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第三部

第03話 父親

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 久しぶりの故郷、そして生まれ育った家。本来であれば当たり前に受け入れてくれるはずの親父は、まるで拒絶するかのように俺を睨んだ。

「何だよ急に。たしかに今まで連絡もしなけりゃ、いきなり帰ってきたけどさ」
「お前が聖王国に仕官しようが別に怒りゃしねえ。問題はてめえの恋人だ」

 それだけ言うと、これ以上は話すことなど無いとでも言いたげに親父は家の中に入っていく。追いかけるようにして俺も家の中に入ると、背を向けたままの親父の肩を掴む。

「ミシェルのどこが悪いって言うんだ!」

 そう言いながら親父は振り返ると足が悪いというハンデを追っているとは思えない身のこなしで、肩を掴んでいた俺の腕を捻りあげる。

「貴族の女なんざ好きになったところで、お前が不幸になるのなんて目に見えてる」

 痛みに呻いていると今までに聞いたことないほど冷たい声が聞こえる。ミシェルのことを何も知らないくせに、そんなことを言われても聞けるはずがない。

「悪いことは言わねえ。今のうちに別れろ。それがお前のためだ」
「昔親父に何があったかは知らないが、俺はミシェルと添い遂げるって決めたんだ!」

 親父の腕を払いのけると、俺は家を飛び出した。そのまましばらく街の中を走る。そうしてどんどん走っていくと街の広場をを見下ろせる高台に出た。この場所は俺が子供のころからよく来ていた場所だ。叱られたときや、失敗したとき、とにかく一人になりたいと思った時に来て、ただぼんやりと沈んでいく夕日を眺めていた。

「どうした? おやっさんとなんかあったのか?」

 先ほど酒場の前を通り過ぎた時に呼び止められたが、無視して走ってきた俺を追いかけてきたのだろう。ベルトラムに話しかけられる。どうやら最初は酒の席に誘うつもりだったみたいだが、俺の様子があまりにもな状態だったようで、いつものからかうような態度は引っ込めていた。ベルトラムは俺の隣に座ると静かに話を聞く体制に入ってくれる。

「ああ。ちょっと親父と喧嘩してさ……」
「そういや、おやっさんは貴族嫌いだったか。まあ、ミシェルお嬢さんの性格なら実際に会ってみれば大丈夫そうだがな」
「……あんな親父のところに連れてきたくない」

 こんなガキみたいな態度をとるのは久しぶりな気がする。少なくともマーリンと旅を始めた辺りからは子供じみた思考は放棄するようにしていた。

「いつも通り落ち着いたら帰るんだぞ。……まあ、気まずいなら宿に行くのも手だろうな」

 そういうとベルトラムは俺の頭をわしゃわしゃと撫でると立ち上がり、手を振りながら去っていく。それをぼんやりと見送る。

(親父はなんで貴族が嫌いなんだろう……)

 親父は俺が生まれる前は何処かに仕官していた騎士だった。人間関係に疲れたか何かで辞めて流れてきたこの街で、母さんに出会い結婚したと聞いていた。
 傭兵として働いていた現役時代は魔物退治を生業にし、怪我で引退した現在は後進の育成に勤めている。しかしやはりというか、人間同士の争いを嫌っていた。

「……普通に考えると、派閥争いとか、騎士団内部とかでの嫌がらせ……だよな」

 しかしすぐにその考えは消える。親父の性格からして派閥争いなんて興味も持たなさそうだし、嫌がらせを受けたところで相手にも同等のダメージくらいは返すだろう。そうなると、もっと別の理由だ。だがそれは親父本人しか分からないだろう。俺には見当もつかない。

(俺はただ、親父に一人前になったことを認めてほしいだけなのに……)

 愛する人が出来た。心の奥底から、それこそ命に代えても護りたい女性が出来た。その事を親父に知ってほしかった。成長した自分を見てほしかった。

「ちくしょう……なんでだよ……なんで分かってくれないんだよ」

 震える声と一緒に拳で地面を殴る。そして少しでも気持ちを落ち着けようと俯いたまま何度か息を吐き出す。それを何度か繰り返して荒んだ感情を抑えると、この街に幾つかある宿屋へと向かう。
 数軒回ってやっと空いている部屋を見つけるが、時間が時間だったので素泊まりだ。この街は朝早くから食事ができる店や屋台が多いので、朝食の心配はいらないだろう。防具だけ外すとそのままベッドで横になる。

 翌朝、宿から出ると近くの屋台で朝食を購入し手早く済ませると大通りを目指して歩いた。
 親父があんな調子では話なんてしたくもない。ならばモンタギュー殿に頼まれた仕事を済ませて、さっさと帰るだけだ。

 それに何時どんなタイミングで次の事件――【漆黒のレギンレイヴ】のシナリオが開始するかは予想がつかないとメテオライトは言っていた。だからこそ情勢が落ち着いているうちにミシェルとの婚姻話を進め、親父にも祝福してほしくて帰ってきたというのに。

(ああ、ダメだ。親父のことを考えるのはやめだ)

 首を振り嫌な思考を吹き飛ばす。そして昨日と同じ調査のために大通りを歩いていると、その言葉は聞こえた。

「なあ、聞いたか? アイリス島で内乱が起きたらしいぞ」
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