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第一章 九月の嵐
佐山という男1
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──どこへ行った。
──あの子は何どこへ行ったのだ。
気がつくと、私は霧の中にいた。
目を凝らす。霧の向こうは、見えそうで見えなかった。
どこからか声がする。深くて、くぐもったような声だ。
声の主を探そうと首を巡らせると、乗り物酔いに似たような感覚に襲われた。
そして、自分が宙に浮いていることに気づく。
「えっ……」
焦って動けば動くほど、気持ち悪さは増大した。
──何ということだ!
声が急に近くなった。
脳の奥が響くように痛む。
──こんなことは前代未聞だそ……!
耳元を撫でるように、生温かい風が吹き過ぎていった。
傍に誰かいる。
首を動かすと再び強烈な頭痛に襲われた。
誰?
両手で霧を掻き分けてみても、向こう側はやはり見えない。
だんだんと意識が薄れてきた。
意識を手放す寸前、確かに同じ声を聞いた。
──早く連れ戻さなければ、大変なことになる。
***
──ポーン、ピンポン、ピンポーン。
「ん?」
音がする。とても聞き覚えがある音だ。これは、私の部屋の……。
突然フローリングの木目が眼前に現れて、意識がハッキリした。
インターホンが連打されている。
続いて、「うおぉぉん」というサイレンのような泣き声が耳に入る。
「ひぃっ!」
そうだった。昨日からルナを預かっているんだった。
カーテンの隙間から明るい光が漏れている。
随分と陽が高くなるまで眠ってしまったらしい。
「うう……痛い」
身体を起こそうとすると全身が痛んだ。
明け方にミルクをあげてから、床で力尽きたのだ。
「何度も何度も呼ばなくたって聞こえてるっての」
ルナの様子をチラリと見てから、のそりと立ち上がる。
盛大に泣いているが、オムツ替えとミルクは来客を片付けてからにするしかない。
ずっとルナにかかりきりで、昨夜はシャワーもできなかった。
身につけている物もテロテロの部屋着。
今さらだが、ドアを開ける前に手ぐしで軽く髪をとかす。
思い切ってドアノブを回すと、よれよれのTシャツが目に入った。
ゆるりと顔を上げれば、下顎を少し覆う程度の髭を生やした男がこちらを見下ろしている。
肩近くまでボサボサと不揃いに伸びた黒髪で、目元は見えない。
風貌からして怪しい。
玄関までルナの泣き声が漏れ聞こえてくると、その長身の男はうんざりしたように口を開いた。
「あの。佐山と申しますが。隣の」
──あの子は何どこへ行ったのだ。
気がつくと、私は霧の中にいた。
目を凝らす。霧の向こうは、見えそうで見えなかった。
どこからか声がする。深くて、くぐもったような声だ。
声の主を探そうと首を巡らせると、乗り物酔いに似たような感覚に襲われた。
そして、自分が宙に浮いていることに気づく。
「えっ……」
焦って動けば動くほど、気持ち悪さは増大した。
──何ということだ!
声が急に近くなった。
脳の奥が響くように痛む。
──こんなことは前代未聞だそ……!
耳元を撫でるように、生温かい風が吹き過ぎていった。
傍に誰かいる。
首を動かすと再び強烈な頭痛に襲われた。
誰?
両手で霧を掻き分けてみても、向こう側はやはり見えない。
だんだんと意識が薄れてきた。
意識を手放す寸前、確かに同じ声を聞いた。
──早く連れ戻さなければ、大変なことになる。
***
──ポーン、ピンポン、ピンポーン。
「ん?」
音がする。とても聞き覚えがある音だ。これは、私の部屋の……。
突然フローリングの木目が眼前に現れて、意識がハッキリした。
インターホンが連打されている。
続いて、「うおぉぉん」というサイレンのような泣き声が耳に入る。
「ひぃっ!」
そうだった。昨日からルナを預かっているんだった。
カーテンの隙間から明るい光が漏れている。
随分と陽が高くなるまで眠ってしまったらしい。
「うう……痛い」
身体を起こそうとすると全身が痛んだ。
明け方にミルクをあげてから、床で力尽きたのだ。
「何度も何度も呼ばなくたって聞こえてるっての」
ルナの様子をチラリと見てから、のそりと立ち上がる。
盛大に泣いているが、オムツ替えとミルクは来客を片付けてからにするしかない。
ずっとルナにかかりきりで、昨夜はシャワーもできなかった。
身につけている物もテロテロの部屋着。
今さらだが、ドアを開ける前に手ぐしで軽く髪をとかす。
思い切ってドアノブを回すと、よれよれのTシャツが目に入った。
ゆるりと顔を上げれば、下顎を少し覆う程度の髭を生やした男がこちらを見下ろしている。
肩近くまでボサボサと不揃いに伸びた黒髪で、目元は見えない。
風貌からして怪しい。
玄関までルナの泣き声が漏れ聞こえてくると、その長身の男はうんざりしたように口を開いた。
「あの。佐山と申しますが。隣の」
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