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第一部

第二十三話 上陸

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 約十日間の船旅は俺の切実な祈りが届いたのか、特に襲撃を受けることもなく滞りなく進んだ。現在はハイドランジア王国の港町コナハトに上陸したところだ。
 ハイドランジア王国を通過し、隣国のアイリス王国に向かうのが俺たちのこれからの予定である。とはいえここはすでに敵国だ。ハイドランジア軍は現在もアイリス軍と衝突中のようで町に人の姿はまばらだ。

「ここからが本番だな」
「あぁ。エリアスはこのへん来たことあったか?」
「傭兵団と別れたあと少しだけ……といっても船の乗り継ぎにだけどな」
「船酔いひでぇってのに、よくもまぁ乗ろうって思ったな」

 そうだ。傭兵時代は船酔いするたびにベルトラムに揶揄われたのだ。「酒飲んで寝ちまえばいい」と言ってきたこいつに騙されて、恐ろしく強い酒を飲まされ更に吐いた覚えがある。

「必要に駆られてだ」

 荷下ろしがやっと終わり、移動を開始するまえにまずは情報収集だ。
 先ほども言ったとおり人通りはまばらだが、店は何件か空いているのでそこでの聞き込みがメインになるだろう。
 今は昼少し前なので食堂であればそれなりに賑わっているだろうから、少人数で手分けしてハイドランジア軍の動向を聞いて回った。残りは荷車の護衛だ。

 一時間ほどで情報収集に散らばった全員が戻ってくると、現在ハイドランジア軍はアイリス軍に押され王都近くまで後退しているらしい。
 現在この国を治めているダドリーの評判はすこぶる悪いようだが、対するアイリス軍の評判は上々のようだ。
 ハイドランジア国内ではダドリーを王位から引きずり降ろし、妹である聖女アガーテを王位に着かせるべきとの意見も出ていて、ここハイドランジアに拠点を置いている傭兵団や地方の警備隊などが彼女を担ぎ上げようとしているようだ。
 アイリス軍のほうはというと本国を父である国王トラヴィスに任せたルイス王子が善戦しており、進軍中の略奪行為や無理な接収などもなくハイドランジアの民から支持が集まっているようで、敵地に進んできたというのにも関わらず兵站も安定していそうだ。

「しかしこの国、内乱でも起こりそうだな」
「出家した王女が今さら王位につこうだなんて言いださねぇだろうし、有難迷惑な話だろうな」

 コナハト港からアイリス王国への移動経路は、ここから少し離れた場所にあるコナハト要塞を越えればすぐだ。
 とはいえハイドランジア軍が王都近くまで撤退しているとなると、要塞はアイリス軍に占領されているだろう。
 この港町をはさんでコナハト要塞の反対側にある山岳地帯を越えた場所がハイドランジアの王都になるので、アイリス軍がどこまで進軍しているかは判らないが合流できるかもしれない。
 しかし俺たちの目的はアイリス軍と共に帝国と戦うことではない。王族の三人をアイリス王国で保護してもらうのが目的だ。なので山岳地帯を越える必要はなく、支度が済んだら要塞まで移動してアイリス国王への取次などを頼めばいいのだ。
 コナハト要塞は港から半日ほどで辿りつける場所にある。今日はこのまま要塞まで進みそちらで宿泊させてもらうつもりだ。今はまだ昼前なので日が落ちる前にたどり着けるはずだ。

「グレアム様、私が先に向かいアイリス軍の方々に事情を説明してまいります」
「そうだな。今この状況で私たちが急に訪ねて行ったところで、相手も対応に困るだろう。ブリジットならルイスとはよく会っているだろうし、兵たちも顔を覚えているだろう。ここは君に任せよう」
「ありがとうございます。護衛としてベルトラムと傭兵を数人を連れて行かせていただきますが、我が家で雇った傭兵隊の残りはヘレーネが指揮を執りますので、殿下たちの護衛に残させていただきます」

 アイリス王家と交流があるブリジットたちには馬で先に向かって貰い、俺たちも港町を出発して要塞を目指し進んでいく。
 緑に囲まれたアイリス王国に比べると、ここハイドランジアは荒れ地が多い。この辺りは国境近くというのもあってさほどでもないが、王都に近づくほど荒れた気候になる。場所によっては低湿地となっていて毒沼なんかもあるので注意が必要になる。

 暫く進んだのち、休憩のために森の手前辺りで止まる。この森の中央辺りに築かれているのがコナハト要塞だ。要塞から少し先がアイリス王国領となる。
 森の中に敵は居ないと思われるが、休憩をするのであればなるべく見晴らしのいい場所のほうが何かと便利なのだ。
 身を潜ませるにはちょうどいいが、視界が狭まる森の中ではいつ襲撃されるかわからないので休憩には向かない。相手から見つかりやすくなるのが難点だが、視界が開けた場所であれば身を隠す場所がないので奇襲を受けにくくなる。

「もう少しでアイリスか……」
「長いようで短い旅だったな」
「だからって油断は禁物よ。いくらアイリス軍がハイドランジア軍を押しているとはいえ、この辺りに敵が潜んでいないとは言い切れない」

 荷車から少し離れた場所で、森のほうに視線をやりながらメレディスたちと話をしていると、外套のフードで顔を隠したフェイス王女が近づいてきた。

「この森を越えればアイリス王国に入るのですね」
「はい」

 ロビンも含めた俺たち三人で王女を囲むように立つ。万が一、森の中から狙撃されたときに対応できるようにだ。

「これから先、私はアイリス王国で匿われながら、聖王国が解放される日を待つことになるのでしょうか……」
「フェイス様?」
「グレアムお兄様は私を預けた後に、ルイス王子と合流して聖王国奪還に乗り出すつもりでいるようです。アントン兄さまには危険だからついていかないほうが良いと言われました」

 驚いた。この方は原作と違い、戦わなくもよい立場になったというにも拘らず、守られるだけの立場に甘んじたくないようだ。
 ゲームでは唯一生き残った王族という事で解放軍の盟主となったが、この世界では兄であり第一王位継承者のグレアム王子が生存しているので、王女である彼女がわざわざ戦場に赴く必要はない。

「もし本当に邪竜ロキが復活したのだとしたら、私も戦わねばなりません。お父様が亡くなられてしまった今、神光しんこうアルヴィトを扱えるものは私しか……」
「怖いのだったら、フェイスはアイリスに居なさい」
「メレディス?」
「貴女は王女様なんだから、それくらいの我儘いってもいいのよ。私が貴女の代わりに戦場に立つ」

 そういえば神器である神光アルヴィトは聖王の血縁者で、尚且つ神聖魔法を扱える一部の人間にしか使えないのだった。俺としたことがすっかり忘れていた。
 しかしミシェルとの約束がある以上、フェイス王女を危険にさらすわけにはいかないし、どうしたものか。

「少し頼りないかもしれませんけど、俺たちも頑張りますよ」

 そんなとき、おどけた調子でロビンが口を挟んだ。メレディスだけではなく自分も王女のために戦うという意思表示である。
 ゲームの知識がある俺も参加しないわけにはいかない。そう思い王女に視線を向けようとしたとき、視界の端に光るものが見えた。
 暗器による投擲攻撃だと気が付いた時には、既に目前まで凶器が近づいていた。思わず王女を突き飛ばし庇うように前に立つ。回避はできないし、武器を抜いて受け流すのも間に合わないだろう。毒が塗られていないことを祈りつつ、俺は腕を盾に暗器を受けた。
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