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滅亡の祖国が予想以上に馬鹿だった

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結婚の約束をした次の日。
とにかく身だしなみをどうにかしようか、という話になったのでメイドや執事、色々な人からもみくちゃにされた。
長すぎる髪を整え、湯殿で身体を磨かれ、肌触りのいい清潔な白いワンピースとショールを着た。
全身鏡で見ると、今までの自分とは思えない程とても綺麗な少女がそこにいた。

「……あれ?あの、僕は男、なんですけど……?」
「申し訳ございません。お洋服の発注が間に合っていないので、妃様のお下がりになります」
「レイナード皇子のお下がりとかは……」
「あの方は昔から体格がいいので……アレクセイ様が着るとぶかぶかなのです」
「あぁ……なるほど……」

確かに年齢を聞く限りでも、僕の二歳上とは思えないくらいガッチリとした体格をしていた。
戦いに明け暮れていたこともあるから、その分筋力が多いのだろう。
おそらく結婚初夜辺りに、レイナード皇子の身体を見ることができるとは思うが今は考えないことにする。
自分の容姿を気にしたことがないのだが、結構綺麗な顔立ちだったのがわかる。
女性と言われても違和感がない程だ。
一通り準備が終わると、執事さんに連れられてレイナード皇子のいる鍛練場へと向かった。
皇子は先陣を駆け抜ける人であり、この帝国の騎士団長も務めているらしい。
なので、公務がない時はだいたい鍛練場で兵士たちを鍛えているそうだ。

「アレクセイ様、あちらにいらっしゃるのがレイナード皇子でございます」
「……わぁ、あ、あんなに沢山の人を一度に相手をしているのですか?」
「レイナード様はそういうお方なのです」

きっと暑いのだろう。上半身が裸の状態で、木剣を使い打ち込んでくる兵士たちを打ち負かしていく。
倒された兵士ひとりひとりに、叱咤激励を飛ばしながら相手をしている。
僕の国にも騎士団長はいたけれど、たぶんレイナード皇子みたいに鍛練相手なんてしていなかったと思う。
全員を打ち負かした後、休憩の号令が飛ぶ。
沢山汗をかいていて、視界がよくないのだろうか。乱暴に腕で汗を拭っていた。
それを見かねて執事さんに視線を向けると、そっとタオルが取り出された。どこに持っていたんだろう。
それはともかく、執事さんが持ってきていたタオルを受け取ってレイナード皇子のところへ駆け寄る。

「レイナード様……あの、タオルで拭いてください……」
「あ、あぁ……ありがとう……」

受け取ってくれたタオルで、汗を拭きとると僕と視線が合う。
一瞬にして顔が真っ赤になっちゃったけど、病気だろうか。

「え、え?!も、もしかして、アレクセイ……?」
「はい……あの、もしかして、僕は変なのでしょうか?」
「い、いやいや!そうじゃなくて!あの……美人すぎて言葉が出てこない……!」
「えっと……?ご病気でしたら、治癒魔法を……」
「ある意味、病気かもな……それはそうと、どうしたんだ?俺を探していたのか?」

身支度が整ってすぐに、どこか行きたいところがあるかと聞かれて、すぐにレイナード皇子のところに行きたいと言ったから、こうしてここにいたりする。つまり、特別な理由があってここに来たわけじゃない。
困って視線を漂わせていると、覗き込まれた。
純粋な瞳で心配が見える。本当に優しい人だ。

「いえ、その……城内案内も含めて、行きたいところがあるかと聞かれて……」
「アレクセイ様は、真っ先にレイナード様のところに行きたいとおっしゃいましたよ」
「ぴぇ……あの、あの……ご、ご迷惑、でしたか……?!」

いつの間にか背後に来ていた執事さんから暴露され、恥ずかしくて視線をそらしてしまった。
ふと、視線を戻すとレイナード皇子が心臓を抑えている。

「えっ、あの、心臓が痛いのですか?!ち、治療を……!」
「いや、そのこれは……アレクセイが可愛すぎて……すまない、少し時間をくれ……」
「アレクセイ様、こういう状態を悶絶と言います」
「も、もんぜつ……?病気ではない、んですね……?」
「はい、ご病気ではございません。レイナード様、アレクセイ様はマナー教育や勉学を受けられていないご様子ですが、どうなさいますか?」

少し時間をくれと言っているのに、この執事さんは容赦ない。
深呼吸をした後、ようやく落ち着いたようだった。
病気でないのならいいのだが、無理はしてほしくない。
レイナード皇子に近寄り、心臓部に手を当てる。とってもバクバクと激しく動いている。
これはたぶん、治療する方が逆効果だと思う。そう思って、そっと手を引いた。

「えっと……そうだな、教師として執事長が基礎的な学問を教えてやってくれ。マナーに関しては、メイド長が適任だろう」
「承知しました。アレクセイ様、私が執事長を務めておりますヴェルサスと申します。どうぞお見知りおきを」
「あっ、執事長さんだったんですね……?あれ、じゃあお洋服を着せてくれたのは……」
「はい、あのメイドがメイド長のシャリアと申します。気軽にお呼び下さいませ」

確かに皇子の花嫁として、基本的なことができなければ話にならないだろう。
僕は話したり読むことはできても、書くことができない。基本的なところから教えてもらえるのなら、とてもありがたいことだ。

「あの、レイナード様……帝国や祖国の歴史に関して、お詳しい方はいらっしゃいませんか?」
「帝国の歴史なら、執事長が教えることができるが……ノクターン王国の歴史か……ちなみに何が知りたいんだ?」
「僕があの塔に幽閉されていた理由が、魔法を使う人間だから、と歴史書に書かれてあったんです。でも、理由が詳しく書かれていなくて……」
「あぁ、ノクターン王国は破滅の魔法使いを怒らせて滅亡の危機になったことがあったな……うーん、だいぶ馬鹿々々しい理由なんだけどな……」
「馬鹿々々しい理由……?」
「それでしたら、皇帝陛下がお詳しいかと。昼過ぎに、国王陛下と第一皇子、それにレイナード皇子のお茶会がありますので、その時に聞かれてはどうでしょう?」
「あぁ、そうだな。その時に、色々と聞きたいことを聞いてみるといい」

なんだろう。いつの間にか、僕までお茶会に参加することになってしまった。
休憩時間が終わったらしく、レイナード皇子は鍛練に戻っていく。
僕は執事長の後をついて歩き、城内を一通り見て回った。
そして、自室に戻ってすぐに気づいたことがあった。
室内ではメイド長が紅茶の用意をしてくれている。

「しゃ、シャリアさん!大変です……!僕はお茶会のマナーを知りません……!」
「あらあら……では、これから少し練習してみましょうか」
「はい、お願いします……!」

姿勢やお茶の飲み方、お菓子を貰うタイミング。
そういったことを、一通り教えてもらった。けれど、レイナード皇子が迎えに来た時、そんなに硬くならなくていいと言われてしまった。

「父上の休憩みたいなものだからな。そんなに堅苦しいお茶会じゃないんだよ」
「そ、それでも、粗相があってはいけないと思います……」
「あはは、真面目だなぁ。俺がエスコートするから、安心しろって!」
「はい……よろしくお願いします。レイナード様」
「あ、その呼び方は距離を感じるな……うん。レイと呼んでくれ!」
「だ、ダメですよ!あなたは皇子なんですよ?!」
「んー……じゃあ、二人きりの時にレイって呼んでくれ。他の人がいる時は、さっきの呼び方でいいからさ」

二人きりの時だけ、愛称で呼んでほしいという輝いた瞳に押されて頷くことしかできなかった。
城内の中で最も広い中央庭園で、お茶会のセッティングが整えられていた。
僕たちの後に現れたのは、皇帝陛下とたぶんレイナード皇子のお兄さんである第一皇子だと思う。

「レイナード、息災だったか?おやおや……もしや、お隣にいるのはアレクセイか?」
「はい……同席させて頂き、感謝致します」
「ははっ、堅苦しくしなくても良いぞ。ほれ、ライザード、お前も自己紹介しないか」
「ふふ、もちろんです。初めまして、私の名前はライザード・R・プレリュードと申します。レイナードの双子の兄です」
「……え、双子……?」

不躾だとは思うが、思わずレイナード皇子とライザード皇子を見比べる。
似ている部分がほとんどないような気がする。
その様子を見て面白かったのか、僕以外の全員が笑っていた。

「悪い悪い、予想通りの反応だったものだからな!信じられないと思うが、本当にライザードは俺の双子の兄なんだよ」
「どうしてここまで似ていないんでしょうね、父上?」
「わしに聞かれても分からぬ。しかし、同時刻に産まれたのは事実だからな。似ていない双子なのだ」

圧倒されていた僕は、そのままレイナード皇子のエスコートを受けて、着席した。
確かにこのお二人は似ていないが、髪の色や瞳の色は全く同じだ。
内面的なものが似ているのかもしれない。

「そういえば、父上。アレクセイが聞きたいことがあると言っていましたよ」
「おや、わしに聞きたいこと?帝国の歴史は別のものが伝えるだろうが……あぁ、祖国のことかな?」
「はい……破滅の魔法使いを怒らせた理由について知りたくて……その部分だけどこにも表記がなかったのです」

そう言うと、国王陛下とライザード皇子が顔を見合わせた。
なんだか複雑そうな顔をしている。

「実はな……当時の第一王子が酒に酔ってしまい、破滅の魔法使いの家を破壊したのが原因だそうだ」
「予想以上に馬鹿な理由だった……!」
「魔法使いが怒るなんて、滅多にないことなのだよ。そんな王族の失態を歴史に残しておきたくなかったのだろう」

僕が予想通りの反応を示したのが面白かったのか、隣でレイナード皇子が爆笑している。
確かにすごく馬鹿な理由だった。
怒らない方が無理な話だ。お家を壊されたら、誰だって怒る。
ふと、もうひとつ疑問がわく。帝国はとても大きく、大らかな人が多いと聞く。
それなのに、侵略してきたのも何か馬鹿な理由があるのでは、と思った。

「もうひとつ、いいでしょうか?あの、帝国が王国を滅ぼした理由というのは……?」
「あの国はな、一方的に貿易拒絶してきてな……さらに、帝国の特産品を全て焼却してしまったと聞いて国民全員が大激怒したのだ」
「やっぱり馬鹿な理由だった……!ちなみに、特産品というのは……?」
「帝国は織物やガラス細工が有名でな。それらをぜーんぶ破棄しちゃったんだよな」

これは祖国の自業自得だ。丁寧に作ったものを、全部壊してしまうなんてなんて子どもっぽいのだろう。
もう滅んでくれて良かったと思わざるえない。
僕が俯いてしまったことで、国王陛下たちが心配そうにしていたがなんとか苦笑して返した。
優しい味のする紅茶を飲みながら、今の帝国がどんな状況なのか説明も受けた。
とても広大な帝国なので、全部に手が行き渡るわけではない。
そういう理由で、次期国王である第一皇子は主に事務的な公務を行い、第二皇子は外回りの外交や体力仕事を担っている。
役割分担がとても上手くいっているようで、いい状況のようだ。

「あの、レイナード様。いつか、城下町に行ってみたいです。国民の皆さんの様子を見てみたいですし、外に出たのが久しぶりなので……」
「そうだよな。よし、計画を立ててから行ってみるか!あ、そういえば父上、俺たちの結婚はどうなったんですか?」
「うっ……実はのぅ……二人とも、男子であろう?同性同士でも結婚はできるのだが、初めての事例なものだから……」
「神官と文官たちの間で、どういう日程や式典の規模とか色々なところで意見の衝突が起きて進んでいないんだよ」
「あぁー……な、なんか、すまん……」
「いや、レイが悪いわけではないよ。頭の固い面々の意見がぶつかっているだけだし、近いうちに色々と相談に来ると思うよ」

今の僕たちは、婚約として成立している。
戸籍はこの王族に置くことができたので、第二皇子妃としているにはいる。
けれど、レイナード様は大々的に結婚式をあげたいらしい。
それで色々と揉めているようだ。本当に皇族の結婚って大変なんだな。
ひとまずそのお話は置いておき、そのままお茶会はお開きとなった。
二つの疑問が一気に解決できて良かった。
もう祖国のことは忘れた方がいいのかしれない。そう思ってしまうのだった。
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