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第43話

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【ニューヨーク(New York) UTC-4 5:38】

 早朝のセントラルパークを富裕層と見られる婦人の愛犬であるピットブルと散歩していた。ジョギングやウォーキングをしている人たちへピットブルを吠えさせたまま、止めようともしない。行き交う人々は道を変えたり、引き返したり皆、一様に怯えている。犬の名前はバロン。ニューヨーク州ではピットブルは飼育制限があり、公共の場での口輪が義務付けられている彼女は貧しい人々がバロンに怯える様を見たいのでわざと口輪を外したまま散歩を楽しんでいる。

 いつものように愛犬のバロンが吠え出した。
 様子がおかしい? 婦人は、あまりにも狂ったように空に向かって吠える愛犬を不審に思い、犬をなだめながら、ふと空を見上げた。紫色の無数の円形の何か・・が浮かんでいた。彼女は20年以上前に起きた9.11と呼ばれるアメリカ同時多発テロ事件を彷彿とさせる胸騒ぎを覚えた。公園を離れようと愛犬のリードを引く婦人はあまりの手応えのなさに振り向いた。

「なんてことなの……」

 リードの先に繋がれていたはずのピットブルの姿はなく、すこし離れた茂みで、スケールを間違えてしまったような野生の獣の巨大な尻が見えた。

 何かを咀嚼する音。

「バロン!?」

 鷲の翼と上半身、ライオンの下半身をした地球上に存在しない生物が、バロンの下半身が千切れた肉片を咥えたまま、茂みの中から巨大な顔をあげた。

「ちくしょぉぉぉ!」

 婦人は愛犬を喰われて頭に血が上った。
 彼女は重量が500gにも満たない護身用の9mm口径の銃を化け物に向けた。装填している6発を全て吐き出した女性は、その場でへたり込み、彼女のまわりの影を作っている生き物を見上げてつぶやいた。

「これはなにかのジョークなんでしょ?」





【北京 (Beijing)UTC+8 17:41】

 中国国内最大の動物園では、パニックが起きて出口に向かって大勢の人が殺到していた。その中で人の流れに逆らって進むものがいた。

 パンダが好きすぎて毎日、足繫く動物園に通う27歳の青年。
 中でも艾茹アイルーというメスのパンダに恋をしている彼は、上空に浮かぶ円形のゲートらしき異常を認め、艾茹アイルーを守るべくひた走っている。

 艾茹アイルーのいる小屋には裏口がある。普段は関係者しか入れない立ち入り禁止の扉があるが開け放たれていたので、青年は勝手に中へ入っていった。

 小さな鬼?

 緑色の肌をした悪鬼。
 醜悪な面構えで艾茹アイルーをその辺に落ちていた竹を武器にして襲おうと取り囲んでいた。

「哈、呀!」

 飼育員の部屋に大振りのナタがあったので、両手にそれぞれ持って振り回す。
 彼は見た目的にはただの貧相なオタクにしか見えないが、これでも十八般兵器すべてに精通した中国武術の達人だった。

 あっという間に3匹の緑小鬼を倒した青年は上空へ向かって叫んだ。

艾茹アイルーは僕が守る」

 こうして、パンダを守る青年の戦いが始まった。





【パリ (Paris)CEST+2 11:41】

 パリ市内にあるシャルルドゴール広場は観光客に溢れていたが、エトワール凱旋門の頭上に広場と同規模の超巨大なゲートが出現した。

 そんな中で、この混乱に乗じて仕事・・に励むグループがいた。最近では添乗員などがスリに対する知識を与えてしまうので、仕事がしづらかった。だが、非常時である今は盗りたい放題。ほとんどの人間が上空にある巨大な円形ゲートに注意が向いているので、ある女はこの数十秒の間に財布を3つも掠め取ることができた。

 あれは?

 よくみると凱旋門のほぼ真下で、先ほどまで写真撮影をしていたアジア人の一団がいた場所に鞄やら荷物が置きっぱなしになっていた。

 他の子どものスリや若い女性同業者はまだ置き忘れた鞄や荷物の存在に気づいていない。女性はすばやく置き引きしようと動いた。

「上! はやく逃げて!」

 同業の女性が凱旋門の真下へ向かった彼女に気が付いた。
 
 ふん、どうせ美味しい金品ものが落ちていたのに出し抜かれたからホラを吹いているに決まっているわっ!
 
 忠告を無視して、大きな鞄を見つけて、金目になるものをその鞄に詰め始めた。

 その時になって、異様な蒸し暑さに気が付いた。
 凱旋門の影以外に別の動く影がある……。

 女性は凱旋門を見上げると、巨大なドラゴン・・・・と視線が合った気がした。その口には丸く青い球が浮いており、徐々に膨れていくのを女性は見た。

「なんで私だけ……」

 そのセリフが長年スリを働いてきた女性の最期の言葉となった。

 ドラゴンの炎は巨大なレーザー砲のように地面を抉りながら凱旋門を真っ二つにして、青白い光の軌跡がそのまままっすぐ市街地へと続いていき、数瞬遅れて大爆発を引き起こした。





【東京(Tokyo) UTC+9:00 20:43】

「いったいどうなっているのだねッ!?」

 パーヴェルの顔に焦りの色が見えた。

 真時代リオ・エイジへ乗り込み、いかにすばやく多くの領土を確保するかの争いのはず。その過程で第3次世界大戦が起ころうが、地球が滅びようが、向こうの世界に行けたら、知ったことではないと考えていた。

 彼の腕に巻いている大き目の腕時計はスマホのような役割を持っており、リアルタイムに世界中でゲートから魔物が現れ、混乱をきたしているのが映っていた。

 こんなはずではなかった。

 月の民とは、高次元の生物であり、彼らのペットであった人類を地球という箱庭に解き放ち、火という種を分け与えただけで、あとは不干渉を徹してきたはず。

 これまで他の惑星に連なっている衛星と違い、月はそのあまりにも不釣り合いな大きさがNASAや科学者の中では謎とされてきた。

 それもそのはず。
 地球の衛星「月」は中空形状であり、その中は高次元の世界と繋がっている。

 60年以上前から人類は月の異常性について、気が付いていた。月震による地震計のデータ異常、マリウス丘の縦穴など……。アメリカやロシアが盛んに月への調査にこだわった理由がそこにあった。しかし、当時はまさか違う次元へ繋がっているとは想像もしていなかっただろう。パーヴェルもまた元・月の民という鬼前太后、穴穂部間人皇女という日本の飛鳥時代にひとりの人間として生きて朽ちた人物が遺した書物「迦具夜記」を解読したことで「真世界リオ・エイジ」の存在にたどり着けた。

 その書物の中では、核により扉を開いた人類が永遠の生を得る、と著されていた。




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