ヒカリとカゲ♡箱入り令嬢の夢見がちな日常♡

キツナ月。

文字の大きさ
上 下
29 / 44
🏥お医者さまの章🏥

5.絶対的事実

しおりを挟む
 胡桃沢邸。
 万能執事・橋倉巌の居室である。

 くだんのメロドラマは、不倫男の妻が違和感を覚え始めているところであった。

 一度は上手く誤魔化せたと思われたが、意外なところからボロ出て──。

 という展開で、視聴者をハラハラさせている。


 橋倉も心配顔でテレビを消すと、いつものように茶を淹れるべく立ち上がった。




 「うっわぁ。奥さん鋭いねー」

 「ゴフッ! またですか、お嬢様!」

 ヒカリとカゲは、ごくたまに橋倉の部屋でドラマを視聴するのである。

 平日の昼下がり、20分ほどの放送枠でダラダラと続いている。何度か見逃したところで、話の筋が分からなくなるという心配はない。

 「バレるに決まってんだろうが」

 カゲは偉そうにラグに寝そべった。

 「“しばらく会わない”とか言った直後に会いに行ってやがる。意思薄弱か? 欲の塊か?」

 「だって、彼女は独り身で病気なのよ? 行っちゃうでしょ」

 「風邪だろ」

 昼下がりのドラマは、こんな下世話な感想を言い合えるくらいが丁度いい。

 「泥棒が! 当たり前のように寛ぐな!」

 橋倉が雷を落とすも、カゲは薄く笑いながら耳をほじっている。

 使用人たちを束ねる役割も担う橋倉にとっては頭が痛むところだ。

 しかし、楽しそうな令嬢を目の前にすると、「こういうのもアリなのか」と揺らいだりもする。


 「さあさ。そろそろ旦那様がお出かけになる時間です。お嬢様も参られるのでしょう?」


 ♡


 今日は、春平が健康診断を受ける日である。

 ヒカリの提案を快く受けた形だ。

 自分の身体を気遣ってくれてのことだと分かると、春平は目を細めて喜んだ。

 今日の午後は休診で、健康診断だけが行われる。

 ヒカリたちがクリニックに着くと、同じく健康診断を受ける人たちがまばらにソファで待機していた。

 「どうも、胡桃沢様。ヒカリちゃんも来てくれたんだね」

 北白河が待合室の方に出てきた。

 「やあ、若先生。今日はよろしく頼みますぞ」

 「こ、こんにちは」

 「この前は、ご馳走さま」

 彼はヒカリに耳打ちすると、笑顔で診察室に戻っていく。

 全身が痺れたようになった。
 囁かれた左の耳に熱が集中しているのが分かる。

 健康診断が始まれば、北白河は問診などで出てこない。

 それでもよかった。
 ひと目会うだけのために、ここへ来たのだから。




 (はうぅ)

 一方のカゲである。

 尿意を回避したくて、今日は外で待機している。

 しかし、そんな小さな抵抗は何の意味もなさなかった。

 尿意は、容赦なく訪れたのである。

 (くっそ、なんて威力だ! どんな危険が潜んでやがる……)


 正面のガラス扉が開いた。

 「ねえ、カゲ。ヒマぁ」

 春平は検査中だし、北白河はいない。

 思った以上に暇を持て余すヒカリお嬢様である。

 「帰るか?」

 「ううん、おじいちゃん待っとく」

 「まあ、どっかで暇つぶすか」

 カゲとしては、尿意を呼ぶ危険地帯から離れられれば問題ない。

 クリニック前の自販機でサイダーを買い、二人は歩き出した。


 「あ! この前のお姉ちゃんたち!」


 道を挟んだ公園から元気な声がかかった。

 こんもりした緑を背負った公園だ。

 「美亜ちゃん! また会ったわね!」

 ヒカリが手を振り返す。

 「ぎぁっ……!」

 カゲがうめいた。



 細い道を挟んだ、あの公園。

 そこへ行ったら、俺の膀胱は確実にヤバい。いや、既にヤバい。

 原因は美亜ちゃんか?

 カゲの瞼の裏で、危険信号が高速で点滅する。

 「お姉ちゃんたちも一緒にあそぼ!」

 「うん! 今行く!」


 嗚呼。
 さらなる危険地帯へ。


 公園には、美亜ちゃんの他にもたくさん子どもがいた。

 ヒカリは子どもと遊ぶのが嫌いではない。

 最高の暇つぶしだ。


 「ひゅぐっ!」


 カゲが素っ頓狂な声を上げて硬直すると、子どもたちはゲラゲラ笑った。

 カゲの事情知らないヒカリは、

 (ちゃんと子どもを喜ばせてる……意外と面倒見が良いのね。言動が気持ち悪いけど)

 と思っている。
 誰かが言った。

 「ドロケイやろうぜ!」

 お嬢様なヒカリはドロケイが何なのか分からなかったが、美亜ちゃんに教えてもらった。

 「よっしゃ、おまえら。俺様に追いつけるものなら追いついてみやがれ!」

 尿意を紛らすため、カゲは走った。
 まさにコソ泥の走りである。

 これまで、トイレを探して彷徨さまようことで警察から逃げ延びてきたのだ。

 誰にも追いつけるはずがなかった。




 「じゃあ、そろそろ時間だから。また遊びましょうね」

 三十分後、ヒカリとカゲは公園を後にした。

 ようやく危険な公園から離れられる。

 しかし、これから向かう場所も安全ではない。

 カゲは悲壮な思いを胸に、ヒカリに続いた。





 クリニックに入る直前、ヒカリは左の耳にそっと触れる。

 ──この前は、ご馳走さま。

 さっきの感触が、ずっと残っていた。

 耳をくすぐった空気の動きも、イントネーションも。
 



 一方のカゲは、わざわざ壁と天井を伝ってトイレに向かう。

 戻ってきて早々にトイレに直行すると、「近い人」と思われて恥ずかしいからだ。



 「ふー……ぉ、ぉう」

 今日も何とか無事だった──。



 バレないようにトイレから出る。

 ずっと、ここにいましたけど? みたいな顔で太い柱の陰に身を潜める。

 そこでまた震えがきた。

 (あぅ……マジでどーなってんだ、この病院は!)

 その時。
 自動の内扉が開いて、トコトコと小さな影が入ってきた。


 「え? 美亜ちゃん?」


 ヒカリが目を見開く。
 カゲも驚いたが、柱の陰から様子を窺う。

 しかし。

 「あら、美亜ちゃん。久しぶりね」

 「待ちきれずにパパを迎えにきたの?」

 もっと意外だったのは、受付の女性やナースたちが、美亜ちゃんをごく自然に受け入れていることであった。



 「パ……パ?」



 ヒカリが小さく呟いた。

 「うんっ!」

 美亜ちゃんは無邪気にナースたちに答えると、ついと手を上げて一直線に駆け出した。


 「パパぁ!」


 美亜ちゃんを抱き上げたのは、白衣の腕。

 「ごめんごめん。少し遅くなったな」

 「ずっ待ってたんだよぉ」

 「もうすぐ終わるから」

 可愛くてたまらないという様子で美亜ちゃんの頭を撫でるのは、北白河であった。

 (そういうことかよ! 道理で……)

 カゲは、たまらず柱に手をついて内股になった。

 度重なる尿意は、これを伝えるためだったのだ。


 既婚者──。


 北白河医師は、子持ちの既婚者だったのである。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

【Vtuberさん向け】1人用フリー台本置き場《ネタ系/5分以内》

小熊井つん
大衆娯楽
Vtuberさん向けフリー台本置き場です ◆使用報告等不要ですのでどなたでもご自由にどうぞ ◆コメントで利用報告していただけた場合は聞きに行きます! ◆クレジット表記は任意です ※クレジット表記しない場合はフリー台本であることを明記してください 【ご利用にあたっての注意事項】  ⭕️OK ・収益化済みのチャンネルまたは配信での使用 ※ファンボックスや有料会員限定配信等『金銭の支払いをしないと視聴できないコンテンツ』での使用は不可 ✖️禁止事項 ・二次配布 ・自作発言 ・大幅なセリフ改変 ・こちらの台本を使用したボイスデータの販売

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

【ショートショート】おやすみ

樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
◆こちらは声劇用台本になりますが普通に読んで頂いても癒される作品になっています。 声劇用だと1分半ほど、黙読だと1分ほどで読みきれる作品です。 ⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠ ・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します) ・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。 その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。

【フリー台本】朗読小説

桜来
現代文学
朗読台本としてご使用いただける短編小説等です 一話完結 詰め合わせ的な内容になってます。 動画投稿や配信などで使っていただけると嬉しく思います。 ご報告、リンクなどは任意ですが、作者名表記はお願いいたします。 無断転載 自作発言等は禁止とさせていただきます。 よろしくお願いいたします。

処理中です...