上 下
6 / 8

06.別れの口づけ

しおりを挟む
 数週間ぶりにくぐる門は相変わらずで、出迎えてくれる黒服の応対も手慣れたものだ。
 エリアスに言われて心を決めたとまでは行かないが、今日はこの場に一つのケジメを付けに来た。
 彼女は俺の専属といっても良い娼婦だ。他の買い手がつかないことも無いだろうが、年齢的にもそろそろ辛いものがあるだろう。
 ここにはもう来ないという意味も込めての手切れ金と、もし娼婦をやめて新しい仕事を探す場合の準備を済ませてきている。

「まあ、ミシェル様。お久しぶりでございます」
「久しいな。……今日は君に話があってきた。大事な話だ」
「……お別れ、でございましょうか?」
「話が早くて助かる。こちらが手切れ金だ。もし他にやりたい仕事があれば紹介状も用意してある」

 珍しく従者を連れてこの場に訪れたので、彼女もすぐに俺の要件に気が付いてくれたようだ。
 俺は従者に目配せし準備してきた品を彼女に見せる。手切れ金だけでも向こう数年はのんびりと暮らせる額だ。
 後腐れの無い関係というのは相手を蔑ろにしなければ、関係を断ち切る際の手続きをきちんと踏めば問題ない。
 手切れ金には愛人への慰謝料の意味も込められている。これは今後、二人の関係を蒸し返さないことを約束させるためでもある。

「新しい仕事に関しては故郷に戻ってから決めようかと存じます」
「たしかスターチス伯爵領の生まれだったな。あの辺りであれば温暖だし、仕事に困ることもないだろう」

 必要なことを済ませたので屋敷へ帰ろうとしたところで、彼女が何か言いたげにしていることに気が付いた。
 ここで何かやり残していれば後々面倒が起こるかもしれない。そう思い、まだ何かあるのかと問いかけを投げかけた。

「では最後に、口付けを頂けますか?」
「額で構わないか?」
「はい。貴方様より祝福を頂ければ、よい門出となりましょう」

 そっと前髪を持ち上げ彼女の額へと軽く口付けると、そのまま挨拶を済ませ娼館を後にした。
 その後は一切の女遊びを経ち、騎士の職務と友人への教育を行う日々が続く。

 夜会の度に別れた令嬢たちに縋りつかれるのはさすがに嫌気がさしたが、彼女たちとは一緒に食事やお茶をしただけの知人でしかないのだ。
 貴族社会に生まれた以上は自由恋愛など無駄な幻想でしかないことを彼女たちにはいい加減理解してもらいたいものだが、つい半年もしない間にメレディスが愛する男と結ばれたせいもあってか多くの令嬢たちが夢を見てしまっているらしい。

 そしてまた開催された仮面舞踏会。今度はメレディスの家が主催しているのだが、彼女から招待状を渡されたときに聞きたくもない言葉を聞いてしまった。

あの子フェイスも招待してあるから」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

姉の代わりでしかない私

下菊みこと
恋愛
クソ野郎な旦那様も最終的に幸せになりますので閲覧ご注意を。 リリアーヌは、夫から姉の名前で呼ばれる。姉の代わりにされているのだ。それでも夫との子供が欲しいリリアーヌ。結果的に、子宝には恵まれるが…。 アルファポリス様でも投稿しています。

嘘つきな私が貴方に贈らなかった言葉

海林檎
恋愛
※1月4日12時完結 全てが嘘でした。 貴方に嫌われる為に悪役をうって出ました。 婚約破棄できるように。 人ってやろうと思えば残酷になれるのですね。 貴方と仲のいいあの子にわざと肩をぶつけたり、教科書を隠したり、面と向かって文句を言ったり。 貴方とあの子の仲を取り持ったり···· 私に出来る事は貴方に新しい伴侶を作る事だけでした。

最近様子のおかしい夫と女の密会現場をおさえてやった

家紋武範
恋愛
 最近夫の行動が怪しく見える。ひょっとしたら浮気ではないかと、出掛ける後をつけてみると、そこには女がいた──。

どうして別れるのかと聞かれても。お気の毒な旦那さま、まさかとは思いますが、あなたのようなクズが女性に愛されると信じていらっしゃるのですか?

石河 翠
恋愛
主人公のモニカは、既婚者にばかり声をかけるはしたない女性として有名だ。愛人稼業をしているだとか、天然の毒婦だとか、聞こえてくるのは下品な噂ばかり。社交界での評判も地に落ちている。 ある日モニカは、溺愛のあまり茶会や夜会に妻を一切参加させないことで有名な愛妻家の男性に声をかける。おしどり夫婦の愛の巣に押しかけたモニカは、そこで虐げられている女性を発見する。 彼女が愛妻家として評判の男性の奥方だと気がついたモニカは、彼女を毎日お茶に誘うようになり……。 八方塞がりな状況で抵抗する力を失っていた孤独なヒロインと、彼女に手を差し伸べ広い世界に連れ出したしたたかな年下ヒーローのお話。 ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID24694748)をお借りしています。

【完結】愛に裏切られた私と、愛を諦めなかった元夫

紫崎 藍華
恋愛
政略結婚だったにも関わらず、スティーヴンはイルマに浮気し、妻のミシェルを捨てた。 スティーヴンは政略結婚の重要性を理解できていなかった。 そのような男の愛が許されるはずないのだが、彼は愛を貫いた。 捨てられたミシェルも貴族という立場に翻弄されつつも、一つの答えを見出した。

溺愛される妻が記憶喪失になるとこうなる

田尾風香
恋愛
***2022/6/21、書き換えました。 お茶会で紅茶を飲んだ途端に頭に痛みを感じて倒れて、次に目を覚ましたら、目の前にイケメンがいました。 「あの、どちら様でしょうか?」 「俺と君は小さい頃からずっと一緒で、幼い頃からの婚約者で、例え死んでも一緒にいようと誓い合って……!」 「旦那様、奥様に記憶がないのをいいことに、嘘を教えませんように」 溺愛される妻は、果たして記憶を取り戻すことができるのか。 ギャグを書いたことはありませんが、ギャグっぽいお話しです。会話が多め。R18ではありませんが、行為後の話がありますので、ご注意下さい。

王女殿下の秘密の恋人である騎士と結婚することになりました

鳴哉
恋愛
王女殿下の侍女と 王女殿下の騎士  の話 短いので、サクッと読んでもらえると思います。 読みやすいように、3話に分けました。 毎日1回、予約投稿します。

どうして私にこだわるんですか!?

風見ゆうみ
恋愛
「手柄をたてて君に似合う男になって帰ってくる」そう言って旅立って行った婚約者は三年後、伯爵の爵位をいただくのですが、それと同時に旅先で出会った令嬢との結婚が決まったそうです。 それを知った伯爵令嬢である私、リノア・ブルーミングは悲しい気持ちなんて全くわいてきませんでした。だって、そんな事になるだろうなってわかってましたから! 婚約破棄されて捨てられたという噂が広まり、もう結婚は無理かな、と諦めていたら、なんと辺境伯から結婚の申し出が! その方は冷酷、無口で有名な方。おっとりした私なんて、すぐに捨てられてしまう、そう思ったので、うまーくお断りして田舎でゆっくり過ごそうと思ったら、なぜか結婚のお断りを断られてしまう。 え!? そんな事ってあるんですか? しかもなぜか、元婚約者とその彼女が田舎に引っ越した私を追いかけてきて!? おっとりマイペースなヒロインとヒロインに恋をしている辺境伯とのラブコメです。ざまぁは後半です。 ※独自の世界観ですので、設定はゆるめ、ご都合主義です。

処理中です...