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人族イーアス編

Chapter 099 七人目

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 巨大な像の高さは十メートルくらいはあると思う。手には、巨大な像と同じくらいの長さの棒を持っている。巨大像は完全に僕を照準に定め、こちらにゆっくりと向かってくる。

 岩で出来た相手にはコンとキューのスキルは効果は無いかもしくは極めて薄いかのどちらか。二匹に離れて待機するよう伝える。

 今、壁を背にしているが、後ろが壁だと身動きが取りにくいか? 
 いや、そうじゃない……。

 巨大な像が手に持っている棒で突きを放ってくる──。そう、突く・・しかないのだ。

 開けた場所だと長い棒を持っている巨大像は、振り下ろしや横に薙ぐこともできるが、小さい相手が壁の隅に立たれると、直線的な攻撃しかできなくなる……。

 僕は突きを横に跳んでかわすが、すぐに懐には潜らず様子をみる。巨大像は何度も何度も、同じ動作でひたすら突きを繰り返してくる。

 ……心配しすぎだったかな?

 次の突きが来たら、かわして懐に潜りこみ、戦斧を巨大像の脛の部分に叩き込もうと戦斧を少し後ろに引く構えをみせた。

 巨大像は急に突きの動作をやめて、少し後ろに退がり棒を横にし、地面に引っかけるように巨大な棒を強振する。

『ドゴォ!』──棒が地面に当たった衝撃で地面が抉れ、大量の岩塊が僕に向かって飛来してくる。小盾タルミンと戦斧を横にして受けるものの、すべてを防ぎきれず体に数か所、岩が被弾し呻き声をあげる。

 動きの鈍った僕に巨大像は振り切った棒を返すようにもう一度、横薙ぎで急襲する。巨大な棒が僕を捉えると、そのまま左手の数十メートル先の壁に吹き飛び激突した。

「かはッ!?」

 巨大な棒の直撃は、小盾タルミンを前に出して受けたものの、圧倒的な質量差に堪えられるはずもなく吹き飛び、身体中を強打した。すぐに吐血して汚れた口のまま回復薬を飲み込むと、全身を襲っていた激痛が和らぎ、身体がまた動くようになる。今度は、小細工無しで真っ直ぐ突きが伸びてきたので、巨大な棒をギリギリで躱して潜り込もうとしたら、またも蹴り飛ばされ、再び壁に激突した。

 くそっ、棒の攻撃を搔い潜ろうとしても吹き飛ばされる……。それなら……。

 回復薬を再び使った直後、同じ角度で突きがきたので、それを避けて懐に入る動きをみせたら、巨大像は蹴り脚を出す姿勢に移った。

 今だッ!──『ドドォォォン!』

 懐に潜り込むと見せかけて途中で前に進むのを止め、巨大像の腹に向けて左腕を前に出し、小盾で三発の想力弾を立て続けに「砲撃」する。腹に命中し、巨大像がうずくまり、頭が下がる。

「おおおおおおおッ!」

 僕は掛け声をあげながら戦斧をフルスイングし、地面にほど近い巨大像の頬に目がけて叩き込んだ。

『バギィッ』──鈍い音がして、戦斧が折れた……。巨大像の頭は、戦斧の一撃で横に流れるものの、すぐにその動きを止めて立ち上がる。

「……」

 タルミンのあの強力な砲撃も大して効かず、全力の一撃も効いていない……。おまけに戦斧が壊れてしまったので、まだ使いこなせていない広厚剣テイルを鞘から抜き放つ。手に持っている広厚剣は僕の必死の期待を拒むかのようにずっしりと重く、両腕に絶えず負荷をかけ続けてくる。

 絶望的だ……。決定打が僕には無い。

 回復薬があるからすぐには死なないだろう……。でも、じりじりと減り続け、回復薬が尽きたときに僕に死が訪れる……。

『ドガァッ!』──巨大な棒に横殴りにされて、体が面白いぐらい勢いよく吹き飛び壁に衝突する。

(身体中が痛い)……。
 耳が水中にでもいるかのように音がぼやけて聞こえる……。

(怖い)……。
 人知れずこんなところで、独り誰にも看取られることなく死んでいくなんてイヤだ……。

(辛い)……。
 なぜ、僕はこんな仕打ちを受けているんだろう? 

 英雄になりたかった? でも所詮は田舎の村で育ったどこにでもいる夢見る若者。分不相応だ……。

 そもそも、僕はなんで英雄に憧れる様になった? こんな酷い目に遭ってまで……。

 育ったあの村を出なければ、村の幼馴染のあの娘にちゃんと好意を伝えて、二人で幸せに暮らせたんじゃないだろうか?


 いや……。

 親の顔も知らない孤児院で本当の愛情も知らずに育った僕が、誰かを愛し守れると思えていたんだろう? そして、僕はどうしてあんな「高いところ」に立っている人達のところに、この手を伸ばそうとしたんだろう……。






 忘れちゃったの……?

 自分の意志、願い、夢を?

(夢を見ることは悪いことなの?) 
 誰だって夢をみて、それに向かうか向かわないか……。
 道半ばにして諦めるか諦めないか……。
 違う夢を見つけて忘れるか……。
 だけど夢を見ること自体は決して悪いことじゃない。

(僕はとても幸せ者だ……)
 シスター・マリアに常に慈しみをもって、温かく大切に育てられた。
 一緒に育った子達も家族同然で兄弟姉妹がたくさんいるようなものだ。
 決して愛情を知らない訳じゃない。

 最初は赤星アレンに出会って、それで誰かを守れる強さに憧れ、彼の近くにいくことを夢見た……。
 本当にそれだけでよかった。

 でも、今はヴァン達に出会って、本当の仲間の意味を知った……。
 僕は一人じゃないし、仲間の皆も一人になんてさせやしない。

 間違っているかもしれない……。
 他人から見れば、なんて荒唐無稽で、おとぎ話のようなことを口にしているのだと、呆られるのかもしれない。

 それでも……たとえ、そうだとしても……。

 赤星アレンのようにどんな理不尽な出来事も跳ね返し、仲間も、故郷の村も、この世界だって守れる……厳かにただただ自分の信じる『正しさ』を実行できる男になりたい⁉

 僕の想いが「留め金・・・」を外すと、身体中にもの凄い力が沸き上がってくるのを感じた。
 頭の中に響く「天使様の声」を聞き、これまで僕が村を出てから幾重にも積み重なっていた謎が次々に氷解していく。

 右手の甲を見ると〝しるし〟が刻まれ淡く光を帯びている。

 ☆

 自分の手をまじまじと見ているイーアスに、止めを刺そうと巨大像は手に持つ棒を上段に構えて、この守るべき場所を脅かす小さな存在を排除しようと棒を叩き落とし地面の岩が弾け飛ぶが、捉えた感触がない……。
 見るといつの間にかすぐ足元まで来ているのをみて巨大像は、すかさず蹴り飛ばそうとすると蹴り脚を出したが「切断」された。

 バランスを崩して倒れた巨大像は、再び起き上がろうとしたところを、イーアスの持つ剣で首を刎ね飛ばされて動きがとまり、やがて体がバラバラと崩れ落ち、後には岩塊が残った。


 ──これが、ヴァンやチャイチャイさん達が至った強さの秘密。

 あれほどの激闘の後なのに不思議と気分はすっきりしていて、心は穏やかで感情に波ひとつない。

 イーアスは感慨に耽りながら他の人たちが、この八階へと続く道を探し当てるまでコンやキューの二匹を伴ってここで待機することにした。
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