女性の様子がおかしいのだ。
 見たところ若そうだが、うつむいて荒い息を吐いている。
 体調でも崩したのだろうか。
 遊具の方にいる人たちは、子どもの相手をしていて女性の異変には気づいていない。

 「あの……大丈夫ですか?」

 放っておくわけにはいかず、恐る恐る声をかけた。
 女性が辛そうに顔を上げる。
 大丈夫だというように頷くものの、その顔色は蒼白だった。
 どうしよう。救急車を呼ぼうか。

 と、私はあることに気づいた。
 よくよく見ると、その女性はお腹のあたりに手を当てている。

 「あ……!」

 ようやく分かった。

 この人……。
 妊婦さんだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冤罪から逃れるために全てを捨てた。

四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】婚約破棄の代償は

かずきりり
恋愛
学園の卒業パーティにて王太子に婚約破棄を告げられる侯爵令嬢のマーガレット。 王太子殿下が大事にしている男爵令嬢をいじめたという冤罪にて追放されようとするが、それだけは断固としてお断りいたします。 だって私、別の目的があって、それを餌に王太子の婚約者になっただけですから。 ーーーーーー 初投稿です。 よろしくお願いします! ※こちらの作品はカクヨムにも掲載しています

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

ズッ友宣言をしてきたお隣さんから時々優しさが運ばれてくる件

遥 かずら
恋愛
両親が仕事で家を空けることが多かった高校生、栗城幸多は実質一人暮らし状態。そんな幸多のお隣さんには中学が一緒だった笹倉秋稲が住んでいる。 彼女は幸多が中学時代に告白した時、爽やかな笑顔を見せながら「ずっと友達ならいいですよ」とズッ友宣言をしてきた快活系女子だった。他にも彼女に告白した男子も数知れずいたもののやはり友達止まり。そんな笹倉秋稲に告白した男子たちの間には、フラれたうちに入らない無傷の戦友として友情が芽生えたとかなんとか。あくまで友達扱いをしていた彼女は、男女関係なく分け隔てない優しさがあったので人気は不動のものだった。 「高校生になってもずっとお友達だよ!」 「……あ、うん」 「友達は友達だからね?」 やんわりとお断りされたけどお友達な関係、しかもお隣同士な二人の不思議な関係。 本音がつかめない女子、笹倉秋稲と栗城幸多の関係はとてもゆっくりとした時間の中から徐々に本当の気持ちを運ぶようになる――

処理中です...