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聖女は学び、ようやく水を得る

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 私はあれから薬が切れて目が覚めたみんなに勇者の殺害を報告しました。
 当然全員は驚愕。だってこの後は王様の手で能力を封印強制送還してもらう予定だと皆に伝えていたから。
 そこで私は伝えました。強制送還のことは嘘だと。女神により勇者はこの先多大な害をなす存在と教えられた。魔王を倒し、力を使い切った今がチャンス。だから皆を傷つけないため、罪を背負わせたくないため、全部一人で計画し、実行したと半分事実を隠した嘘で説明をし・・・そこで思い切り殴られました。

 殴ったのはメルンさんでした。
「どうしてそんなことするの!他に方法があったでしょ!私たち仲間じゃない!何で自分が傷つくのはいいなんて考え出来るのよ!相談してよ!頼ってよ!バカバカバカァ!!!!」
 いつも穏やかで怒ったことがほとんどないメルンさんは初めて見る怒りの顔で・・・泣きながら何度も私を殴り、慌てたナイルに止められ。
「姉さんの馬鹿!何考えているのよ!そんなの一人で背負わないでよ!」
「何で私達を信用してくれないんですか!?他にできることはあったはずです!」
 ミレイもモモもかつてないほど激怒し、泣きながら。私を責め続けました。
 ナイルは怒りはしないものの、哀しげな顔で「俺だけでも頼ってほしかったよ」と呟いていました。
 私はメルンさん、ミレイ、モモの想像以上の凄まじい怒りと大きな悲しみの感情をぶつけられて、復讐時には感じなかった、皆に対する強い罪悪感を覚えました。
 そして、泣き崩れた皆を前に何とかただ「・・・ごめんなさい」とだけ呟くのがやっとでした。

 王宮に帰った私たちは、勇者は魔王討伐の傷がたたり亡くなったと伝えました。
「この嘘だけでもみんなで背負わせて」と、皆からぞっとするほどの顔で推しきられ、勇者死亡の真実は私たちの間だけの秘密となり、闇に葬り去られました。
 国王は勇者という戦力が無くなったことを嘆いていましたが、むしろ生きていたら国が滅亡することになったのですから我慢してもらいましょう。
 ちなみに、あの勇者が他の女性に手を出し始めるのは、この後からなので現時点では犠牲者は出ておりません。
 そして、私達は魔王を倒した英雄として国民全員から称賛され、今回こそ全員真の英雄の栄誉と報酬を受けることができました。ただ、皆の顔にはほんの少し陰がありました。言わずもがな私のせいでしょう。本当にごめんなさい。


 それからしばらく後、私はナイルと別れました。
 ナイルは私との結婚を切に望んでいたようですが、私は「もう私は汚れた。貴方の知る、愛するマリアンヌではないから」と固辞しました。勇者のことは気にしていないと真摯に接してくれましたが、私の決意は固く、最後はうなだれながらもようやく了解してくれました。
 ただ、別れ際、思い出として最初で最後に一回だけ結ばれました。区切りをつけるための別れの儀式。この瞬間だけ、私は以前の数十年前の自分に戻り乱れに乱れ、快楽に浸りきったのです。それが、私にとって数十年に及ぶナイルとの関係の本当の区切りとなりました。

 その後の他の皆ですが、

 ミレイは魔法の研究をしたいと王都に移り住み、今は王立大学の研究員として活躍中。まだ若いが、優秀な成果をだし、才気溢れる女性だと皆から注目されているらしいです。姉としても鼻が高いです。

 メルンさんは王都近くの町で、もらった報奨金で小料理屋を開いたそうです。元々料理好きなメルンさん。旅で出会った様々な味に感動し、自分でも店をやりたくなったそうです。今やその店は大繁盛。あまりに混み合い、2号店を出そうかと悩んでいるそうです。それと若き女将に惚れた男からの求婚も多いとかなんとか。

 モモはなんと学園の教員になっていました。あの旅で成長したのか。教え方も丁寧で、何より子供のことを真摯に愛し、接するということで生徒から慕われ、周囲の人気もとても高いらしいとのこと。一番子供じみていると思っていましたが、大人になっていたんですね。

 ナイルは旅に出てその剣技を振るい、たまたまエルフの村の危機を救い、そこで知り合った、とあるエルフの女性と結ばれたと聞きました。その人があの時と同じエルフの方かは不明です・・・おめでとうナイル。

 皆のことはそう風の噂で聞きました。皆はかつてできなかった、手に入らなかった己の夢を実現させて、新しい幸せな未来に向けて歩み出しています。ああ、皆が幸せそうで本当によかったです。


 さて私はというと・・・少し話が長くなりますが。
 あれからの私は宙ぶらりんでした。手を汚し胸に宿った狂気の種火がいつか誰かを傷つけるのではと思い、自分を抑えて実家に戻り、村の病院で働き、静かに生きていました。
 ですが、ある日急に気が付きました。
 私はまだ縛られてる。私は“また”あのクズの死によって人生を縛られ続けていたのだと。
 手を汚したことは罪だが、死ぬまで贖罪として無為に生きなくてはいけないのだろうか?
 前のミレイが人生を犠牲にして、今の皆が“嘘”を背負ってくれたのに。
 自分の行動が招いたこととはいえ、何もしないことが最良の選択と言えるのだろうか。
 私は死ぬまで、この世界でも幸せになってはいけないのだろうか、と。

 そう思うと私は居ても立っても居られず、旅に出ました。
 これといって目標はなく、とにかく何かしてみたい。己の価値を意味を色々なことを知ってみたいという、ふんわりした決意をもって・・・。

 故郷を出て、いくつかの土地を巡り、色々な人に会う中、私はとある町の奴隷市場で10歳くらいの一人の褐色の肌の男の子に出会いました。彼の名前はナルメス。
 そう、かつてナイルの弟子にして剣の英雄として活躍した青年の若かりし姿でした。彼はズタボロで、今にも亡くなりそうな有様でした。
 こちらが一方的に知っているだけとはいえ、顔見知りが悲惨な境遇にいれば、放っておけません。即座に私は彼を買い取りました。

 その町の近くの村に治癒士として長期滞在をしながら、私は彼を世話をしました。それは同情か憐憫かわかりません。とにかく必死に世話をしました。
 その結果、日常生活もままならない肉体、泥のような濁った眼、口を開かず、心も開かずの状態のところ一生懸命世話をした結果、口数こそ少ないですが、美しい容姿に、元気な肉体、社会生活可能なまでの社交性を身に着けるまでに、治療することができました。
 心身ともに完治したことで、ナルメスを実家に送り返してあげるべきだと思い、初めて家族のことを尋ねると、彼の家族は盗賊に襲われ、天涯孤独。帰る場所も家もないと返事がありました。
 悲痛な顔で沈黙するナルメス。そこで思わず「だったら、私の子供になる?」と聞いたところ、彼は一瞬信じられないと言った顔をしましたが、満面の笑みで頷き「お願いします!マリアンヌ母様」と抱き着いてきました。
 その瞬間、“初めて己の意思”で一生懸命育てて世話をしたせいでしょうか、かつての私になかった母性愛のような愛おしさがこみあげ、思わず抱き返し・・・この日私たちは母と子・新しい家族となったのです。

 それから、私は近隣でも名前が知られる治癒士として活躍しながらも、血がつながらずとも確かな絆で結ばれた息子と共にまったりと暮らしていきました。変化というと、あの狂気の種火が鎮まってきていたことでしょうか。平穏な日々はあの日以来胸に宿っていた燻りを時折感じなくなるほどに私の心を癒していったのです。

 ですが一度大事件が起きました。ナルメスが正義感を発揮し、横暴な貴族の男から女性を守ったことがありました。その時ナルメスはその男の取り巻きによって、半殺しにされたのです。それこそ、治療する者が私でなければ、治療が後少しでも遅れれば手遅れになりかねない程の重傷でした。
 ベッドで眠るナルメスを見ながら、犯人たちをどうしてやろうか?と自然に歪な思考がよぎる中、ナルメスの「母さん」といううわごとで冷や水を浴びたかのように一気に目が覚めました。
 私は、私は“また”仲間達に味わわせたあの悲しみを、愛しき息子に味わわせようとしたの?
 歪んだ女だから復讐は仕方がない?違うでしょ!何回学んだの私は!ミレイの行動をまた穢す気?自分の身勝手な行動で周囲を傷つける気?あのクズに起因する行動で人生を台無しにされる虚無感ととりかえしのつかなさを忘れたの?そして何より今の私は守るべき人がいる。何かあって辛いのは自分だけじゃ・・・“一人”じゃないでしょ!
 私は心の中のドロドロしたものを吐き出すように何度も深呼吸をし、冷静を取り戻すと、ぽふんと今なお眠るナルメスの胸に頭を乗せて、感謝の言葉を告げます。
 ありがとう。ナルメス。馬鹿な母さんを止めてくれたのね。でももう大丈夫だから。愛するあなたがいる限り、悲しむような真似はもうしないから、と。
 この時、長年燻った黒い種火が消えた感覚がしました。

 ちなみにその後、その犯人たちは普通に逮捕され、馬鹿貴族は逮捕こそされないものの、大きな事件を引き起こしたと、実家からの圧力で表舞台から消えたようです。結局、私が何もしなくとも、彼らは自滅したのでした。

 それからは・・・まぁ、そこから先は平穏な日常が待っていました。ナルメスがかつて馬鹿貴族から守った女性と結婚することになったりと、驚くことはありましたが、息子の嫁や孫に囲まれ、多くの人々を救った功績からたくさんの人に聖女様として慕われ、幸福で満ち足りた人生を過ごすことができたのです。

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