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② 北国の春
つづく
しおりを挟む松造は、庭に出て草をむしっていた。玄関近くに松が植えられ、小さな畑には菜の花、奥に柚子の木。三色スミレも咲いている。
妻の花が亡くなって一週間。手続きに追われる日々の中、こんな時間は久しかった。これが「人が一人居なくなる」ということなのだ。
老老介護の当事者になった。
彼は、介護する側だった。
妻の介護から解放されたい。
そんな思いを抱いたことはない、と言えば嘘になる。
それでも、妻のいない生活は何とも言えず空虚だった。
花と、冗談でこんな話をしたことがある。残されるより先に逝く方が得だと。
「お母さん、上手いことやったな」
傍らに、笑ってくれる人はない。
遺影は、朗らかに笑いかけてくるのみだ。
花は写真を撮るとき、変に構えることがなかった。
「元が元や。取り繕うてもしゃあないわ」
そんな風にぼやいていたが、構えることがない分、自然な笑顔で撮れているものが多かった。
しかし、遺影が軽口を返してくれることはない。
これには未だ慣れることができず、寂しさが彼の胸を塞いだ。
四十九日の準備や訪ねてくれる者への対応で、今は忙しい日々だ。本当の寂しさは、もっと後にやって来るのかもしれなかった。
花が好んでいた歌が口をついた。何気なく耳に入れていただけだが、けっこう歌えるものだ。
人の気配がした。
孫の菜々美と同年代と思しき女性が、門の外に足を止めている。
「すみません。知った歌が耳に入ったものですから」
「ああ。若いのによう知ったるなぁ」
涙声の歌を聞かれたことが気恥ずかしく、松造は努めて明るく立ち上がった。
「ええ。ある人に教えてもらって。こんな日にピッタリの歌ですね」
スーツ姿の女性は大きなビジネスバッグを肩に掛け直し、空を仰ぐ。
「ここ、北国でもないけどな」
松造の軽口に、女性はアハハと笑った。
──細かいこと言いなや。ええやんか、好きやねんから。
花の声が、聞こえた気がした。
会釈をして、女性が歩き出す。松造は庭仕事に戻った。ふと顔を上げると、女性の姿は既に消えていた。
《了》
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