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人族イーアス編

Chapter 079 怖くないったら怖くない!

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「おーーほっほっほっ!」

 出た。

「そんなに怖いのかしら? 普段『キャー、ナイン様―』とか、言われてる癖に」
「くっ!」

 また、始まってしまった……不毛でムダな争いが……。今日も今日とて、訓練のため『依頼の借用』をしに冒険者ギルドに立ち寄ったところ、ナインと同じクレアの騎士クリシュナが、ナインに依頼票をまるで挑戦状のようにテーブルに叩きつけた。

 最初は、面倒くさそうにしながらも「来るなら叩きつぶす」という姿勢を見せていたナインだったが、その依頼票に目を通すと明らかに嫌そうな顔になり、その表情を見逃さなかったクリシュナが断れないように煽り立てる。

 どれどれと依頼票をみると「廃屋となった館の怪異目撃情報による調査」と書かれている。

 怪異、なんだろう? 魔物とは違うのかな?

「いいだろう……その挑戦、受けた」

 ナインが嫌々ながら了承し、またもやクリシュナ達と競争することになった。

 ★

 陽が沈み切った頃、怪異が目撃されたという、町外れの館に到着する。なぜ夜に来たかというと、数件の目撃情報はすべて夜だからとのことだった。

「それじゃあ下僕たち、貴方たちから先に入りなさい」

 おや? クリシュナがボクらに命令しているが、ひょっとして……。

 ナインの表情はうつむき加減でよく見えないが、スタスタと中に入っていく。遅れないようについていくと、把手の無い両扉を押すと内側に「ギギィィ」と音を立てながら開く。

 中に入ると大広間があり、右側に二階に登っていく階段がある。確か目撃情報だと、外から見たときに二階に赤い光るものが、ユラユラと揺れていた、と。

 ミシミシと音を立てる階段、階段の踊り場には壁に男性の肖像画がある。この館の元の主だろうか? いつの間にかボクが先頭を歩いており、ベッキー、ドリヤン、ナインと続く。ボクが階段を上がり切るかという時に「キャッ」と後ろで声がしたので、振り返るとナインがドリヤンにしがみついて、肖像画を指差している。

「目が光った!?」

 怖さのあまり、見間違えたのかな? それにしても「キャッ」ってかわいい反応をした……。

 二階に上がったあと、問題の外から見える部屋に到着する。鍵が掛かっている。どうしよう? 鍵開けのスキルを誰も持っていない。

「あー?、なにやってんだよ『雑草』こうすればいいだろ!」

 ドリヤンが扉を蹴り破った。かなり痛んでいて、金具のところが腐れて接地部分から剥がれて扉ごと部屋に向かって倒れ込む。

 慎重に中に足を踏み入れたが、特にこれといったおかしな点は、なかった……いや、なんだこれは? 見ると、壁側に置かれた寝台ベッドの入口側から死角になっている部分に人が通れるくらいの穴が開いている。

 穴をのぞき込むと、隣の部屋に繋がっており、気になったので隣の部屋に回り込んで見てみると、先ほどの部屋と同じようにまた別の部屋へ通じる穴が開いている。

 なにこれ?

 先ほどの窓がある部屋に戻って調べたが、穴以外は何も見当たらない。そのまま、部屋を物色していると。

「ギョエエェェェェェェェ!」

 館の下の方で、変な声の叫び声が聞こえたので、慌てて向かう。階段を下りてみると大広間でクリシュナが一人、腰を抜かして、へたり込んでいる。

「他の三人はどうしたんですか?」

 イーアスが質問するとクリシュナは「私を置いて逃げたわ」と答え、「それよりも」と大広間の奥の方を指差す。クリシュナが指差した方向を目で追うと、視界にスッと何かが動き、すぐそばの像の後ろに隠れた。

 両手斧を構えて、正面から近づく。ボクの左右後方にベッキーとドリヤンが広がり、スキルを放つ体勢を作る。近づいてみると、二階にあった例の穴が開いていた。

「イーアス本当に中に入るのか?」
「うん、ちゃんと確かめないと依頼達成にならないしね」

 それに頼みの綱のはずの『クレアの騎士』は二人とも後ろでまだ怖がっているし……。

 イーアスは、かさ張る皮鎧を脱ぎ、松明と、自分の小刀ナイフとベッキーからもう一本、小刀を借りて開いている穴に自分の体を捻じ込んでいく。

 ギリギリ何とか通れた。 松明で照らすと少し屈んで歩けるくらいの狭いほら穴になっており、緩やかに下に降っている。ほら穴は真っすぐではなく、右に左にと、くねくねとうねりながら続いており、なにやらキュッキュッと音がする……鳴き声?

 狭いほら穴を抜けると広いところに出た。先ほどの鳴き声のようなものが、そこかしこで聞こえてくる。

 一斉に無数の赤い目が光る。囲まれている⁉ ゆっくりと入ってきたほら穴の壁に松明を倒れないようにおく。

 松明を置き終わったと同時に飛び掛かってきたものを蹴りで吹き飛ばす。見えた! イーアスを囲んでいるのは、大鼠ラージラットで、れっきとした魔物だ。

 暗い洞窟などに生息しており、群れでいることが多いと授業で習った。大鼠は一斉に襲い掛かってきて、両手に持っている小刀ナイフを振り回し、牽制しながら一体づつ倒していく。

 以前、野外専門店で自分で選んだ小刀はかなり分厚く刃渡りも長いので、斬りつけるにしても刺し抜くにしても、ほぼ一撃で仕留められるが、ベッキーから借りた小刀は一回り小さく、あくまで補助的な役割として使用する。

 十匹くらい倒したところで、大鼠ラージラットは、奥の方へ逃げていった。ひとりなうえ、装備も不十分。深追いは禁物だ……。

 ボクは地面に落ちた透明な色見石カラーストーンを回収したあと、このほら穴から撤退した。穴から僕が出てくると、ベッキーはほっとした表情を見せてくれる。その場で、中の状況を説明すると、急にナインとクリシュナが元気になる。

「なんだ、大鼠ラージラットの仕業だったか」
「何しているのよ下僕さん。早く残りの大鼠も始末してきなさい」

 今回の目的はあくまでも『怪異の原因調査』なので、無理はしない。

「クリシュナ、やりたければ、おひとりでどうぞ」
「キィィィ、この雌ゴリラと下等生物ども、覚えてらっしゃい」

 ナインがそう言うと、クリシュナは自分では何かするわけではなく、さっさと館を出て行った。ナインがあることを、思い出す。

「そうか、階段の肖像画、目が光ったように見えたのは、大鼠が壁の後ろからここを見てたのか!」

 ああ、なるほどー。肖像画の目の部分だけがくり貫かれていて、そこから大鼠ラージラットが自分達を見ていた。と、ふむふむ。階段の踊り場に上がって、肖像画を確かめてみると、穴などどこにも開いていない……。

「じゃ、じゃあ、大鼠が原因だったという事で、皆、帰りましょう!」
「う……うん、そうだね、早く帰ろう」

 何ごとも無かったかのようにボクらは振る舞い、そそくさと館を出て、駆け足ダッシュで館をあとにした。
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