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第一部

第六十話 夢見

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 ローレッタ大陸の北方に位置するシスル王国は、冬になると深い雪に包まれ天然の要塞と化す地だ。
 シスル城は針葉樹が多く自生する山奥に聳え立つ堅牢強固な城で、華やかなローレッタ城と比べれば質素ともいえる。しかし初代国王で騎士でもあるカーネリアンが実用面を重視した作りを推したことにより、難攻不落と名高い城塞となっている。

 リンデン帝国との決着をつけるためこちらから攻めこむことが決まった今、帝国に唯一隣接するシスル王国の地に足を踏み入れるのは当然のことだろう。
 シスル城を目の前にして歩く俺たち聖騎士団の現在地はフェイス様たち王族の少し前方なのだが、この距離だと様子を伺いやすいこともあって気になる点がある。

「なあ、メレディス。フェイス様の顔色があまりよくないみたいだけど、体調のほうは大丈夫なのか?」
「ええ。なんか昨晩、嫌な夢を見たらしいの。オニキス将軍が敵に切られて崖から落ちる……みたいな」
「オニキス殿が……?」

 そういえば原作ゲームの小説版終盤でそのようなシーンがあったな。これはたぶんオニキスの末路に関しては行方不明ルートを採用したものだろう。
 原作でもフェイス様には予知夢を見る能力が少しだけあって、終盤のほうではその能力のおかげで何度か危機を脱するシーンも存在した。

「昔から身近な人間限定だけど、当たりハズレはともかく、そういった夢を見ることがあったみたいだから杞憂に終わればいいんだけど」

 しかしフェイス様が持つ夢見の力は完璧ではなく、良いこともあれば悪いこともあるといったものだ。信用の度合いとしては占いと同じくらいといったところだろうか。
 オニキスも俺と同じように前世の記憶でこの地でどのような戦闘が起こったかを知っているのだが、原作ゲームと違い彼はローレッタ軍に所属しているので不要な心配だと思いたい。

「あ、あのっ、オニキス様。もう少し、こちらへといらしてくださいませんか?」
「はっ。如何されましたか?」

 近くを騎馬で移動していたオニキスは下馬すると近くにいた従騎士に愛馬を預け、フェイス様の近くによると足場が急なのを気遣ってか手を取り共に歩き出した。

「あの……夢で」
「夢?」
「オニキス様が崖から落ちる夢を見たので心配で、それで」
「お心遣い感謝いたします。殿下の御心をこれ以上乱さぬためにも御傍におりましょう」

 フェイス様が心なしか頬を赤らめている気がする。これは寒さが原因じゃない。フェイス様はミシェルと同じく白磁のような肌をしているから目立ちやすいのもある。これは予感的中というか、間違いなくオニキスに思いを馳せている。
 オニキスもオニキスで満更でもない様子で、前世では氷の貴公子とフェイス王女の関係を推していたせいもあって複雑な気分だ。

「最近は随分といい雰囲気なの。……少し複雑な気分だわ」
「そうだな」

 同じく二人のやり取りを見守っていたメレディスが呟くと、俺たちの近くに騎乗したグレアム王子がゆっくりと近づいて来たのが見えた。グレアム王子は本国での仕事が残っているため、帝国に攻め込む際に同行はしないが、ここまでは時間を作って見送りに来てくれたのだ。
 しかし横目でフェイス王女たちのほうをチラチラと確認しているという事は、彼もあの二人の関係が気になるのだろう。

「メレディスよ。そなたは幼い事よりフェイスと親しくしていたな。もしやあれは……その、そういう事か?」
「解っておいででしたら聞かないで下さいませ」
「ふむ、やはりそうか。メテオライトを呼べ」

 なぜここでメテオライトを呼ぶことになるのかは分からないが、グレアム王子の侍従が小走りで少し後ろを歩いているメテオライトを呼びに行くと、大した時間もかかることなく二人の王子が顔を突き合わせることとなった。
 少し難しい表情のグレアム王子と、飄々としているようで凛とした表情のメテオライトの間には、挨拶ののち暫し無言の時間が続く。

「あの、グレアム殿下。ご用件は何でしょうか?」

 さすがに無言で見つめられ続けることに居心地の悪さを感じたらしいメテオライトが口を開く。
 グレアム王子の容姿はいわゆる耽美系だ。しかもこれが意外と迫力がある。上司であればなおさらだ。

 顎に手を当て少し考えるようなそぶりを見せつつも考えがまとまったのか、グレアム王子の口が僅かに開き音が発せられた。

「……メテオライトよ。先の件についてだが、条件を追加しても構わぬか?」
「はい。構いませんよ」

 メテオライトはあの条件を速攻で殆ど片付けてしまっていたし、もう一個くらいならイケると思ったのだろう、二つ返事で了承した。グレアム王子の性格的にも、ここで急に無理難題を吹っかけてくることは無いはずだ。

「ではオニキスをフェイスに婿入りさせることを認めてもらおう」
「はい?」

 面白いほどに目を見開いたメテオライトの返事は、声が裏返る程度に驚きを隠せずにいた。
 しかしなるほど。オニキスほどの騎士を差し出せとはなかなか切り出しにくいが、貸し借りの関係上これは言いやすくなったのかもしれない。パワーバランスも取れるだろうし、両国家間が蜜月になるようなものだ。
 そして何より、グレアム殿下が二人の関係を認めたどころか後押しすると言えば、表立って反対するものは居ないだろう。

「お待ちしておりました。私はシスル王国軍第三師団長、ミスルトー侯オブシディアンと申します」

 そうこうしているうちに軍列はシスル城の門をくぐり始め、留守を任されていたオブシディアンの出迎えで、俺たちは城内に足を踏み入れた。
 物資の確認や情報の再確認などが済み次第、ローレッタ軍はリンデン帝国へと攻め入ることとなるのだが、決起集会とでもいうのだろうか。決戦前の酒宴が開かれることとなった。
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