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第二部
第29話 渇求する虚
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噛まされている布を取り払ってやると、捕らわれていた騎士は想像以上に元気だった。棺の中に一緒に入れられていたモーニングスターをぶんぶんと振り回し、自分を閉じ込めていた相手を倒そうと意気込んでいる。
白を基調とした騎士風の身なりをしているが、髪と一緒に編み込んでいる飾り紐には見覚えがあった。マーリンやジェイドといった女神の敬虔な信徒たちが一束伸ばした髪を編み込んでいるのに使っているものと同じ紐だ。
ひとまずドルフが話しかけ事情を説明すると落ち着いたようで、騎士は構えた武器を降ろす。そして名乗った名前はスピネル。身分はシスル王国の新米騎士だそうだ。言わずもがなだが出典は漆黒のレギンレイヴである。
「テオに聞いてはいたが、いったい何人いるんだ……」
このスピネルの色は表現するなら白だ。既に五人実装されているのに、配布で更にもう一人とか多すぎるとかそういう問題じゃない。漆黒のレギンレイヴでキャラメイクの自由度がどれくらいあるのかにもよるが、たぶん他にも何色かいるはずだろう。
「あれ、もしかしてエリアス殿ですか? うわ~、お久しぶりです! でもなんか若返ってませんか?」
「若返った覚えはないから、多分じゃなくても人違いだ」
スピネルの言う俺は間違いなく菫青の勇者のほうだ。たった数年でも向こうのほうが未来の存在なのだから年上であることに違いない。これに関してもドルフやタマキが説明しスピネルがだいたい理解したところで、ダアトがいつの間にか空になった棺の底を引っぺがして次のエリアに続く道を開いていた。
「その退魔師はとりあえず後詰めに回して先へ向かうぞ。私たちは急がねばならない」
手近な場所にいた者から順に放り込みながらダアトは皆に何らかの術を掛ける。淡く光を纏う武器は心なしか軽くなったように感じる。
「とりあえずお前たちの持つ武器を媒介に微弱だが強化の術式をかけた。奥義が出しやすくなる程度だが、アティエルとの戦闘が多少は楽になるだろう」
最終エリアへの門を潜ると、そこは不思議な空間だった。毒々しいほどに紫色に染まった空には幾つもの小さな島が浮かび、無数の敵影が潜んでいるのが見える。ここはそれなりに広い空間のようで、肉眼で辛うじて視認できる距離にまで敵が潜んでいるようだ。
「ア、アアア、エエエ――クロ、年代記。ホシイ、チカラ、ホシイ。アアアエエエアアア」
少し離れてはいるが俺たちが立っている場所から地続きの場所に一本の巨木が見える。四方に伸びる枝を揺らすと、そこから歪みの精が生まれてきているのが判る。
おそらくはあれがアティエルだろう。人とも竜ともとれる巨大な身体が樹に埋め込まれているのか、浮かび上がった顔も相まって人面樹のようだ。気配としては俺がかつて戦った悪竜たちに近い。
「こっちは俺たちがどうにかするから、タマキ達は背後の心配はせずにあの不気味な樹を倒してきてくれ」
最前線へと向かったタマキたちを見送ると、その援護として俺たちは背後から迫りくる虚構たちを迎え撃つためにダアト曰く『場外乱闘』を開始した。
本来であれば出撃人数だとか様々なゲーム的要素によって俺たちは出撃していない筈なのだが、敵が多いから少数精鋭だけでボスを殴りに行き、残りで沢山いる雑魚を片付けてしまおうという言うなればフレーバーの戦闘だ。
敵は英雄の虚構たちに混ざり、これまでの階層で戦ってきた十体の悪魔たちが亡者となり集まってきている。配置がばらけているので全部が一斉に攻撃を仕掛けてくるわけではないが、一体を倒すのに時間をかけすぎるとジリ貧になるだろう。
俺たちが戦うことになる第一陣は10iと3iに登場した悪魔の亡霊で、兵種はそれぞれ斧戦士と暗殺者だ。
「俺は10iの悪魔を片付けるから、あっちの暗殺者は任せた!」
「私も手伝いますわ」
近くにいたベルトラムに反対側を任せると、ミシェルと連携してまずは一体倒す。この10iに登場した悪魔は最初の一体というのもあってそこまで強くない。倒した勢いをそのままに次に向かう。
どうやらここでは床の魔法陣を利用して敵が移動してくるようで、飛竜や天馬などに乗っていなくとも離れた浮き島から攻め込んでこれるらしい。俺たちが魔法陣を踏んでも何も起こらないという事は、この転移陣は一方通行なのだろう。
「あちらはティルさんとラルフさんたちでどうにかなりそうですし、次は向こうの騎兵が移動してきそうです。迎え撃つ準備を!」
「わかった。ミシェルはもう少し下がって防御床に立ってくれ。向こうから弓兵が飛んできている」
倒しても倒してもきりがない。しかもこのエリアには何らかのギミックがあるのか、すぐ近くで戦っていたはずの仲間が次の瞬間には全く別の離れた場所へと移動させられていたりする。先ほどタマキと一緒にアティエルのほうへと向かったはずのセシルがこちらに飛ばされてきたりもしたので、メンバーのランダム入れ替えでも発生しているのだろう。
途切れることなくやってくる敵の数にうんざりとしてきたところで、ミシェルの足元に渦のようなものが見えた。先ほど強制移動させられた者の足元にもこの渦があったので、俺はとっさにミシェルの手を掴む。次の瞬間、ワープの杖で転送されるときと似たような浮遊感の後に目の前の景色が変化する。
その場の位置関係を把握するよりも早く、ミシェルを狙うようにして鋭い枝が向かってきているのに気が付く。俺はとっさに彼女を庇うように立ちはだかり直撃を避けるように受け流すも、自在に動く枝は急に曲がったかと思うと俺の左肩を貫いた。
「ぐあぁっ!」
「エリアスっ!?」
貫かれた部分から目では見えない何かが吸いだされている感覚に襲われる。すぐさま反撃してくれたミシェルのおかげですぐに引き抜かれたが、それでも何か力を奪われたような違和感を覚えた。
「寄コセ。チカラ、ホシイホシイホシイホシイホシイホシイホシイ。寄コセヨコセヨコセ」
俺たち二人が強制的に移動させられてきたのはアティエルの目の前だった。嘆き悲しみ泣き叫ぶかのような表情を浮かべる人面樹は同じ言葉を呪詛のように何度も唱えながら枝を激しく揺らす。
「二人とも私の後ろへ下がるのだ。力を封じられた状態で奴と向き合うな」
小さな身体でダアトが俺たち二人を庇うように立つ。竜族とはいえ俺たちよりも小さな身体で護ろうだなんて無茶な話だ。しかしいつも通り敵の攻撃を受けるための体制を取ろうとしたところで、俺は首を傾げた。
「あれ……『後の先』ってどんなスキルだったっけ?」
俺にとっては一番長く使用しているスキルだから名前は判る。だがその技能がどういった物だったのかが全くと言って思い出せない。
「護ってくれようとしてくれてありがとう。封じられてしまったお前のスキルは、少し経てば再び使用できるようになる。私はあの闇の影響を受けないから、どうか任せてほしい」
俺たちはダアトに押されて後退する。アティエルの放つ攻撃により一時的に使用できないスキルが出来てしまった以上は従うよりほかない。
少し離れた場所にいるタマキと合流すると、その周囲にいるメンバーは先ほど見送った顔ぶれとは殆どが総入れ替えになっているようだ。
「肩の治療をするので診せてください」
リカバリーの杖を傷口に添えると先端の魔晶石が淡く光を放ち傷が癒える。完全に傷口が塞がったあたりで俺のスキルも復帰したようでその技能を思い出せるようになっていた。
「アティエルさんはあの枝で敵を刺すことでランダムに一つスキルを封じてくるみたいです。ダアトさんはその効果を無効に出来る武器を装備しているから大丈夫だそうなので、私たちは援護に徹して機会を窺いましょう」
武器効果による封印だったようだが他にも厄介なスキルを多数所持しているようで、対象が邪悪の樹の悪魔限定になるが味方蘇生系スキルや範囲攻撃にダメージ反射など厄介なスキルのフルコースだそうだ。
「守備や魔防が高いうえにダメージ軽減スキルを持っているとなると難しいね。でも僕たちは諦めるわけにはいかない。そうだね?」
「はい! ダアトさんが話していた通り、邪悪の樹の力が弱っているのなら状況を打破する何かがあるはずです」
最初に送り出したメンバーの中で唯一残っていたドルフが光剣を掲げる。タマキも同じように先ほどダアトに渡された杖を掲げるとそれぞれが淡い光で繋がっているのが見えた。
「なあ。なんかその武器たち光ってないか?」
ダアトが掛けてくれた強化の術式で全員の武器が僅かに光を帯びているのは先ほどからずっとだ。しかしそれとは別に、まるで糸と糸で繋がっているかのように武器同士が光で繋がっているのだ。
俺のその言葉に他のみんなも武器を掲げると、ドルフの持つ光剣アインにその光の糸が集まっていることが分かった。
「もしかしてドルフの持つ光剣がアティエルを倒すのに一番効果的なんじゃないか?」
そうでなくともプレイヤーと並んでリコレクションズの主人公に数えられているのだ。ドルフの活躍の場の一つくらい公式も用意しているだろう。セフィロトの神器はこの光剣アインしか登場していないのだから間違いない。
「でもそうだとしたらなんでダアトはその事を詳しく話してくれなかったんだろう」
「まだ何か準備が必要なのかもしれない。なにか心当たりはないか?」
俺の質問にドルフは首を傾げる。ダアトは先ほど光剣アインはその力を取り戻したと言っていたが、所有者であるドルフにはその自覚がない。だとすればまだ何かしらの制約があるのだろう。それは恐らく竜族が必要以上に人間に肩入れしたがらない性質に関係するはずだ。
神話の時代のローレッタ大陸で氷竜族が初代聖王リーヴに宝珠を与えても、それ以外の部分は一切力を貸さなかった。俺たちがリンデン帝国と戦ったときに力を貸してくれたフギンとムニンだって、ある程度の制限の中で戦っていた。
「セフィロトの光竜は光竜王アインソフオウルの子孫だと兄上から聞いたことがある。でも彼は半分人間だと言っていた。ならばその人間の部分が彼と僕たちを強く繋ぐ部分なのかもしれない」
「光竜王さんはセフィロトには住んでいないんですよね。どこに行ってしまったんですか?」
「光竜王アインソフオウルは僕たちとは別の次元に住んでいるんだ。だから僕たちには会う手段が……そうか!」
ドルフがはっとした様子でダアトを見る。神格持ちの竜族というのは、その格にもよるが霊的な存在に近い。氷竜族はほぼ生身なので手段さえあれば人間でもどうにかできるレベルだが、神竜族は本人から直接的に専用の手段を貰わなければ人間の手ではどうにもできないといったレベルだ。
そのなかで光竜族の格は中の上程度。しかも種族内でも格差があるとなれば混血であるダアトは位階が低いのだろう。
「ダアトはきっと孤独の中にいたんだと思う。なら僕たちが取るべきは、彼と同じ場所へ対等に並び立つことかもしれない」
若き竜族がセフィロトに住んでいる以上、その扱いは神にも等しい。神器を携え人間に貸与してきたとなれば尚更だろう。
しかし神格を持たず、純血種の竜族のような強い力を持たない彼には一種の負い目のようなものがあったのではないか。ドルフはそう推論づけると光剣を手に走り出す。
ダアトを援護するかたちで前線に合流すると、この場にいるそれぞれのスキルや支援のフル活用だ。味方へのバフに集中するものは治療の手間を減らすために攻撃範囲外へと逃げ、回復に専念するものと完全に役目を分け、アティエルへの特攻持ちであるドルフと悪属性特攻持ちである俺とエノク殿が前に立つ。
「ダアト! スキルを思い出したから援護しに来たぞ!」
俺は言いながらダアトの隣に聖剣を構えて立つ。少し驚いた様子のダアトをそのままにドルフとエノクも同じように話しかけ、手に持った剣を構えアティエルに波状攻撃を仕掛ける。手ごたえは薄いが特攻が乗る分だけ俺たちの攻撃は通りやすいようだ。多少ダメージが反射されてくるが、近くでダアトがブレスを吐き出した時に幾らか回復するので思ったよりも耐えられそうである。
「セフィロトの光竜ダアトよ。僕たちはいつでも助け合える場所に住む隣人だ。僕はかけがえのない友である君の力になりたい」
戦場の各地から色とりどりの淡い光がドルフの持つ光剣アインに集結している。しかしそれはただ一か所に集まっただけで、放たれる光は弱弱しいものだ。
だがそれでも人知を超えた力の波動を感じる。おそらくまだこの光が足りないのだろう。しかしリソースは俺たちセフィロトに召喚された異境の戦士たちが持つ武器だけだ。
そしてその光は少しづつだが強くなっており、先ほどまではぐちゃぐちゃに混じり合っていた光の色は美しい虹色に纏まり始めている。
しかし次の瞬間にアティエルの放った衝撃波に全員が吹き飛ばされ、身体を強く打ち付ける。あまりの衝撃に血を吐くドルフの姿に狼狽えたのか、僅かな隙を見せてしまったダアトの小さな身体が幾つもの枝に叩かれ吹き飛ばされる。
あと少し、もう少しでアティエルを倒せるというのに決定打となる攻撃が放てない。そんな焦りがドルフから感じられる。
「まだだ。僕は諦めない」
光剣アインを支えに立ち上がるとドルフは満身創痍の身体を無理やり動かしているのか、剣先がゆらゆらと揺れ安定しない構えだ。
だが諦めるわけにいかないのは俺だって同じだ。ここに居る皆がタマキを笑顔で送り出してやりたい、その一心で戦っている。
聖剣を支えに俺も立ち上がると、隣で同じようにエノクが聖剣を支えに立ち上がる。その目は真っすぐにただ一点を見据えていた。
白を基調とした騎士風の身なりをしているが、髪と一緒に編み込んでいる飾り紐には見覚えがあった。マーリンやジェイドといった女神の敬虔な信徒たちが一束伸ばした髪を編み込んでいるのに使っているものと同じ紐だ。
ひとまずドルフが話しかけ事情を説明すると落ち着いたようで、騎士は構えた武器を降ろす。そして名乗った名前はスピネル。身分はシスル王国の新米騎士だそうだ。言わずもがなだが出典は漆黒のレギンレイヴである。
「テオに聞いてはいたが、いったい何人いるんだ……」
このスピネルの色は表現するなら白だ。既に五人実装されているのに、配布で更にもう一人とか多すぎるとかそういう問題じゃない。漆黒のレギンレイヴでキャラメイクの自由度がどれくらいあるのかにもよるが、たぶん他にも何色かいるはずだろう。
「あれ、もしかしてエリアス殿ですか? うわ~、お久しぶりです! でもなんか若返ってませんか?」
「若返った覚えはないから、多分じゃなくても人違いだ」
スピネルの言う俺は間違いなく菫青の勇者のほうだ。たった数年でも向こうのほうが未来の存在なのだから年上であることに違いない。これに関してもドルフやタマキが説明しスピネルがだいたい理解したところで、ダアトがいつの間にか空になった棺の底を引っぺがして次のエリアに続く道を開いていた。
「その退魔師はとりあえず後詰めに回して先へ向かうぞ。私たちは急がねばならない」
手近な場所にいた者から順に放り込みながらダアトは皆に何らかの術を掛ける。淡く光を纏う武器は心なしか軽くなったように感じる。
「とりあえずお前たちの持つ武器を媒介に微弱だが強化の術式をかけた。奥義が出しやすくなる程度だが、アティエルとの戦闘が多少は楽になるだろう」
最終エリアへの門を潜ると、そこは不思議な空間だった。毒々しいほどに紫色に染まった空には幾つもの小さな島が浮かび、無数の敵影が潜んでいるのが見える。ここはそれなりに広い空間のようで、肉眼で辛うじて視認できる距離にまで敵が潜んでいるようだ。
「ア、アアア、エエエ――クロ、年代記。ホシイ、チカラ、ホシイ。アアアエエエアアア」
少し離れてはいるが俺たちが立っている場所から地続きの場所に一本の巨木が見える。四方に伸びる枝を揺らすと、そこから歪みの精が生まれてきているのが判る。
おそらくはあれがアティエルだろう。人とも竜ともとれる巨大な身体が樹に埋め込まれているのか、浮かび上がった顔も相まって人面樹のようだ。気配としては俺がかつて戦った悪竜たちに近い。
「こっちは俺たちがどうにかするから、タマキ達は背後の心配はせずにあの不気味な樹を倒してきてくれ」
最前線へと向かったタマキたちを見送ると、その援護として俺たちは背後から迫りくる虚構たちを迎え撃つためにダアト曰く『場外乱闘』を開始した。
本来であれば出撃人数だとか様々なゲーム的要素によって俺たちは出撃していない筈なのだが、敵が多いから少数精鋭だけでボスを殴りに行き、残りで沢山いる雑魚を片付けてしまおうという言うなればフレーバーの戦闘だ。
敵は英雄の虚構たちに混ざり、これまでの階層で戦ってきた十体の悪魔たちが亡者となり集まってきている。配置がばらけているので全部が一斉に攻撃を仕掛けてくるわけではないが、一体を倒すのに時間をかけすぎるとジリ貧になるだろう。
俺たちが戦うことになる第一陣は10iと3iに登場した悪魔の亡霊で、兵種はそれぞれ斧戦士と暗殺者だ。
「俺は10iの悪魔を片付けるから、あっちの暗殺者は任せた!」
「私も手伝いますわ」
近くにいたベルトラムに反対側を任せると、ミシェルと連携してまずは一体倒す。この10iに登場した悪魔は最初の一体というのもあってそこまで強くない。倒した勢いをそのままに次に向かう。
どうやらここでは床の魔法陣を利用して敵が移動してくるようで、飛竜や天馬などに乗っていなくとも離れた浮き島から攻め込んでこれるらしい。俺たちが魔法陣を踏んでも何も起こらないという事は、この転移陣は一方通行なのだろう。
「あちらはティルさんとラルフさんたちでどうにかなりそうですし、次は向こうの騎兵が移動してきそうです。迎え撃つ準備を!」
「わかった。ミシェルはもう少し下がって防御床に立ってくれ。向こうから弓兵が飛んできている」
倒しても倒してもきりがない。しかもこのエリアには何らかのギミックがあるのか、すぐ近くで戦っていたはずの仲間が次の瞬間には全く別の離れた場所へと移動させられていたりする。先ほどタマキと一緒にアティエルのほうへと向かったはずのセシルがこちらに飛ばされてきたりもしたので、メンバーのランダム入れ替えでも発生しているのだろう。
途切れることなくやってくる敵の数にうんざりとしてきたところで、ミシェルの足元に渦のようなものが見えた。先ほど強制移動させられた者の足元にもこの渦があったので、俺はとっさにミシェルの手を掴む。次の瞬間、ワープの杖で転送されるときと似たような浮遊感の後に目の前の景色が変化する。
その場の位置関係を把握するよりも早く、ミシェルを狙うようにして鋭い枝が向かってきているのに気が付く。俺はとっさに彼女を庇うように立ちはだかり直撃を避けるように受け流すも、自在に動く枝は急に曲がったかと思うと俺の左肩を貫いた。
「ぐあぁっ!」
「エリアスっ!?」
貫かれた部分から目では見えない何かが吸いだされている感覚に襲われる。すぐさま反撃してくれたミシェルのおかげですぐに引き抜かれたが、それでも何か力を奪われたような違和感を覚えた。
「寄コセ。チカラ、ホシイホシイホシイホシイホシイホシイホシイ。寄コセヨコセヨコセ」
俺たち二人が強制的に移動させられてきたのはアティエルの目の前だった。嘆き悲しみ泣き叫ぶかのような表情を浮かべる人面樹は同じ言葉を呪詛のように何度も唱えながら枝を激しく揺らす。
「二人とも私の後ろへ下がるのだ。力を封じられた状態で奴と向き合うな」
小さな身体でダアトが俺たち二人を庇うように立つ。竜族とはいえ俺たちよりも小さな身体で護ろうだなんて無茶な話だ。しかしいつも通り敵の攻撃を受けるための体制を取ろうとしたところで、俺は首を傾げた。
「あれ……『後の先』ってどんなスキルだったっけ?」
俺にとっては一番長く使用しているスキルだから名前は判る。だがその技能がどういった物だったのかが全くと言って思い出せない。
「護ってくれようとしてくれてありがとう。封じられてしまったお前のスキルは、少し経てば再び使用できるようになる。私はあの闇の影響を受けないから、どうか任せてほしい」
俺たちはダアトに押されて後退する。アティエルの放つ攻撃により一時的に使用できないスキルが出来てしまった以上は従うよりほかない。
少し離れた場所にいるタマキと合流すると、その周囲にいるメンバーは先ほど見送った顔ぶれとは殆どが総入れ替えになっているようだ。
「肩の治療をするので診せてください」
リカバリーの杖を傷口に添えると先端の魔晶石が淡く光を放ち傷が癒える。完全に傷口が塞がったあたりで俺のスキルも復帰したようでその技能を思い出せるようになっていた。
「アティエルさんはあの枝で敵を刺すことでランダムに一つスキルを封じてくるみたいです。ダアトさんはその効果を無効に出来る武器を装備しているから大丈夫だそうなので、私たちは援護に徹して機会を窺いましょう」
武器効果による封印だったようだが他にも厄介なスキルを多数所持しているようで、対象が邪悪の樹の悪魔限定になるが味方蘇生系スキルや範囲攻撃にダメージ反射など厄介なスキルのフルコースだそうだ。
「守備や魔防が高いうえにダメージ軽減スキルを持っているとなると難しいね。でも僕たちは諦めるわけにはいかない。そうだね?」
「はい! ダアトさんが話していた通り、邪悪の樹の力が弱っているのなら状況を打破する何かがあるはずです」
最初に送り出したメンバーの中で唯一残っていたドルフが光剣を掲げる。タマキも同じように先ほどダアトに渡された杖を掲げるとそれぞれが淡い光で繋がっているのが見えた。
「なあ。なんかその武器たち光ってないか?」
ダアトが掛けてくれた強化の術式で全員の武器が僅かに光を帯びているのは先ほどからずっとだ。しかしそれとは別に、まるで糸と糸で繋がっているかのように武器同士が光で繋がっているのだ。
俺のその言葉に他のみんなも武器を掲げると、ドルフの持つ光剣アインにその光の糸が集まっていることが分かった。
「もしかしてドルフの持つ光剣がアティエルを倒すのに一番効果的なんじゃないか?」
そうでなくともプレイヤーと並んでリコレクションズの主人公に数えられているのだ。ドルフの活躍の場の一つくらい公式も用意しているだろう。セフィロトの神器はこの光剣アインしか登場していないのだから間違いない。
「でもそうだとしたらなんでダアトはその事を詳しく話してくれなかったんだろう」
「まだ何か準備が必要なのかもしれない。なにか心当たりはないか?」
俺の質問にドルフは首を傾げる。ダアトは先ほど光剣アインはその力を取り戻したと言っていたが、所有者であるドルフにはその自覚がない。だとすればまだ何かしらの制約があるのだろう。それは恐らく竜族が必要以上に人間に肩入れしたがらない性質に関係するはずだ。
神話の時代のローレッタ大陸で氷竜族が初代聖王リーヴに宝珠を与えても、それ以外の部分は一切力を貸さなかった。俺たちがリンデン帝国と戦ったときに力を貸してくれたフギンとムニンだって、ある程度の制限の中で戦っていた。
「セフィロトの光竜は光竜王アインソフオウルの子孫だと兄上から聞いたことがある。でも彼は半分人間だと言っていた。ならばその人間の部分が彼と僕たちを強く繋ぐ部分なのかもしれない」
「光竜王さんはセフィロトには住んでいないんですよね。どこに行ってしまったんですか?」
「光竜王アインソフオウルは僕たちとは別の次元に住んでいるんだ。だから僕たちには会う手段が……そうか!」
ドルフがはっとした様子でダアトを見る。神格持ちの竜族というのは、その格にもよるが霊的な存在に近い。氷竜族はほぼ生身なので手段さえあれば人間でもどうにかできるレベルだが、神竜族は本人から直接的に専用の手段を貰わなければ人間の手ではどうにもできないといったレベルだ。
そのなかで光竜族の格は中の上程度。しかも種族内でも格差があるとなれば混血であるダアトは位階が低いのだろう。
「ダアトはきっと孤独の中にいたんだと思う。なら僕たちが取るべきは、彼と同じ場所へ対等に並び立つことかもしれない」
若き竜族がセフィロトに住んでいる以上、その扱いは神にも等しい。神器を携え人間に貸与してきたとなれば尚更だろう。
しかし神格を持たず、純血種の竜族のような強い力を持たない彼には一種の負い目のようなものがあったのではないか。ドルフはそう推論づけると光剣を手に走り出す。
ダアトを援護するかたちで前線に合流すると、この場にいるそれぞれのスキルや支援のフル活用だ。味方へのバフに集中するものは治療の手間を減らすために攻撃範囲外へと逃げ、回復に専念するものと完全に役目を分け、アティエルへの特攻持ちであるドルフと悪属性特攻持ちである俺とエノク殿が前に立つ。
「ダアト! スキルを思い出したから援護しに来たぞ!」
俺は言いながらダアトの隣に聖剣を構えて立つ。少し驚いた様子のダアトをそのままにドルフとエノクも同じように話しかけ、手に持った剣を構えアティエルに波状攻撃を仕掛ける。手ごたえは薄いが特攻が乗る分だけ俺たちの攻撃は通りやすいようだ。多少ダメージが反射されてくるが、近くでダアトがブレスを吐き出した時に幾らか回復するので思ったよりも耐えられそうである。
「セフィロトの光竜ダアトよ。僕たちはいつでも助け合える場所に住む隣人だ。僕はかけがえのない友である君の力になりたい」
戦場の各地から色とりどりの淡い光がドルフの持つ光剣アインに集結している。しかしそれはただ一か所に集まっただけで、放たれる光は弱弱しいものだ。
だがそれでも人知を超えた力の波動を感じる。おそらくまだこの光が足りないのだろう。しかしリソースは俺たちセフィロトに召喚された異境の戦士たちが持つ武器だけだ。
そしてその光は少しづつだが強くなっており、先ほどまではぐちゃぐちゃに混じり合っていた光の色は美しい虹色に纏まり始めている。
しかし次の瞬間にアティエルの放った衝撃波に全員が吹き飛ばされ、身体を強く打ち付ける。あまりの衝撃に血を吐くドルフの姿に狼狽えたのか、僅かな隙を見せてしまったダアトの小さな身体が幾つもの枝に叩かれ吹き飛ばされる。
あと少し、もう少しでアティエルを倒せるというのに決定打となる攻撃が放てない。そんな焦りがドルフから感じられる。
「まだだ。僕は諦めない」
光剣アインを支えに立ち上がるとドルフは満身創痍の身体を無理やり動かしているのか、剣先がゆらゆらと揺れ安定しない構えだ。
だが諦めるわけにいかないのは俺だって同じだ。ここに居る皆がタマキを笑顔で送り出してやりたい、その一心で戦っている。
聖剣を支えに俺も立ち上がると、隣で同じようにエノクが聖剣を支えに立ち上がる。その目は真っすぐにただ一点を見据えていた。
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