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長編

第10話 目覚め

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「女、まだ一人いるじゃん」
「オネェーちゃんどうしたの? 早く帰らないとそいつらロクな奴らじゃないぞ」

 グラスを片手に奥の席から来たのは、40歳前後の男性3人。
 すぐ隣の席に座って、俺達に嫌がらせをする気らしい。

「□〇選手って、代打で最近みないな」
「□〇選手は、2軍で調整して来季に向けて準備してるって噂っす」
「野球なんて、女の子はつまらんだろ? オネェーちゃん、俺達と飲まない?」

 瀬下を使って会話を遮断していたら、当真くんへ話しかけてきた。

「帰るぞ」

 御堂係長が席を立ち、会計に向かう。瀬下と当真くんも後に続こうとするが、男がひとり立ち上がり、通路を塞いだ。

「なんだよーせっかく知り合いになったのに冷てーじゃんか」
「ちょっと通してください」

 他のふたりは座ったまま当真くんと瀬下が困っている姿を笑っている。

 ✜

 あー面白れぇ。
 都会だったら姉ちゃんのいる店に遊びに行けるのに田舎のホテルに泊まったからつまらなくて屋上で野郎だけで飲んでたら、ツラのいい連中が女をはべらせてやかましいから、野次を飛ばしたらビビッてやんの。

 せっかくだからもっとビビらせてやろうと、連中の隣に座ったら、すぐ帰ろうとしたから、ちょっと意地悪してみた。まあ、これ位の憂さ晴らしなら問題なんてない。

 そしたら最後まで座っていたヤツが立ち上がった。
 デカいな……体格ガタイもいい。なんか〝やっている・・・・・〟ヤツのオーラ。

退け」

 俺を見おろす目が、とても冷たい……。
 くそっ、なぜ俺は腰のあたりが、ゾクゾクとしてるんだ? そこまでビビッているわけじゃねー。だが目の前に立っている男の目にやられてカラダが勝手に道を譲ってしまった。仲間から「つまんねえー」と言われたが、そんなのどうでもいい……。

 罵られたい…………。
 えっ、俺、今何を思った?
 まさか、俺って……。

 自分の気持ちをよく整理すると、新しい自分と出会ってしまった。
 ゾクゾクが止まらなくなった。

 ──いつかまたアイツと会えるかな?

 ✜

『ゾクッ』

「先輩、どうしました?」
「いや、なんか今、急にゾクッとして……」
「いやぁー、さすが那珂川さんっす。相手怯んでたっすね」

 当真くんが俺を気遣い声をかけてくれて、瀬下はしたり顔で興奮を隠せず先ほどの件に触れる。

 別に格闘技なんて習ったことはない。相手が勝手に尻込みしただけ。ああいうのはハッタリも大事だ。最近の熊が人を襲う事故が相次いでいるが、逃げたら襲ってくるが、冷静にしていたら襲われない確率が高い。まあ極端な話ではあるが、ああいう手合いは野生の動物だと思って相手するのがちょうどいいぐらいだ。

 それに当真くんや瀬下は、いざとなったら守ってやらなきゃならんが、俺には御堂係長がついている。あの人、俺と体格ガタイはそう変わらないから、学生の頃、ゼッタイ〝なにか〟やっていたに違いない。普段、見せる余裕はそこからきていると俺は見ている。

 そんなことより、当真くんのことが心配だ。あんな風に絡まれたら誰だって怖いに決まっている。

「当真くんは大丈夫だった?」
「はい? ボクは全然大丈夫でしたよ」
「自分はヤバかったっす。もう少しで胃腸炎になるところだったっす」

 当真くんは、何でもなかったかのように不思議そうに俺を見上げる。当真くんに話しかけたのに瀬下が喚くが、コイツは会社が火事で全焼しても「リモートワークは交通費出るっすか?」とか平気でのたまいそうだから、まったく心配などしていない。

「明日は朝食会場に朝7時集合で、それじゃおやすみ……」

 やはり御堂係長はクールだ。あんなことがあったのにまったく動じることなく、明日の予定をサラッと伝えて、自分の部屋へと入って行った。

 俺も瀬下と当真くんに、おやすみと伝えて自室のドアのカギを開けた。

 ✜

 うは~ッめっちゃビビった~。

 膝が笑って、ガクガクになりそうなのを踏ん張って、なんとか小介きゅんや未央きゅんにバレずに部屋へと帰ってこれた。

 冷静なフリをしていたが、脳内では、たくさんのちっこい御堂クンが「落ち着けー落ち着け―」と逆に騒がしくてパニックになっていたが、さすが小介きゅん、ひと言で相手を黙らせ道を譲らせた。会計をしていた我輩はそれをみて『キュン♡』となったが、恍惚とした表情なんて見せたら、我輩がヤバい心の持ち主だとバレてしまう……。まあ自分がヤバいというのは自覚しているので、小介きゅんや未央きゅんにバレなければそれでいい。

 それにしても、合コン的なノリの飲み会で実にツマらなかったが、我輩をひと目で「異世界の住人ガチなヲタク」だと見破った女性には驚いたのである。

 ふたりで小声で話していたから、小介きゅんや未央きゅんには聞かれていないと思うが、我輩が世を忍んでいる隠れヲタクであることをエサに完全に主導権を握られ、小さい声でネチネチと言葉でなぶられてしまった。ファンタジー世界のS級モンスターならぬ、現実世界のヤバいS系モンスターに遭遇エンカウントしてしまい、挙句に連絡先を女王さまに提出してしまった。これから、なにかにつけてSNSで我輩、文字が咲き乱れて嬲られると思うとゾクゾクするのである。

 我輩、もしかして別の道にも目覚めてしまったかも……。

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