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帝国の治癒魔法使い
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急いで執務室の扉をノックした後、返事を待たずにレイナード皇子が扉を開け放った。
お兄さんに対してもそんな風だったとは思わなかった。
もちろんそんな勢いよく開けるものだから、第一皇子がすごく驚いた顔をしている。
「れ、レイ?どうしたの、そんなに慌てて……」
「一大事なんだ!アレクセイが治癒魔法使いだとバレてしまった!」
「もしかして、国民の前で使ったのかい?ううん……そうなると、他国に知られるのも時間の問題だね……」
「あ、あの、僕は他国に嫁ぎたくないです……!だから、どうしたら……」
「大丈夫だよ、アレクセイ。二人とも、とりあえずそこのソファに座りなさい」
冷静沈着な第一皇子が、僕らを来客用のソファに座らせると隣にいた給仕担当のメイドに紅茶を入れてもらう。
目の前に置かれた紅茶からは、心が落ち着く柔らかい匂いがしている。
そういえばそのまま来ちゃったから、ウサギのぬいぐるみが少し邪魔になっている。
どうしようかなと困っていると、そっとメイドさんがぬいぐるみを預かってくれた。
向かいの席に第一皇子が座ると、先程さらさらと書いていたものをレイナード皇子に渡してきた。
「兄さん、これって……」
「これは私からの書状だ。二人は早めに神殿へ向かいなさい。そこで大神官様にお会いするんだ」
「アレクセイが会って怒ったりとかは……?」
「いや、彼女はそんな心の狭い御方ではないよ。ただ、正装で向かった方がいいだろう。側近がいい顔をしない」
彼女、ということは大神官さんは女性なのだろう。今更知ったんだけど。
そして正装をしないと怒るのは側近さんの方とか、なんだかよくわからない。どうして隣の人が怒るんだろう。
その辺りは後で執事長さんに聞いてみよう。たぶん知っているはずだ。
急げ、と言われたのでウサギのぬいぐるみは僕の自室に届けてもらうようお願いをして、それぞれ着替えることになる。
正装というものがどういうものかわからないけれど、メイドさんたちに任せたらなんとかなると思う。
そう思ってメイドさんに説明をすると、テキパキと整えてくれた。
白を基調としたふんわりとしたドレス姿。どこか花嫁衣裳を思い浮かべるものだった。
三つ編みは解かれて、上の方にまとめられて少しだけサイドに髪を垂らす。本当に花嫁衣裳を着た感じになってしまった。
おかしいな、僕はこれから結婚式に向かうんだったかなと思ったりしたけど、そんな場合ではない。
メイドさんにお礼を告げて、急いでレイナード皇子が待つ正面玄関へと向かう。
辿り着くと、最初の時に見たあの恰好ではない厳格な王子様スタイルのレイナード皇子がそこにいた。カッコいいが増している。
「本当に美人なんだよなぁ……アレクセイは……」
「レイもカッコいいと思う……今はそういう場合じゃないよ。急いで行かないと……!」
「そうだな、馬車を出すから……あぁ、来たな。行こうか、アレクセイ」
「はい……!」
乗ったことのない豪華な馬車に揺られて、山間部へと向かう。
神殿というのは、帝国でも北に存在し、さらに山の頂上にある。神聖なる力は上位に存在する、と言われているからだ。
到着してすぐに、神官の二人が出迎えてくれた。レイナード皇子が書状を渡すと、片方が受け取り、もう片方の人が案内するそうだ。
「話は伺っております。今現在、大神官様は瞑想室にて祈りを捧げている最中でございます」
「祈りの時間にすまない……俺が鼻血を出したものだから……!」
「あ、あれは不可抗力ですよ……そういえば、どうやってこんなに早く話を届けたのですか?」
「書簡を届ける伝令鳥というのが居てな。その中でも最も速いとされる鷹に届けさせたんだ」
「なるほど……後でその鳥さんにお礼を言わないといけませんね……」
「ぷは、鷹に言葉が通じるかはわからないが、きっと喜ぶと思うぞ」
そんな会話をしていると、瞑想室に辿り着いた。扉を開けると、とても広い教会に見える。
真正面にある壇上手前に、誰かが祈りを捧げている。おそらく、あの人が大神官様なんだろう。
「祈祷中失礼致します。第二皇子レイナード様と第二皇妃アレクセイ様がいらしております」
「ありがとう……ようこそお越し下さいました、皇子夫妻様」
大神官様がゆっくりと立ち上がり、そしてこちらを向く。声は鈴が鳴るように美しく、容姿も美しい。
まるでそこにいるのは、本当の女神様のような神々しさがある。
思わず僕は目を瞑ってしまった。
「ええっと……大神官様、お二人には眩しいようです……」
「あらあら、ごめんなさいね。私、いつもこんな風なの……この辺りなら大丈夫かしら」
目を開けると、壇上の後ろに移動してくれていた。
どうやらレイナード皇子も目を瞑ってしまったらしい。しかもこれが日常茶飯事のようだ。
神官さんたちはどうやって慣れたんだろう。というか、慣れるものなのかがわからない。
「お話によると、第二皇妃様が治癒魔法使いとのことを伺いました。間違いないでしょうか?」
「はい、確かに僕は治癒魔法が使えます。その……このまま結婚式を挙げないと、連れ去られる危険性があると聞いたのですが……」
「えぇ、その通りですわ。それだけ治癒魔法使いというのは、とても貴重な存在ですからね」
「我々は生涯の伴侶として添い遂げたいと思っております。しかし、現状では国の上層部が混迷し、結婚式を挙げることができないのです」
「なるほど……変わらず頭の固い方々ですわね……それならば、私が彼を治癒魔法使いだと確定してしまった方が良いでしょう」
傍に控えていた神官に声をかけている。すると、違う扉からなんだか怖そうな神官さんが現れた。
たぶん、正装しないと怒っちゃう方の側近さんだと思う。神官さんなのに顔が怖いからすごく良くわかる。
「大神官の命です。アレクセイ様の治癒魔法がどれだけのものか、その目で証言なさい」
「はっ、大神官様の命に従います。お二方、初めましてになりますね……私は側近のアヴェルと申します。どうぞよしなに」
深々とお辞儀をされたので、僕らも頭を下げる。
顔合わせもそこそこに、僕らは側近さんの後ろを付いてどこかへ向かう。
大神官様にお礼するために頭を下げると、笑顔で手を振ってくれた。すごく優しい。
瞑想室を後にして、辿り着いたのは礼拝堂のようだった。そこにいるのは、全員怪我人ばかり。
怪我の状況を見る限りでは、たぶんノクターン王国での戦闘で傷ついた兵士さんたちだと思う。
そういえば、大神官様でもまともな治療が出来ない、と言っていた覚えがある。なるほど、これだけの人数を治療できればいいのか。
ざっと数える限りでは十人だと思う。うん、それなら大丈夫。
「アレクセイ様、こちらにいる負傷した兵士たちに治癒魔法をお願いいたします」
「はい……我らが辿るは神の胎、全ての痛みは無に還す、この場にいる人々に……癒しの光よ!」
両手を前に広げ、詠唱を行う。日頃から行う治癒魔法は、一人に対して行うことがほとんどだ。なので、詠唱はしない。
けれど、複数人を一度に治療するには詠唱が必要になってくる。言葉に乗せて、治癒魔法を拡散させるためだ。
淡い光が傷ついた兵士たちを包み込み、全員が驚きの声をあげている。
「す、すごい!治った!治っているぞ!」
「おぉ、神の御業だ!全然痛みがないぞ!」
「良かった……これで傷ついた兵士さんたちは、大丈夫……ですかね?」
「え、えぇ……その通りでございます。実に素晴らしいお力だ……」
目を見開いて僕を見てくる側近さんを見て、驚いているんだろうけど逆に凄みが増して怖い。怖さまで増している。
思わずきゅっと唇を噛みしめていると、一人の女性が僕に縋り付いてきた。
「お願いします!お願いします、治癒魔法使い様!お願いします……!」
「え?え?あの、お願いとは一体……?」
「私の息子をお助け下さい……!酷い高熱と呼吸が辛そうで……このままではもうまもなく命が尽きてしまうと……!」
その女性はそれだけ告げると、大泣きしてしまった。
この人は母親だ。しかも、大事な息子が死にそうになっている。
ばっとレイナード皇子の方を見ると、小さく頷く。側近さんにも何か告げて、レイナード皇子が母親に優しく語りかけている。
「お母さん、息子さんは今どちらに?」
「うぅ……う……ち、治療室の……一番奥に……」
「行こう、アレクセイ。さぁ、お母さんも行きましょう。大丈夫、アレクセイは素晴らしい治癒魔法を使うからな」
泣きじゃくる母親を宥めながら、僕らは治療室へと向かう。
そこは治療室と名ばかりの霊安室だった。ほとんどが死体で、顔に白い布がかけられている。
その中で奥から咳き込む声が聞こえてきた。たぶん息子さんだろう。
駆け寄ると、そこにはまだ小さい男の子が苦しそうに眼を閉じている。
「お母さん、触診を行っても良いでしょうか?」
「お願いします……!ぅう……!」
触診の許可が下りたので、額、首筋、心臓部と触れていく。
酷い高熱と不規則な呼吸。これは肺が危険な状態になっているはずだ。
心臓部と額に手のひらを当て、直接治癒魔法を使う。淡い光が少年を包み込み、少しずつ呼吸が落ち着いてくる。
少し経過した後、熱も落ち着いてきた。手を離すと、苦しそうだった少年が目を開けた。
脈も正常で、熱もない。呼吸にも異常が見当たらない。これで山場は超えたと思う。
「おかあ、さん……?」
「あ、あぁ……!あぁ……!ルイ……もう辛くない?苦しくない?」
「うん、苦しくないよ……すごく、すっきりした気分……」
母親は嬉しさで涙を零しながら、少年の頭を抱きしめた。
生死の境を彷徨っていた息子が助かったのだ。深い愛情を持つ母なら、嬉しいのだろう。
「ありがとうございます……!ありがとうございます、本当に……!」
「治療は完全ではありません。定期的に僕のところに治癒魔法を受け頂くことになりますが……それは大丈夫でしょうか?」
「はい、はい……!あぁ、なんと心の美しい方……!」
感動しすぎて母親はまともに話せる状況ではなさそうだ。
ちら、と少年の方を見るといい笑顔を見せてくれた。
「ありがとう、おねえちゃん!」
「ふふ……どういたしまして。それと、僕は男なんだよ。ごめんね」
少年がすごく驚いた顔をしている。なんだろう、この顔をどこかで見た記憶がある。
あ、たぶんレイナード皇子だったと思う。その皇子に目線を向けると、側近と何か打ち合わせをしていたようだった。
「アレクセイ、今後も治療を行うのなら定期的に神殿を訪ねるようにしようかと話していたんだ」
「あ、その方がいいですね。皇城では居心地が悪いでしょうから……」
「こーじょー?あれ、もしかして、おにいちゃんたちって……こーぞくのひとたち?」
「あぁ、そうだよ。俺は第二皇子のレイナードで、治療をしてくれたのは俺のお嫁さんのアレクセイだ」
「レイナードさま……!しってる、すごくつよいおうじさま……!あれ、でもおよめさんっておとこ……え?」
「うん、少年の方が賢いところがあるな!将来有望だ!」
なんだろう、この人。自分が非常識だと認めているような気がする。
同性同士の夫婦というのが珍しいものだから、そういう思考になってしまうんだろう。
後でこの少年にはきちんと事情を説明した方がいいのかもしれない。今も混乱しているし。
そんなことを話していると、側近さんが咳払いをする。患者の少年とその母親はこのまま家へと帰るよう指示を出すと、僕らは再び瞑想室へと向かう。
また祈りを捧げていた大神官様に報告をしている姿を見守った後、側近さんはそっと退室していった。
最後まで顔は怖いままだったな、あの人。
「よくぞ、傷ついた兵士たちと瀕死の少年を助けました。よって、アレクセイ。あなたはこの帝国の聖なる治癒魔法使いに認定致します」
「ありがとうございます、大神官様」
「さて、次に結婚式ですわね。書状を作りましたので、これを皇帝陛下にお渡し下さい。私の勅命でお二人の結婚式を急ぐよう記しておりますわ」
またよくわからない言葉が出てきてしまった。
わからないままはいけないと思い、小声でレイナード皇子に聞いてみた。
「あの、レイナード様……ちょくめいってなんですか……?」
「上の人からの絶対的な命令のことだな。帝国の一番上の人は、今いらっしゃる大神官様なんだよ」
「な、なるほど……?」
「あら……ごめんなさいね。少し言葉が難しかったかしら……?」
「え、聞こえていらっしゃったんですか?」
「えぇ、小声であっても良く聞こえますので」
大神官様の聴力がすごい。壇上にいて、僕は囁くような声でしか喋っていないのに聞こえているなんて。
この人、本当は神様の声とか聞こえるんじゃないんだろうか。
「残念ながら神の声は聞いたことがありませんわねぇ……」
「僕の心の声は聞こえているようですが?!」
「うふふ、面白い程素直な反応ですわね。レイナード様は良き伴侶様を見つけましたわ……とても喜ばしいことです」
「えぇっと……ありがとう、ございます?……そういえば、祝言はどなたが行うのでしょうか?」
「私が行いますわ。私が直々に祝うのですから、混迷させている上層部の面々に文句は言えなくなるでしょう?」
「はははっ、確かに!大神官様、本当に感謝致します!」
勢いよく頭を下げているレイナード皇子を習って、僕も頭を下げる。
退室の言葉を告げた後、僕らは扉の前でもう一度お礼として頭を下げて部屋を出た。
この勅命があれば、結婚式の準備が進められるようだ。
僕らは笑顔を向け合い、再び城へと戻ることになった。
勅命の書状を受け取った皇帝陛下は、その指示の元で上層部も重い腰を上げて動き出したのだった。
お兄さんに対してもそんな風だったとは思わなかった。
もちろんそんな勢いよく開けるものだから、第一皇子がすごく驚いた顔をしている。
「れ、レイ?どうしたの、そんなに慌てて……」
「一大事なんだ!アレクセイが治癒魔法使いだとバレてしまった!」
「もしかして、国民の前で使ったのかい?ううん……そうなると、他国に知られるのも時間の問題だね……」
「あ、あの、僕は他国に嫁ぎたくないです……!だから、どうしたら……」
「大丈夫だよ、アレクセイ。二人とも、とりあえずそこのソファに座りなさい」
冷静沈着な第一皇子が、僕らを来客用のソファに座らせると隣にいた給仕担当のメイドに紅茶を入れてもらう。
目の前に置かれた紅茶からは、心が落ち着く柔らかい匂いがしている。
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どうしようかなと困っていると、そっとメイドさんがぬいぐるみを預かってくれた。
向かいの席に第一皇子が座ると、先程さらさらと書いていたものをレイナード皇子に渡してきた。
「兄さん、これって……」
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「アレクセイが会って怒ったりとかは……?」
「いや、彼女はそんな心の狭い御方ではないよ。ただ、正装で向かった方がいいだろう。側近がいい顔をしない」
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そして正装をしないと怒るのは側近さんの方とか、なんだかよくわからない。どうして隣の人が怒るんだろう。
その辺りは後で執事長さんに聞いてみよう。たぶん知っているはずだ。
急げ、と言われたのでウサギのぬいぐるみは僕の自室に届けてもらうようお願いをして、それぞれ着替えることになる。
正装というものがどういうものかわからないけれど、メイドさんたちに任せたらなんとかなると思う。
そう思ってメイドさんに説明をすると、テキパキと整えてくれた。
白を基調としたふんわりとしたドレス姿。どこか花嫁衣裳を思い浮かべるものだった。
三つ編みは解かれて、上の方にまとめられて少しだけサイドに髪を垂らす。本当に花嫁衣裳を着た感じになってしまった。
おかしいな、僕はこれから結婚式に向かうんだったかなと思ったりしたけど、そんな場合ではない。
メイドさんにお礼を告げて、急いでレイナード皇子が待つ正面玄関へと向かう。
辿り着くと、最初の時に見たあの恰好ではない厳格な王子様スタイルのレイナード皇子がそこにいた。カッコいいが増している。
「本当に美人なんだよなぁ……アレクセイは……」
「レイもカッコいいと思う……今はそういう場合じゃないよ。急いで行かないと……!」
「そうだな、馬車を出すから……あぁ、来たな。行こうか、アレクセイ」
「はい……!」
乗ったことのない豪華な馬車に揺られて、山間部へと向かう。
神殿というのは、帝国でも北に存在し、さらに山の頂上にある。神聖なる力は上位に存在する、と言われているからだ。
到着してすぐに、神官の二人が出迎えてくれた。レイナード皇子が書状を渡すと、片方が受け取り、もう片方の人が案内するそうだ。
「話は伺っております。今現在、大神官様は瞑想室にて祈りを捧げている最中でございます」
「祈りの時間にすまない……俺が鼻血を出したものだから……!」
「あ、あれは不可抗力ですよ……そういえば、どうやってこんなに早く話を届けたのですか?」
「書簡を届ける伝令鳥というのが居てな。その中でも最も速いとされる鷹に届けさせたんだ」
「なるほど……後でその鳥さんにお礼を言わないといけませんね……」
「ぷは、鷹に言葉が通じるかはわからないが、きっと喜ぶと思うぞ」
そんな会話をしていると、瞑想室に辿り着いた。扉を開けると、とても広い教会に見える。
真正面にある壇上手前に、誰かが祈りを捧げている。おそらく、あの人が大神官様なんだろう。
「祈祷中失礼致します。第二皇子レイナード様と第二皇妃アレクセイ様がいらしております」
「ありがとう……ようこそお越し下さいました、皇子夫妻様」
大神官様がゆっくりと立ち上がり、そしてこちらを向く。声は鈴が鳴るように美しく、容姿も美しい。
まるでそこにいるのは、本当の女神様のような神々しさがある。
思わず僕は目を瞑ってしまった。
「ええっと……大神官様、お二人には眩しいようです……」
「あらあら、ごめんなさいね。私、いつもこんな風なの……この辺りなら大丈夫かしら」
目を開けると、壇上の後ろに移動してくれていた。
どうやらレイナード皇子も目を瞑ってしまったらしい。しかもこれが日常茶飯事のようだ。
神官さんたちはどうやって慣れたんだろう。というか、慣れるものなのかがわからない。
「お話によると、第二皇妃様が治癒魔法使いとのことを伺いました。間違いないでしょうか?」
「はい、確かに僕は治癒魔法が使えます。その……このまま結婚式を挙げないと、連れ去られる危険性があると聞いたのですが……」
「えぇ、その通りですわ。それだけ治癒魔法使いというのは、とても貴重な存在ですからね」
「我々は生涯の伴侶として添い遂げたいと思っております。しかし、現状では国の上層部が混迷し、結婚式を挙げることができないのです」
「なるほど……変わらず頭の固い方々ですわね……それならば、私が彼を治癒魔法使いだと確定してしまった方が良いでしょう」
傍に控えていた神官に声をかけている。すると、違う扉からなんだか怖そうな神官さんが現れた。
たぶん、正装しないと怒っちゃう方の側近さんだと思う。神官さんなのに顔が怖いからすごく良くわかる。
「大神官の命です。アレクセイ様の治癒魔法がどれだけのものか、その目で証言なさい」
「はっ、大神官様の命に従います。お二方、初めましてになりますね……私は側近のアヴェルと申します。どうぞよしなに」
深々とお辞儀をされたので、僕らも頭を下げる。
顔合わせもそこそこに、僕らは側近さんの後ろを付いてどこかへ向かう。
大神官様にお礼するために頭を下げると、笑顔で手を振ってくれた。すごく優しい。
瞑想室を後にして、辿り着いたのは礼拝堂のようだった。そこにいるのは、全員怪我人ばかり。
怪我の状況を見る限りでは、たぶんノクターン王国での戦闘で傷ついた兵士さんたちだと思う。
そういえば、大神官様でもまともな治療が出来ない、と言っていた覚えがある。なるほど、これだけの人数を治療できればいいのか。
ざっと数える限りでは十人だと思う。うん、それなら大丈夫。
「アレクセイ様、こちらにいる負傷した兵士たちに治癒魔法をお願いいたします」
「はい……我らが辿るは神の胎、全ての痛みは無に還す、この場にいる人々に……癒しの光よ!」
両手を前に広げ、詠唱を行う。日頃から行う治癒魔法は、一人に対して行うことがほとんどだ。なので、詠唱はしない。
けれど、複数人を一度に治療するには詠唱が必要になってくる。言葉に乗せて、治癒魔法を拡散させるためだ。
淡い光が傷ついた兵士たちを包み込み、全員が驚きの声をあげている。
「す、すごい!治った!治っているぞ!」
「おぉ、神の御業だ!全然痛みがないぞ!」
「良かった……これで傷ついた兵士さんたちは、大丈夫……ですかね?」
「え、えぇ……その通りでございます。実に素晴らしいお力だ……」
目を見開いて僕を見てくる側近さんを見て、驚いているんだろうけど逆に凄みが増して怖い。怖さまで増している。
思わずきゅっと唇を噛みしめていると、一人の女性が僕に縋り付いてきた。
「お願いします!お願いします、治癒魔法使い様!お願いします……!」
「え?え?あの、お願いとは一体……?」
「私の息子をお助け下さい……!酷い高熱と呼吸が辛そうで……このままではもうまもなく命が尽きてしまうと……!」
その女性はそれだけ告げると、大泣きしてしまった。
この人は母親だ。しかも、大事な息子が死にそうになっている。
ばっとレイナード皇子の方を見ると、小さく頷く。側近さんにも何か告げて、レイナード皇子が母親に優しく語りかけている。
「お母さん、息子さんは今どちらに?」
「うぅ……う……ち、治療室の……一番奥に……」
「行こう、アレクセイ。さぁ、お母さんも行きましょう。大丈夫、アレクセイは素晴らしい治癒魔法を使うからな」
泣きじゃくる母親を宥めながら、僕らは治療室へと向かう。
そこは治療室と名ばかりの霊安室だった。ほとんどが死体で、顔に白い布がかけられている。
その中で奥から咳き込む声が聞こえてきた。たぶん息子さんだろう。
駆け寄ると、そこにはまだ小さい男の子が苦しそうに眼を閉じている。
「お母さん、触診を行っても良いでしょうか?」
「お願いします……!ぅう……!」
触診の許可が下りたので、額、首筋、心臓部と触れていく。
酷い高熱と不規則な呼吸。これは肺が危険な状態になっているはずだ。
心臓部と額に手のひらを当て、直接治癒魔法を使う。淡い光が少年を包み込み、少しずつ呼吸が落ち着いてくる。
少し経過した後、熱も落ち着いてきた。手を離すと、苦しそうだった少年が目を開けた。
脈も正常で、熱もない。呼吸にも異常が見当たらない。これで山場は超えたと思う。
「おかあ、さん……?」
「あ、あぁ……!あぁ……!ルイ……もう辛くない?苦しくない?」
「うん、苦しくないよ……すごく、すっきりした気分……」
母親は嬉しさで涙を零しながら、少年の頭を抱きしめた。
生死の境を彷徨っていた息子が助かったのだ。深い愛情を持つ母なら、嬉しいのだろう。
「ありがとうございます……!ありがとうございます、本当に……!」
「治療は完全ではありません。定期的に僕のところに治癒魔法を受け頂くことになりますが……それは大丈夫でしょうか?」
「はい、はい……!あぁ、なんと心の美しい方……!」
感動しすぎて母親はまともに話せる状況ではなさそうだ。
ちら、と少年の方を見るといい笑顔を見せてくれた。
「ありがとう、おねえちゃん!」
「ふふ……どういたしまして。それと、僕は男なんだよ。ごめんね」
少年がすごく驚いた顔をしている。なんだろう、この顔をどこかで見た記憶がある。
あ、たぶんレイナード皇子だったと思う。その皇子に目線を向けると、側近と何か打ち合わせをしていたようだった。
「アレクセイ、今後も治療を行うのなら定期的に神殿を訪ねるようにしようかと話していたんだ」
「あ、その方がいいですね。皇城では居心地が悪いでしょうから……」
「こーじょー?あれ、もしかして、おにいちゃんたちって……こーぞくのひとたち?」
「あぁ、そうだよ。俺は第二皇子のレイナードで、治療をしてくれたのは俺のお嫁さんのアレクセイだ」
「レイナードさま……!しってる、すごくつよいおうじさま……!あれ、でもおよめさんっておとこ……え?」
「うん、少年の方が賢いところがあるな!将来有望だ!」
なんだろう、この人。自分が非常識だと認めているような気がする。
同性同士の夫婦というのが珍しいものだから、そういう思考になってしまうんだろう。
後でこの少年にはきちんと事情を説明した方がいいのかもしれない。今も混乱しているし。
そんなことを話していると、側近さんが咳払いをする。患者の少年とその母親はこのまま家へと帰るよう指示を出すと、僕らは再び瞑想室へと向かう。
また祈りを捧げていた大神官様に報告をしている姿を見守った後、側近さんはそっと退室していった。
最後まで顔は怖いままだったな、あの人。
「よくぞ、傷ついた兵士たちと瀕死の少年を助けました。よって、アレクセイ。あなたはこの帝国の聖なる治癒魔法使いに認定致します」
「ありがとうございます、大神官様」
「さて、次に結婚式ですわね。書状を作りましたので、これを皇帝陛下にお渡し下さい。私の勅命でお二人の結婚式を急ぐよう記しておりますわ」
またよくわからない言葉が出てきてしまった。
わからないままはいけないと思い、小声でレイナード皇子に聞いてみた。
「あの、レイナード様……ちょくめいってなんですか……?」
「上の人からの絶対的な命令のことだな。帝国の一番上の人は、今いらっしゃる大神官様なんだよ」
「な、なるほど……?」
「あら……ごめんなさいね。少し言葉が難しかったかしら……?」
「え、聞こえていらっしゃったんですか?」
「えぇ、小声であっても良く聞こえますので」
大神官様の聴力がすごい。壇上にいて、僕は囁くような声でしか喋っていないのに聞こえているなんて。
この人、本当は神様の声とか聞こえるんじゃないんだろうか。
「残念ながら神の声は聞いたことがありませんわねぇ……」
「僕の心の声は聞こえているようですが?!」
「うふふ、面白い程素直な反応ですわね。レイナード様は良き伴侶様を見つけましたわ……とても喜ばしいことです」
「えぇっと……ありがとう、ございます?……そういえば、祝言はどなたが行うのでしょうか?」
「私が行いますわ。私が直々に祝うのですから、混迷させている上層部の面々に文句は言えなくなるでしょう?」
「はははっ、確かに!大神官様、本当に感謝致します!」
勢いよく頭を下げているレイナード皇子を習って、僕も頭を下げる。
退室の言葉を告げた後、僕らは扉の前でもう一度お礼として頭を下げて部屋を出た。
この勅命があれば、結婚式の準備が進められるようだ。
僕らは笑顔を向け合い、再び城へと戻ることになった。
勅命の書状を受け取った皇帝陛下は、その指示の元で上層部も重い腰を上げて動き出したのだった。
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