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得体の知れない謎の神格

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比較的寒い位置にあるプレリュード帝国に、春風が舞い込む季節。
右も左もわからなかった僕のことを愛してくれた両親は、あの世に行ってしまった。
悪人に利用され、魔王として悪意を一心に受けていたあの頃のことは、
おそらく誰も覚えていないだろう。
そんな僕こと、元魔王のエルケーニッヒは今日も今日とて仕事に勤しんでいた。

血の繋がりはないものの僕には兄弟がいる。
六歳離れた現在の皇帝陛下である長男リュミエール。
それと、長男から二歳下の長女アンジェラ。
リュミエールが皇帝陛下の即位した時は、まだ未成年だった。
それに現在も十七歳のため未成年の分類に入る。ちなみに、成人と見なされるのは十八歳からだ。
それはアンジェラも例外ではない。彼女は十五歳なのでまだまだ皇女としての勉強中だ。
両親の実子である二人は、目に入れても痛くない程可愛くて仕方がない。
時折、仕事場に突撃してきては甘えん坊全開で一緒に居たいと大騒ぎになるけど、
その辺りはたぶん父親の血の影響だろうなと考えている。

さて、二人を支える僕は何の役職に就いているのか。
現在は二十三歳になる青年へと成長したのだが、史上最年少にて皇族直属となる
最強魔術師筆頭という位置にいる。
つまりは、皇帝陛下及び第一皇女の護衛兼秘書である。

普通の政治ならば、摂政や関白などを付けるのが定石とされているが
そういう堅苦しいの嫌だという皇帝陛下の命により僕が指導をしながら、
皇帝陛下の補佐をするため護衛兼秘書、という形になった。
なんとも我が儘な皇帝陛下だ。可愛いけど。

日々帝国のためになりそうな技術進歩の促進や、政治や国庫の管理など
皇帝陛下が主体でありながらも僕も全て同行しているので毎日忙しい。
久しぶりのお休みの日は、寝ているか研究に没頭するかの二択しかない。

そんな繁忙する帝国に、ひとつの嵐が現れた。
流浪の剣士が、三代目将軍へと抜擢されたのである。
リュミエールには事後報告されてしまって、頭を抱えた。

「リュミエール……あなたが、そんな勝手に抜擢するなんて……」
「勝手じゃないよ、エル兄様!彼は二代目将軍様を彷彿させる強さと知略に長けた者なんですよ!」
「本人の実力を確認したのですか?」
「もちろん。んー、でもどうして二代目将軍と似ているなって感じたかはわからないです……」

リュミエールとアンジェラの母君は、異世界から現れた守護神。
温厚な一般男性なので一目だけでは神様に見えないのが特徴だった。
そんな母の血を受け継ぐ二人には、感覚だけではあるけれど神力持ちを見抜く力がある。
ちなみにこれは二人に説明していない。理由は説明が面倒だからだ。
それはさておき。僕は、口に指を当てて、二代目将軍のことを思い出す。
銀髪に紅瞳の美しい御仁だった。そして、ご本人が神格だと証言されていたのを思い出していた。

「……二代目将軍の正体は、軍神アレス様でした。同じ神の血を継ぐリュミエールの感覚は、おそらく間違っていないかと」
「あれ、そうだっけ?」
「お母様が守護神だったでしょうが……もう忘れたんですか?」
「だって、母様は神様っぽくなかったというか……たぶん、アンジェラも忘れている」
「この兄弟は……はぁ、わかりました。では、僕がその方にお会いしてもよろしいですか?」
「もちろん!エル兄様もきっと気に入ると思うよ!」

いくつになっても、この皇帝陛下はこの調子なのだろう。ゆく先々が心配になる。
唯一の休憩時間に話を聞いた後、僕は皇帝陛下の頭を撫でてから退室する。
目的地である将軍用の個室。
なかなか使用されることのないこの部屋は、特に重厚な作りをしていて近寄りがたい。
慎重に気持ちを仕事へと切り替え、扉をノックする。

「失礼致します。三代目将軍、皇族直属の魔術師エルケーニッヒと申します。入ってもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」

どこか優しい声色ながらも、はっきりとした声だ。
扉を開け、一礼をすると将軍自らがこちらに近づいてきた。
顔を上げて将軍の顔を見た時、何故か懐かしい感覚がしていた。

「ご挨拶が遅れてすみません。私が三代目将軍に任命されましたマルスと言います。よろしくね」
「……あの、失礼ながら家名は……?」
「ふふ、私は流浪の剣士だったから……家名はないんですよねぇ……あった方がいいと思います?」
「いえ、特に帝国では不要ですが……ご気分を害されましたら、大変失礼致しました」

将軍の位を貰い受けるとなると、しっかりとした厳つい人間をイメージしていたが彼は違う。
本当に剣を奮う二代目将軍と同じくらいの実力があるのか疑わしいぐらいに、その、フワフワしている。
ごく一般的な優男で、軽そうだ。色んなところが。
それでも、リュミエールと同じく確かに彼から神力が感じられる。
顔合わせついでに、皇城での過ごし方や仕事の依頼の受け方について説明をすると、
なんだかずっとニコニコしてこちらを見ている気がする。

「……あの、マルス将軍……」
「なぁに?」
「そんなに凝視されるとやりにくいのですが……」
「ごめんねぇ、人間観察が好きだから、ついやっちゃうんだ……ねぇ、もしかして私のことに何か気づいている?」

確信を突かれて、ついビクリと肩が動いてしまう。
こちらが気づいているのなら、相手側も気づいているのは当然だ。
本能が告げている。今はこれ以上、一緒に居てはならないと。
簡単に用件だけ言い終わると、急いで退室する。
相手が善意の神格ならば、願ってもいない状況だ。けれど、もしあの人が邪神だとしたら。
邪神は世界の調和を乱す者とされているし、擬態するのが得意だ。
その日、僕はリュミエールに三代目将軍の監視役になるという裏の任務を自ら名乗り出ることにした。

両親が残したこの帝国を、そして可愛い兄弟を守るために。
得体の知れない相手を知ることで、守護してみせる。
そう決意を固める僕なのであった。
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