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最終話

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「コアがない……」
「お父さん、どういうこと?」

 一郎は、ジャマルがいるところにダンジョンコアがあると考えていた。
 通常、ダンジョンコアは外にあるもの。あれだけ巨大なダンジョンゲートを生み出すためコアなら相対的に大きいはずだが、巨大なダンジョンの近くにそれらしきものはなかった。そのため、内側にコアがないと説明がつかない。

 時間的にあとどれくらいの猶予があるのかはジャマルを消した今、確認する術がない。

「亜理紗のお父さん、あれは関係ないですか?」

 来間鬨人が指差したのは真上。カゴのようなものがぶら下がっていた、
 一郎はすぐにカゴの上に登ると、ノートパソコンサイズの端末とその端末に挿さっている宝石くらいの小さなダンジョンコアを見つけた。

「これで良し。亜理紗よく聞いてくれ」

 すぐさま端末で準備を終えた一郎は、コアの挿さった端末を抱えたまま下へ飛び降りた。急いで亜理紗へ事情を説明する。

 ダンジョンは内側から・・・・クローズド処理をする必要がある。そのため誰かがここに・・・・・・残る・・必要がある、と。

 そばには帰還用の小ぶりのゲートがすでに出現している。鬨人へ合図して呆けている亜理紗をゲートへと案内してもらう。

「──ぃゃ、お父さん、どうしてっ!?」

 亜理紗は鬨人の手を振りほどいて、一郎の胸に顔を埋める。

「亜理紗、誰かが残らないと世界が消えてしまうんだ」
「それはさっき聞いた。でも世界と私たち家族のどっちが大事なの!?」
「もちろん、亜理紗と百合子が大事だよ。でもね……」

 亜理紗にとても当たり前な話をした。田中家のような家族が世界には数億とあることを……。

「父さんは亜理紗とお母さんに生き残って欲しいんだ」
「なんでお父さんが犠牲にならなきゃならないの?」

 亜理紗だって本当はわかっている。ただ、急なので心の準備ができていないだけ。

「犠牲になるつもりはないよ。お母さんにいつか必ず戻ると伝えて」
「約束してくれる?」
「ああ、もちろん約束だ。亜理紗と約束して破ったことはあるかい?」

 最後に嘘をついてしまった。
 でも、この小さな嘘で、娘が救われるなら一郎は喜んで大噓つきにでもなれる。

 鬨人に目配せして、もう一度亜理紗の手を引いてもらい、ふたりはゲートの向こうへと消えていった。

 一郎は、亜理紗の姿を最後まで笑顔で見届けた後、すぐに端末を操作し始めた。

「亜理紗、どうか幸せに……」




















 海ランタンでの事件から1週間が経った。
 亜理紗はこれまで通り、普通に中学校へ通っている。

 世界中に現れたダンジョン世界の怪物の群れはダンジョンの内側から閉めたお陰で、途端に消えてしまったそうだ。それでもたった数分で100万人以上の死傷者が出た。もし、ダンジョンとこの世界が完全につながってしまっていたら、この世は本当に滅んでいたかもしれない。

 麗音と雷汰は雑居ビルでの事件の記憶だけだったので、父一郎の所属する組織によって記憶を消去された。そのため、あの夜の事件のことは何も覚えていない。

 ただ亜理紗と鬨人は世界の滅亡にかかわる大事件に深く関わってしまい、すべての記憶を消去するのが困難だと判断した組織は、亜理紗と鬨人に一切口外しないようにと約束を強要してきて素直に応じた。

 ひとつ気がかりなのは仁科華。
 彼女は救急車に乗せられているところを父の同僚、年下かと思ったらずっと年上だった成底凪さんに命を救ってもらった。だが、凪さんが海ランタンで、テロリスト達と戦闘を繰り広げている間に近くのベンチに手錠でつないでおいたところ、壊された手錠だけが残され、姿をくらましたとのことだった。
 彼女は父の組織が根回ししたのか、国家転覆を目論んだ凶悪班として国際指名手配された。たとえどこかで生き延びていようとも、もう2度、安眠できる夜は来ないだろう。
 
 まあ、暗い話は横に置いておくとして、昨日、鬨人に告白された。
 吊り橋効果というものかもしれないが、あの大事件を一緒に乗り切ったし、考えてみると親友の麗音と同じくらい亜理紗のことをずっと気にかけてくれていた。危ない目に遭った時も何度となく助けてくれた。そんな鬨人への返事は……。

「数年待って、お互い気が変わらなかったら付き合おう?」

 亜理紗の返事に気を落とすかと思ったら鬨人は意外と喜んでいた。
 お互い気持ちが変わらないというのは、現時点で互いに好意を寄せあっているという意味だとすごくポジティブに捉えてくれたみたい。

 煮え切らない返事だと亜理紗自身は思ってしまうのだが、これには深い理由がある。

 小さい頃から父、一郎に男性には上辺を取り繕うのがとても上手な者がいると教えられてきた。ゆっくり時間をかけて理想の男性かを見極めなさい、と話している父をみる度に母は「亜理紗が婚期を逃したらどうするの?」と叱っていた。

 まあ、そうは言っても高校生になって互いに気持ちが変わらなければ付き合ってみたいと亜理紗は考えている。

「今日、久しぶりに配信やらね?」

 小路 雷汰こみち らいだは相変わらずのお調子者だ。
 世界中に存在していたはずのすべてのダンジョンが消えてしまい、現在ダンジョンでの配信はできなくなっている。彼が話しているのは、VRゲーム。しかし、あの圧倒的没入感で人々を虜にしていたダンジョンからしたら、視覚と聴覚だけのゲームは魅力に乏しかった。

 それでもみんなで集まってなにかをするにはいい口実だと思う。
 ダンジョン配信アプリ「Stream Of Dungeon」はもう使えないので、普通のSNSの配信機能を利用する。亜理紗自身が一時期話題の人になったせいか、SNSのフォロワー数は1万人を超えている。フォロワーが激減してしまった雷汰からしたら一緒にプレイするだけで旨味があるのだと思う。

 ゲーム自体は全員持っているので、18時にゲームの中にある4人で作ったギルドで待ち合わせすることになった。いつものように母、百合子は夜勤で家には誰もいない。亜理紗はマンションの自分の家のドアを開けると男物の靴が2足並んでいた。

「お父さんっ!?」
「やあ亜理紗ちゃん、お邪魔してます」
「元気そうじゃん」

 リビングの引き戸タイプの扉を思い切り開けて父を呼んだ。
 だが、そこにいたのは父の職場の同僚佐々木さんと、豪華客船まで亜理紗を誘拐した男。名前は飯塚という名前だが、図々しくもリビングで寛いでいた。彼らは父、一郎がいなくなった・・・・・・あの日・・・から、3日に1回のペースで田中家へ足を運んでいる。母、百合子が家にあげて亜理紗が帰ってくるまで待ってもらってたんだと思う。

「あの……私、特になにも話すことはありませんけど」
「はい、これプレゼント」

 茶髪の男、飯塚が細長い四角い箱を亜理紗に差し出したので受け取った。

「AIオガ君のコピー」

 オガ君という名前は亜理紗とオガ君しか知らないはずなのにこの薄ら笑いを浮かべている男はどこでその言葉を知ったのか? 箱を開けるとデジタル式の腕時計が入っていた。

 腕時計の横のボタンを押すと、ドット調のロボットの顔が表示された。

「こんにちわ、亜理紗さん」
「はい、こんにちは」

 まったく記憶がない状態。声はオガ君だが、すごく他人行儀。もちろん、一緒にデートした記憶もいっさい残っていないはず。

「あれ? どうしちゃったんだろ……ちょっと待ってください」
 
 亜理紗は、勝手に雨粒のようにぽろぽろと涙が溢れ出てくることに驚き、二人から顔を背け、涙を拭う。彼らからしたら気遣っているつもりだろうけど、亜理紗にはそれがとても胸が締め付けられた。

「あと、もいっこプレゼントがあるんだけど?」
「いえ、お構いなく」

 気を使ってもらうことはありがたい。
 でも今は……今だけはそっとしておいてほしい。

「あっ、プレゼントが来ちゃったし」

 飯塚楼がニヤニヤと笑いながら、リビングの向こうにあるトイレの扉を見る。亜理紗もつられてその方向に目がいった。

 嘘……。

 学校でもいっさい誰もこの話題に触れなかった。たぶん鬨人が事情は説明せずにただそうして欲しいと頼んだのだと思う。亜理紗の中でも思い出さないように一生懸命、努めていた。思い出すと前に進めなくなるから……だから思い出すのも、話すのも禁忌タブーにしていた。

 亜理紗にとって、かけがえのない人物がそこに立っていた。













「ただいま、亜理紗」





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