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人族イーアス編

Chapter 071 報復

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 自由国オルオの首都マイティーロールに着いた。城門はあるものの、門番とか特に立っていない。自由に行き来ができる。

 当然、悪人もたくさんこの街に入り込んでくるだろうが、それもまた自由という気風に街全体が包まれている。城門をくぐり、道を尋ねて寄り道することなく、まっすぐ騎士団養成所を目指す。

 養成所の建物の扉をノックすると、少しだけ扉が開き、中から女性が片目だけ覗かせる。騎士団養成所に入りたいことを説明すると、ガチャンとそのまま扉を閉められた。

(え? 閉められちゃった……)

 もう一度ノックしたものの扉が開くことはなかった。しばらくどうしようかとその場で悩んだが、このままでは埒があかないので、〝擬木魔〟フェイクアッシュを倒したときにドロップした緑色の石を冒険者ギルドに持ち込み換金し、数日分の食事代と宿代を確保する。

 換金のついでに、騎士団の養成所に入れなかったことを話してみると「当たり前でしょ」と告げられた。
 なんでも騎士団の養成所は、大層な寄付金を用意し財力に物をいわす方法の他、冒険者ギルドで冒険者として登録して冒険者等級を一定まで上げ功績を評価してもらうか、兵士練兵所で訓練兵として住み込みで働き、優秀な成績者に与えられる推薦状をもらうかの三つしかないとのことだった。

 ボクの選択肢としては冒険者になり、冒険者等級をあげていく道もあった。だけどこれまでしっかりとした戦闘訓練を受けたことが無かったため、腕を磨きながら住み込みで働きつつ、給金ももらえる兵士練兵所に行くことに決めた。

 兵士練兵所に着くと、特に素性の確認とか何も質問されることなく、そのまま部屋をあてがわれ装備品一式の支給を受ける。部屋に案内してくれた人の説明によると一日に数時間、訓練を受けながら、正規兵の労役補助を行なうことになるとのことで、食事と寝床付き、週に二日休みがあり、休日は副業で冒険者をやったりしても構わないそうだ。

 説明を受けたあと、さっそく練兵に加わり、支給された練習用の刃の潰れた剣で素振りをする。

「へへっ、お前新入りだろ? 俺が相手してやるよ」

 素振りを終え、対戦形式での練習の時間になると二十代前半くらいの青年が声をかけてきたので了承し、相手をしてもらうといきなり激しい打ち込みをしてくる。

「オラオラどうしたよ? そんなんじゃ立派な兵士になれないぜ?」

 周囲に目をやると、ここまで激しく打ち込んでいる組は見当たらない。これはもしかして、新人いびり? 好き放題に振り回してくる剣を受け続けていると、不意に鳩尾に蹴りが入りその場でうずくまる。

「へへっ、蹴りが無いなんて誰も言ってないぜっ、早く立ち上がれよ?」

 よろよろと腹を片手で抑えながら立ち上がったところに再び青年が襲い掛かろうと剣を上段に構えていると。

「おい、そこ、何をしている!?」

 教導員がこちらの異変に気付き注意する。

「ちっ」

 青年は舌打ちし、指導員に向かって「コイツが勝手に転んだんです」と言い訳を始めた。

「じゃあ今日はここまで!」

 教導員がそういうと皆、ばらばらと練兵所の横にある食堂に移動し始める。

「おいオマエ、明日も俺と対戦だからな、逃げるなよ?」

 青年はニヤニヤしながら、イーアスの肩に腕を回し脅してきた。食堂で夕食を済まし、夜警の巡回任務についたが、正規の兵士二人に練習生二人で、もうひとりの練習生はあの青年だ……。

「今から、この店の『立ち寄り』をしてくるからお前たちは店の前で待機しておくように」

 正規兵二人がお店の中に入っていくと、腰を低くしていた青年が急に態度を変える。

「あー、かったりぃー……オマエ、向かいの店に『立ち寄り』してこいよ?」
「えっ? 立ち寄りは正規兵の人がやるんじゃないんですか?」
「うるせえ、田舎者、とっとと行ってこい!?」

 青年に怒鳴られ、渋々、向かいの店の中に入ろうとすると、入口のそばに座っていた男が立ち上がり、手で制止してきた。

「兵士さん、『今日は』立ち寄る日じゃないぜ? 知ってるだろ?」

 何を言われているのか、わからない……。振り返ると、道向かいにいる青年は明後日の方向を見て知らないフリをしている。男は振り返って、どうしたらいいのかわからず立ち尽くしているイーアスを見て、何かを察したようだ。

「兵士さんアンタ新人だな? あの男に『担がれてる』んだよ、田舎から出てきたのかい? アンタみたいな田舎者のお人好しは、散々食いものにされちまうぜ」

 男は言葉を続ける。

「この町の絶対的な決まりルールを教えてやるよ──『やられたらやり返せ』、だ。せいぜい自分の身は自分で守るんだな」

 男に話を聞いているうちに、二人の正規兵がお店から出てきた。その日は十数件回って、夜警の巡回が終わった。翌日、練兵の対戦練習の時間になると例の青年が近づいてくる。

「へへっ、分かってるだろうな? 今日も俺と対戦だぜっ」
「うん、わかってるよ」

 やけに聞き分けの良い、イーアスに青年は少し訝し気な表情を浮かべるが、教導員の開始の合図とともに、口元を歪めて襲い掛かってきた。

『バキッ、ビシッ、ビシッ』──「ちょっ、ちょっと待て、『ぐへ!?』」

 最初の一撃で青年の持っていた剣を力任せに吹き飛ばし、手加減はしているものの打ち据えていく。

「ごめんなさい『ぐへ!?』、もう二度と『ぐへ!?』、しません」

 イーアスは「ヒィィーーーーッ」と怯えて屈んだ青年の横に座り肩に腕を回す。

「もう僕に付きまとわないで、ね?」

 青年は怯えながらコクコクと頷いている。

『やられたらやりかえす』──。皆、兄弟のように仲睦まじく育った孤児院では教わらなかった、都会は怖い……。そんな考え方に染まるようで嫌だけど、背に腹は変えられない。

 翌日になると、あの青年は練兵所からいなくなっていた。

(ちょっと、やりすぎたかな?)

 一か月が経ったころ、素振り中に教導員から呼ばれ、練兵長の部屋に行くように指示される。

「入れ」

 練兵長の部屋をノックすると、中から返事があった。中に入ると長い髭を生やした男が座っている。

「お前がここに来てから一か月か……実技の訓練では教導員でも、もうお前には敵わないそうだな?」

 一週間前くらいに対戦形式の訓練で皆、イーアスと対戦するのを嫌がって、仕方なく教導員が胸を貸してやろうと名乗り上げたが、その教導員にあっさり勝ってしまった。

「あと兵士たちから苦情が何度も来ている。お前夜警の巡回の時、いろいろと意見するらしいな?」

 夜警の巡回の時に『立ち寄り所』で、お店で金品を受け取っているのを見て、間違っていると意見したそうで、それから正規兵たちは明らかにイーアスを煙たがり夜警に連れて行かなくなった。

「お前の実力なら正規兵にすぐになれるだろう? だが、すぐにやめることになる……。お前はなぜここにいるんだ?」

 騎士団養成所の推薦の説明をすると練兵長は納得した。

「なんだ、それを早く言わないか! お前には十分その素質がある。すぐに手配してやるから、ちょっと待ってろ」

 練兵長はすぐに書簡を作成・押印し、イーアスに手渡す。

「頑張れ!」
「はい! 有難うございました」

 練兵長にお礼を伝え、部屋の荷物をまとめて、練兵所を後にした。
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