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長編

第16話 トラップ

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「那珂川さん、助けてくださいっす」
「断る。自分の仕事は自分でやることだな」

 ひどいっす。
 昨日は帰っていいって言ってくれたから帰っただけなのに。根に持ってるっすか? 意外と陰険っす。

 ちなみに当真くんも今日は忙しいらしく、手伝ってもらえず、係長はもう目が「俺に頼んできたら許さん」というオーラを出してて営業5課って案外、息苦しい職場かもしれない。

 えーと、この製品のプロモーション資料って昨日までに営業1課に回さないといけないのを忘れてたっす。

 課長は営業5課の置物だから、しょうがないとして、御堂係長か那珂川さんに一度チェックしてもらいたいけど、今日は皆、なぜか氷のように冷たい空気を纏っているので、しょうがない。そのまま提出するっす。

「これ営業5課からの資料っす」
「よお、瀬下、どうした?」

 営業1課には事務の女性がいるので資料を渡そうとしたら、イヤなヤツに見つかってしまったっす。今年一緒に入社した同期の男。自慢と皮肉しか口にしないので、自分は〝ヤツ〟と呼んでるっす……。

「昨日までに部長に上げないといけない資料なので早めに課内確認よろしくっす」
「出張行ってたんだっけ? あーあ、期限も守れないなんてさすが瀬下w」

 ぐっ、嫌味を言われるが、図星なので我慢するっす。

「当真ちゃんは元気?」
「元気っすけど、なにか?」
「別に~、ウチの先輩が当真ちゃんは5課にもったいないって最近よく言ってるからさ」

 ふーん、当真くん、営業1課に目を付けられてるっすか? 当真くんは知らないっすけど、自分は絶対に営業1課にだけは行きたくないっす。

「ところで御堂係長と那珂川さんは、出社してる?」

 資料に軽く目を落とした「ヤツ」が、自分に変な質問してきたが嘘を言っても意味がないので、「出社してるけど何っすか?」と返したが「別に~」とまた話をはぐらかせた

 営業5課に戻ると、御堂係長と那珂川さんが3件、顧客を急ぎで回ってくると、入口ですれ違った。

 それから、山のようにたまった書類を片付けていたら、内線で電話がかかってきて、出ると部長で、すぐに部長室に来いと言われた。

 ──無茶苦茶怒られた。
 机をバンバン叩くひとって、ドラマの中の登場人物だけじゃないんすね。資料の誤字や脱字の部分に赤丸がたくさん付けられていて、いったいどうしたらこんなモノが俺のところに上がってくるんだ? と大層ご立腹で、大声でそれもネチネチと30分くらい叱られたっす。

 資料には、付箋が貼られていて、「期限超えのため、1課のサインを省略。5課瀬下」って身に覚えのないメモが貼られていて、弁解しようにも怒り心頭の部長には声を出すことも許されなかったっす。部長は自分だけでなくノーチェックで資料を通した5課のメンバー全員に怒りを向けていて、やってはいけないことをことごとくやってしまったことに気づかされたっす。

 部長室から出て、トボトボと廊下を歩いていると、営業1課の「ヤツ」とその先輩にあたる人物……たしか那珂川さんにいつも営業成績で負けて2番目の人がふたりニヤニヤして、自分に「お疲れさん」と言ってきたっす。

 御堂係長や那珂川さんが外回りから帰ってきて、小一時間……終業直後にもう一度、電話が部長からかかってきたっす。

 課長は光の速さで帰ってしまったので、今度は、御堂係長と那珂川さん、そしてなぜか当真くんと4人で部長室に来いと言われたっす。

 ✜

 なんだ?
 外から御堂係長と俺が帰ってきたら、瀬下がやけにおとなしい。さっきまで欠伸をしながら眠そうに仕事をしていたのに、真面目な顔で仕事に取り組んでいる。

 ふふっ、ようやく頑張る気になってくれたか……まあ、俺も出張でたまった案件もほとんど片付いたから、終業後に少しは手伝ってやるか。たぶん御堂係長も同じことを考えていると思う。

 夕方、いつものように熊田課長が「ほっほっほっ皆さん、健康1番、仕事は2番以下。無理は禁物だよ」と言いながら笑顔で退社した直後に自席にかかってきた電話を取った瀬下の顔が蒼ざめている。

 なんだ? トラブルが発生したのか?
 なにも聞かされないまま、部長室に課長以外の5課のメンバー全員で部長室に向かう。途中で御堂係長が小声でどこかに電話していた。部長室にノックをして入ると、営業1課の課長と俺より4歳年上の営業1課のエース、あと当真くんや瀬下と同期の新人の3人が部長室の中で待っていた。
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