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人族イーアス編

Chapter 117 捨て駒

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「なあ、なんか霧が濃くないか?」
「ああ、お前の顔もよく見えん」

 トゥーリー連邦軍のヴァルデンで籠城しているロッシ兵たちは、すぐ隣の仲間の顔が見えないくらいの濃く深い霧に困惑していた……。

「こう霧が濃いと、敵がどこから攻めてくるか分からねえんじゃないか?」
「ばーか! 相手だって同じだよ、どっち向いてるのか分からないくらいだからあっちも何もできねえって」

「だけど、前線に出てた連中が全員言ってるぜ? 『化け物がいっぱいいる』って……」
「なあに、他の種族が混じった連合軍なんだ……いくら敵対してるからって、無辜むこに市民の犠牲なんて出せないさ」

「ん? なんだこの音色は?」
 どこからともなく、オカリナの音色が聞こえてくる。

 兵士たちは、いつの間にか意識が混濁していくのを感じた。

(皆サン、マカロニサンノ『スキル』ガ大分、拡ガッテキテマスノデ、南カラ時計マワリニ始メテ下サイ)
(了解)

 深く濃い霧の中で音も無く、迷うことなく行動している者達がいる。それはイーアスやシュンテイ、ミズナ、ロレウといった面々で、『呆けて』立っている兵士たちを見つけては、縄で縛りあげる作業を行っている。その縛り上げたものから、大量のヴァン分身体達が、次々と並んで「引き渡しリレー方式」で、高い塀の上から街の外に放り投げている。

 街の外に放り出された兵士たちは、クルト達、龍人族が受け止めキャッチ、それをウラナの不屈の騎士団やミルフレイア聖王国の神殿騎士、テラフとラキが別動隊となって連れてきた港町テーゼにいた冒険者集団たちが、自軍の中に捕虜として引き立てていく。

(こちらヴァン、ロッシ兵を連れ出し・無効化したので、『』は連邦長邸前に集合)
((((((了解))))))

 イーアスも、ペンネ君の【複数念話】の回線で返事を返した。
 それにしても、不可能かに思われた犠牲者ゼロを本当に実現するとは……。

 昨日、ヴァンから説明を受けた。その名も「霧から始まる愛であなたの心は私のもの☆」……。
 ──なにその作戦名……僕にはちょっと理解できない。

 まず始めにチャイチャイによる、ヴァルデン全体を包む超広範囲に対象者を選べる【幻霧】を掛けてもらい、マカロニの【呪奏カースリサイタル博愛ラブ】で、武器を放棄させ意識を奪い、僕たちが拘束して、ヴァン達が外に運ぶ……。
 
 この時、物音で気づかれないように、かつマカロニの呪奏効果に巻き込まれないように、拘束班は、事前に森の散歩者のヒルメイさんに音の精霊の力を借りたスキル【消音】で、被スキル者の音を遮断を行い、連絡はペンネ君の【複数念話】を通じて連携を取り合い、トゥーリー兵を見逃さないように、ペンネ君の【識眼】の『熱検知』『空間認識』で把握した。

 幸い、ヴァルデンに住む一般市民は街の中の数か所ある広場に集められていたので、こちらの連携が乱れず円滑に隠密作業が|捗(はかど)った。

「嘘だろ……、これってやつらの【スキル】だろ」

 シェケラは、窓の外の霧で真っ白になった光景を見て、蒼ざめる。

「くそっ、あんなが何人も押し寄せてくるなんて、俺一人でどうすりゃいいんだよ!」

 愚痴をこぼしながらも連邦長の屋敷の扉を開けると、霧が大量に建物に流れ込んでくる。
 そのまま外に出て、地面に視線を落とし、なんとか平衡感覚を失わないようにしながら、屋敷の門の前まで歩いていくと「奴ら」が門の前に静かに立っていた。

 そのうちの魔人族の男が、手を挙げ、どこかに合図をすると、いきなり俺様シェケラの頭の中に【念話】で声が流れ込んできた。

(よお、はじめまして、俺の名前はヴァン、お前は涅三部衆の一人で間違いないか?)

 目の前の魔人族の男、こいつが、例のオルズベク皇国の王子……。

(はっ、お前らに名乗るのもなんだが、俺の名前はシェケラ、いかにも涅三部衆の一人よっ)
(それで、どうすんの? 多勢に無勢だけど……、ちなみにこの面子で悪魔王デーモンロード倒しちゃったけど、それでもやるの?)

(悪魔王? なんだそりゃ? ……へへっ、でもまあ、やりたくないってのが本音だが、俺達の『』のためにも、俺一人でも、ここでお前らを足止めしないとな!)
(ははっ馬鹿だなお前? 俺たちがノコノコこんなところに全員固まってると思うのか? もう仲間が中に突入済みさ)

(なっ、馬鹿を言えっ、俺の隙を見て地下になんか行けるか!?)
(簡単なことさ、隠密に長けた仲間がたくさんいるんでな、お前たちの目論見もここまでだ!)

(くそっ、タウめ、なにやってやがる……、『主』を早く召喚しないと……)
(……ふーん、お前たち何か『召喚』しようとしてるんだ……)

(!? 貴様、知らなかったのか?)
(え? だって、最初にソッチが目的がどうこう言い始めたから『合わせて』話したらペラペラしゃべるんだもん)

(……貴様、相当性格が悪いな……)
(有難う、俺にとっては誉め言葉だ)

 シェケラはこれ以上この目の前の悪党ヴァンの誘導尋問に掛からないように黙って、黒い玉を自分の胸に突き刺そうとしたが、体が急に『重く』なり、いつの間にか刺そうした腕に『糸』に巻き付かれて、目の前の人族の少年の左腕の盾から金属の棒のようなものが飛び出し輪っかになって両手、両足を拘束された。

(良かったな、『捨て駒』にされずに済んで)

 魔人族のヴァンにそう言われて、ぎゅっと唇を噛締める。

 そう、薄々は感じていた……、俺様シェケラはタウにとって単なる道具に過ぎないだろうと……。

「おっ、声が出る。そろそろ霧も晴れてきたな……、じゃあ地下室で怪しいことしてる残りの一人をふん縛って『終い』とするか」

「早く行きましょう! 何を召喚しようとしているのかわからないけど、早く取り押さえるのに越したことはないと思います」
 ヴァンが少し悠長に構えているのを見て、ミズナが急ぐよう促し、皆、それに応じる。

 建物の中に入っていき、そのまま隠してあった地下室の入口をマカロニが探し当て、ズカズカと階段を降りていく。

 降りた先は、かなり広い空間があり、ちょうど中央の円陣の中に男が立っていた。

「久しぶりだなー。『タウ』だっけ? あの森で会って以来だな……。ところでまだ『召喚』できてないようじゃん。はい! 残念でしたー。じゃ、とっととお縄についてもらおうか?」

 ヴァンがそう言うと男は、ニタリと笑みを返す。

「ふふっ、もう『』ましたよ……、今頃外では大騒ぎになっているでしょう」

(皆サン! 大変デス! 今、空ニアル衛星「」から黒イ流レ星ガ降ッテキテルヨー)

 すぐに外の異変が、ペンネの複数念話で突入班に情報として行き渡った。
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