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第40話
しおりを挟む「多摩川沿いを湾岸に向かって救急車が爆走しちゃってるよー」
飯塚楼が神籬専用の特殊無線で発信した。
亜理紗を乗せた救急車が移動して約5分後。別の救急車が2台、雑居ビルへ到着したことで先ほどの救急車が偽物であったことが判明した。一郎はすこし遅れて亜理紗と同級生、来馬 鬨人が拉致されたことを聞かされた。
一郎はその時、屋上で子役の男ふたりに対して、今回の一斉摘発の対象となっている外国人グループのどこと繋がっているのかを自白させようと脅しをかけている最中だった。
他の者に任せて急いでビルの下へ降りている間に黒縁眼鏡に搭載された無線機能に意外な人物の声が聞こえた。
「私に任せて! 今どこにいるかわからんけど、近くみたい」
「四七亀です。私が運転してますので、ご心配なく」
成底凪とジェームス・シェイカー。
沖縄支部のメンバーで二人とも、とても優秀な人物。
3トンタイプのアルミバンをわざわざ沖縄から運んできたらしい。 その頑丈さもさることながら、1,000馬力に最大トルクが約2,500N・mという、もはや公道を走るF1カーと呼んでも差し支えないモンスターエンジンを積んでいる。
沖縄は日本で唯一、米国のダンジョン庁の裏組織である黒牛ギルドとも技術協力を盛んに行っているため、あのような化け物マシンが生み出されたのだと思う。
一郎が亜理紗救出のために偽装車両を出してもらおうと運転手へ依頼した。だが、運転手はダンジョン庁から派遣されている人間なので、上に確認を取らないと動けないなどと縦割り行政の悪いところを見せられ、内心苛立ちを覚えた。
「こんばんは」
その直後に一郎へ声を掛けてきたのは東日本の怪物、京極梨泉の部下、李 錫永。
「これを使ってください」
李が路側帯に停めてある軽トラックのカバーを外すと見覚えのある乗り物が積まれていた。
ジェットボード。対馬で豪華客船へ乗り込むために使用した近未来の乗り物。最高時速は優に200キロを超えるので、これなら追いつくのは容易なはず。
「どうしてですか?」
「あなたが世界の理を変えうる大事件にかかわっているからです」
こちらから今回は依頼していないのに協力してくれるのか純粋な疑問をぶつけた。それに対して李は戦後日本の黒幕……京極梨泉から預かった伝言があるそうだ。
「御前様からの依頼です」
「手短にお願いします」
「真のダンジョンコアを閉じなさい、です」
李錫永は京極梨泉からそれだけしか聞いておらず、詳しいことまでは把握していないという。だが、彼の想像では、その真のダンジョンコアなるものをクローズド処理しないと最悪、人類という種が地球上から消えてなくなるのではと話した。
亜理紗を救出に向かおうとしているのになぜ世界の命運が絡んでくる? この疑問に対して京極は亜理紗がさらわれた場合、かつて飯塚楼がやろうとしていたように日本のダンジョン対犯罪組織で最も名の知れた厄介な相手、田中一郎の行動を封じようと動くに違いないと予想していたそうだ。一郎への人質として最も有効な人物……娘である亜理紗を混乱を乗じて狙ってくるだろうと予測していたそうだ。
「任務か、家庭か、再び選択を迫られたらどうします?」
同じことを飯塚楼が亜理紗へ問いかけたことがある。
亜理紗は両方という第3の答えを選んだ。李 錫永は娘を完全に人質として奪われた場合、最も質が悪く意地汚い2択を求められる可能性について言及した。そうなりたくないなら今すぐ娘を奪い返せばいい、と彼は言う。
一郎は、李が話したことを肝に銘じて全力で両方を成すためにジェットボードを借りることにした。
「あいッ!? あの救急車、トンネルに入った!」
「ちなみに東京ベイラインのことです」
成底凪はアルミバンの情報通信室の中でモニターを見ながら神籬の無線を通じて状況について報告していた。しかし、説明があまりにも抽象的過ぎて無線を聞いている他の神籬のメンバーは救急車の正確な位置が彼女の話だけでは把握が困難だった。そのため、アルミバンを運転しているジェームス・シェイカーが彼女の説明を逐次、補足している。
「救急車って、あんなに飛ばしていいの?」
「ダメでしょうね。今、軽く150キロは出ています」
アルミバンも覆面パトカー同様、反転式の赤色灯が搭載されている。赤色灯を焚いた救急車とそれを追うトラック。傍からみたらなんともシュールな絵面になっているに違いない。
都内各地で、違法ダンジョンを一斉摘発した影響で都内の一般道路はいまだに大渋滞を引き起こしている。各高速道路も封鎖されていたため、幸い他に車が走っていない。
「飛び移るから横に並んで」
「そんな、無茶な!」
150キロを超えるスピードで動いている乗り物同士の間を飛び移るのは無謀もいいところ。飛んだ瞬間、風の抵抗を受けて、失速して路面に叩きつけられるのは目に見えている。
「なんくるないん、じゃ行ってくる」
アルミバンの左側の扉を開けた先に救急車の運転席がある。
先ほど本部の分析班に最近入った元・凄腕のハッカーから情報をもらっていたが本当に運転席に人が乗っていない。
自動運転なのか遠隔操作なのかはジェームスにはわからない。だがアルミバンをギリギリに寄せても左右にぶれたりしないため、凪にとっては好都合だった。
神籬の装備の中には、靴と手袋に強磁力を発生させるものがある。凪はそれで救急車の運転席付近のドアに貼り付き、窓を破壊して運転席へと侵入した。
「でーじなってる……ブレーキが効かない!」
「子供たちは?」
凪は背が低いため腰を伸ばして目いっぱいブレーキを奥まで踏み込んだが、まったくスピードが落ちる気配がない。エンジンを切ろうと鍵を差しているところに手を伸ばしてもそれらしきものが見当たらない……。
ジェームスに言われて、救急車の後部へ行くと無線で聞いていた情報とだいぶ違っていた。中学生の男女のはず。おまけに女子の方はあの田中一郎の娘だと聞いていた。
しかし。
「早く縄をほどけよ、このウスノロっ!」
男子中学生の姿はなく代わりに冷たくなった男性が寝かされていた。どうみても堅気の人間には見えない。ロープでぐるぐる巻きにされている女子の方は年齢こそ合っているものの、田中一郎の娘にしてはあまりにも下品すぎた。
こちらへ罵声を浴びせ続ける小娘を眺めていた凪はいいことを思いついた。
「いだぁっ! な、なにするのよ、ぎゅぁっ!」
「いじゃーや、ぬーあびとーが?」
あえて方言をキツめにしながら、無限デコピンで教育する。こういう愚か者は体に言い聞かせた方が一番てっとり早い。
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