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第2部 第1章 現実世界との境界線

第55話 ゲームのすすめ

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 オレの名前は、藤野 八景ふじの やかげ23歳……。
 歳の数だけ彼女がおらず、友人といえる友人もほとんどいない。自他ともに陰キャだと認めるいたって普通の社会人だ。

 運動神経も勉強も特別できる訳でもなく、顔の出来映えも平凡の極致といえる父と母譲りでどこにでもいる普通な顔面構造ツラがまえをしている。

 職業は、地方の大型小売店の販売担当として勤めていて、まだ1年目とあって、働いていると自覚が乏しいと感じる時がある。

 職場の人間関係は、人類が二度・・世界感染爆発パンデミックを経たことから、チャットボットや映像表示発信機器デジタルサイネージの有人部門の導入、生配信商法ライブコマースの普及が進んだお陰で自宅から対人接客が可能な職場なので、職場にほとんど顔を出さないためか、あまり人間関係に気疲れしたりしたことはない。

 AIドローン配送と集合住宅用の各部屋宅配サービスもここ10年で充実したことから、下手したら1週間以上、外出しないこともあったりする。

 そうなってくると、出会いがいっさい無い。一昔まで流行っていたマッチングアプリも今では、ディープフェイク技術による詐欺が横行し、犯罪の温床となったことから、時代に逆行して、完全に廃れてしまっている。

 出会いが皆無ともいえる現状だが、想い人がいることは、いる。
 名取 怜なとり れいさん。ふたつ年上で、同じ職場の女性……本人と実際会ったことはないが、会社の定例会などで、画面の向こうに映る彼女の顔や、透き通る声を聞くだけで、仕事で疲れた心を温かく満たしてくれる。

 あんまり家に籠るのもカラダに悪いので、月額数千円とリーズナブルな近所のジムに通っている。そこは無人だが、24時間365日営業している。フィットネスができる上に、運動できる個室「e-BOX」で水流による小プールでの遠泳や、マラソン、サイクリングはもちろん、アーチェリー、ゴルフ、海外の街並み探索といった体験もできる。

 運動が終わり、ジムから出た矢先に名取さんと会えたのは、運命ではないか? と感じた。

 向こうも、オレが見習い期間中に何度か画面越しに話をしているので、気が付いてくれた。

「藤野さん、ですよね?」
「あ、はい、こんばんは」

 マジか……ヤバい、ドキドキしてきた。どうする? そのまま会釈だけして終わるか?

「この辺に住んでるんですか?」
「はい、少し離れてますけど」

 おっと、結構、ご近所さんだった。家を聞くのは失礼かもと思ったが、会話をどう続けていいのかわからないオレは自分の持てる話題ネタを出すことでしか彼女との会話が途切れない方法を見出せなかった。

「今、お帰りですか?」
「ええ、はい……いえ、ヒマなのでこれから散歩でもしようかな~って」

 もちろん、嘘である。運動も終わったので、さっさと家に帰って、風呂入って、ひまわりの種をさかなにビールでも飲もうかと思っていた。

「近くに知り合いの店があるんですけど、夕飯って召し上がりましたか?」
「あ、いえ、そうそう、散歩しながら何か食べようかなー? なんて思ってました」

 もし良ければ、と名取さんと夕飯を食べに行くことになった。
 あれ? ちょっと調子が良すぎだな? なんか不運なことでも起きなければいいが……んなわけないかw

 大通りから折れてしばらく歩くと公園があり、その向かいにひっそりと佇むダイニングバーがある。小さな看板には仔猫が描かれており、淡い昼光色のライトが縁取っているが、存在感は極力抑えた洒落しゃれた店といえる店構えをしている。

 店内に入ると、カジュアルなウェイター姿のちょび髭を生やした若い男が席へ案内する。

 このひとが知り合いか。てっきり女性かと思っていたが……。

「怜が男のひとを連れてくるなんて珍しいね」
「いいじゃん、同じ職場の藤野さん、こちらが綾瀬晴人でこの店のオーナー」
「どうも、藤野といいます。名取さんには色々と指導してもらっています」
「綾瀬です。ゆっくりしていってください」

 大人って感じだな……オレと違って、スポーツとかアウトドア系の趣味を持っていそう。体格もガッシリしていて、日焼けがよく似合っている。あんまり横に並びたくないな。こんな人とは……。

 注文は、名取さんが苦手なものが無ければ、おまかせが良いと言うので、お願いした。
 がっつりとは言わないが、サラダから始まり、フライドフィッシュを中心とした魚料理を女性が無理ない程度の量で運ばれてきて、最後にデザートがテーブルを飾った。

「へぇ~名取さん、ゲームをやるんですか?」
「怜でいいよ。あと敬語は禁止」
「はい……いや、うん、わかった」

 食事と一緒に赤ワインをボルドーグラスで、2杯満たしたので、ほろ酔いになった名取さんは口調が最初と違ってずいぶんと砕けてきた。まあ、オレも堅苦しいのは好まないので、助かるが……。

 怜は、昨年末あたりから世界中で人気になっている〝The Blackザ・ブラック Box・ボックス〟というハード機器の〝Unseenアンシーン World・ワールド Onlineオンライン〟というゲームにハマっているそうで、面白いからやってみてはどうかとオレに勧めてきた。

 うん、まあやってもいいけど、怜はオレのこと知らずにゲームを勧めているんだよな?

 オレは「元」プロゲーマーだから、神ゲーだろうが、クソゲーだろうが、攻略クリアは難しくないと思うけど?

 次の日、休日なので、「The Black Box」と「Unseen World Online」がセットで売られていたので、手に入れた。家に帰りさっそく1時間の急速充電を経て、部屋のプロジェクター用壁紙に投影し、黒い筐体に手をかざす……。

 彼女がのめり込んでいるゲームははたしてオレのこれまで培ったプロゲーマーとしてのゲーム経歴に影響を与えることができるのか? 多少の期待と、クソゲーでもやり抜く覚悟を同時に抱きながら、ゲームを開始した。




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