アルヴニカ戦記 ~斜陽国家のリブート型貴種流離譚~

あ・まん@田中子樹

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孤城落日

第5話

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夢を見ている。
夢を夢だと認識できるのは、これで2度目。

夢の中には幼い頃の自分がいる。
自分の意思で身体は動かせない。ただ見ているだけ。

生まれ育った孤児院に初めて訪れた日。
年長の複数人の子と喧嘩になった。

まあ厳密には喧嘩とは言えない。
ただ一方的に痛めつけられた。
だが、いじめられたとは、今でもこれっぽっちも思っていない。

数に物を言わせて他者をいたぶるような連中にいじめられてたまるか!
あれはあくまで喧嘩だった。
ただ殴られる回数がこちらの方が多いだけ。

そんな自分を助けてくれた子がいた。
結局、ふたりともボコボコにされた。
だけど、それ以来、彼とは無二の親友となった。
その親友は7歳の誕生日に他国へ引き取られていった。

孤児院のお使いで街へ買い物に出かけた際に変な噂を聞いた。
親友が向かった国は、子どもをさらい、兵士として育てていると……。
親友が今でも元気に過ごしていたらいいと今でもたまに彼を思い出す。

当時のキサ国は、そこまで貧しい国ではなかった。
1日に多くて2回も食事はもらえたし、服を寄付してくれる人もいた。

だけど、数年後に今の王様になってから、国は次第におかしくなっていった。

現国王は、国政を顧みずに芸術と色事に溺れ、諫める配下を遠ざけた。
挙句に国民から嫌われている奸臣を宰相に据えて、野放しにしてしまった。

もともと、キサ王国はこのアルヴニカ大陸でもっとも小国といわれている。
先の30年近くは、先王のおかげで北の大国キューロビア連邦の庇護下にいた。
そのお陰で、小国であるにもかかわらず、これまで存続できていた。

だが、王が代わり、上納金を納められなくなったキサ王国を連邦は見放した。

それからたった数年で、国政に陰りが見え始め、貧しい国へと落ちぶれていった。
王国を出ていく人が次第に増えていく。
混迷する国の方針に遂に滅亡への秒読みが始まった。
いっそ他国に現王家を滅ぼしてもらった方がいい。
そういった過激な発言を市中で聞くことも増えてきた。

元々、キサ王国には3年間の徴兵制度がある。
だが、緊急徴兵により兵役を終えた人も今回、無理やり徴集された。
徴兵に応じないものは、本人はもとより家族、親族まで死刑に処すという。
孤児院育ち自分は、孤児院が人質のようなもの。
院長先生やまだ幼い下の子達……。
正直、孤児院の子達がいなければ逃げ出したかった。
今日、林の中へ逃げ込んだ時にみたが、自軍は確実に全滅した。
あの戦いで生き残ったのはたぶん自分ひとり。
だから見咎めて孤児院のみんなに被害が及ぶことはないと思うけど……。

これまでの出来事が一気に夢として出てきた。
その後、強烈な吐き気を催し、目が覚めた。



「う……」

目が覚めたと同時に激しく咳き込み、水を吐く。
だいぶ川の水を飲んだらしいが、命を落とさずに済んだ。

朝になっていて、橋の下にある橋脚に引っかかっていた。

キサ王国の王都テジンケリ。
意識を失った場所から4日ほど離れた王都まで流されてきたらしい。

川から上がって、少しだけ休むことにする。
身体が鉛のように重たくて、立ち上がるのもかなりキツイ。

王都テジンケリを見渡すと、まだ無事だった。
何カ所か火の手が上がっているが、戦火ではなく暴動によるものだと思う。
西側の正門近くで休んでいるが、自分以外には誰も西門に人影はない。

無理もない。
こちら側はレッドテラ帝国が、進軍してくる方向である。
逃げるなら北、東、南の門のいずれかからだろう。

自分もはやく逃げなきゃ。
でもその前に……。

育った孤児院へ向かう。
できれば一緒に避難しようと考えていた。
だが、孤児院はすでにもぬけの殻となっていた。

良かった。
安全な場所へ避難してくれたなら、それでいいや。

さて、自分はどこへ逃げよう?
このキサ国は、アルヴニカ大陸のほぼ中央に位置している。

西にレッドテラ帝国、北には庇護を受けていたキューロビア連邦がある。
正直、この2国はない。
敵国とその敵国へキサ王国を売ったも同然の国。
この両国に避難したら、どんな目に遭うかわからない。

行くとするなら、東のホン皇国か南のジューヴォ共和国。
だけど、どちらもキサ王国と交易がほとんどない。
そのため情報がまったくと言っていいほど入ってこない。
ホン皇国は、百年戦役が始まって、いちばん最初に動いた国。
たった数年で今とほとんど変わらない領土に拡がったという。
それが、今日こんにちまで何の動きもないのは、とても不気味だ。

ジューヴォ共和国は専守防衛の国。
他国へ攻めたりせず、ひたすら自国を守るためだけに戦う。
このアルヴニカ大陸には一定数の亜人が住んでいる。
その亜人たちが百年戦役で住むところを追われて逃げた先が大陸の南方。
そして彼ら亜人が集まってできた国と言われているのがジューヴォ共和国。
だから、人族が避難しても冷遇される可能性が高い。

全部ひっくるめて考えると、ジューヴォ共和国がいいかもしれない。
理由は、ただひとつ。
国の指導者が、人族じゃないから・・・・・・
亜人は自分の知る限り好戦的な種族はほとんどいない。
国の方針が不明な人族が治めるホンホンよりは危険が少ない、と考えた。

南側に向かって歩き始めると、城の隣を横切る形になった。
城の中でも暴動が起きたのか……火の手が2カ所から上がっている。

「離しなさい、国を見捨てるわけにはいかないのです!」
「王女様、なりません。はやくしないと追手がきます!?」

王女? 
このキサ王国には王子が2人いるが、たしか王女はいないはずじゃ?

鮮やかな檸檬色の髪に、深く吸い込まれそうになる青い瞳。
王家の脱出通路だったのだろうか、路地裏の井戸から顔を出した少女。

「あの……大丈夫ですか?」
「……」

井戸から彼女を引き上げようと手を差し出した。

トスッ、と自分の眉間に矢が突き刺さる。

え、酷くない? 
片手にミニボウガンを持っていて、躊躇なく撃ってきた。

ってまた、あの戦場に戻る?


──これが、王女との最低、最悪な最初の出会いだった。




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