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第38話

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「くそっ、Z-1A用意……構え!」

 部隊長が実弾の使用を許可した。
 一郎は、最後尾で彼らの行動を見守っていたが、犠牲者が多く出そうなため、前に進み出た。

「私にお任せください」
「……わかった。総員、待機!」

 ダンジョン庁特捜部から派遣された部隊長は素直に話を聞いてくれた。そもそも相手は異能者。担当はダンジョン庁特捜部でもなければ神籬でもない。本来なら「SPT」……警察庁異能Special特殊Psychic部隊Teamがあたるべき相手だが、まさか異能者がいるとは想定外だった。もし、他の摘発箇所にも同様な異能者がいるのであれば相当に厄介なことになるかもしれない。

「おとなしく捕まってください」

 一郎は、説得を試みながらサイコロの形をした金属片を踊り場付近へ目がけてばら撒いた。

 こちらの問いかけに応じない……というよりは反応がない?
 無視を決め込んでいるのか、声を記録されるのを気にしているのか、あるいは……。

 両腕の筋肉が一層盛り上がり始めた。片方の腕だけで巨漢の男性の胴回りほどの異常な腕の膨れ上がり方をしている。あんな腕で殴られたら、自動車に轢かれるくらいの衝撃を受けそうな気がする。

 この後に続く動作は、3階へ駆け下りて立っている人間を片っ端からなぎ倒すという行動を取るだろう。

 だが、一郎はそれを許さなかった。

 一郎はダンジョンの外でも黎力アルカナムを行使できる顕現者のひとりである。そして一郎が好んで使う能力ちからがある。

「【一雷イー・レイ】」

 最短で最速の術。
 術式によってその威力や指向性が変わってくるが、一雷はいわば早撃ち。光の速さで到達した高圧電流が周囲にばら撒いた金属へ側撃・拡散することにより、黒ずくめのライダースーツの異能者を麻痺させた。意識を失い、階段を転げ落ちてきた男の首に手錠ではなく首錠を掛ける。首錠は警察庁異能特殊部隊が扱う人外の力を持つ犯罪者を拘束するためのもので、神籬も作戦行動中、異能者と遭遇した時のために携帯しているアイテムのひとつである。

 この首錠は、手錠のように手足を拘束するようなものではないが、使用者の任意で頸動脈胴を絞めて意識を落とすことができる。首錠には小型の爆弾が組み込まれており、人の力で外すのはもちろん不可能だが、機械などを使って無理やり破壊し解錠しようとすると自動で爆発するので、おすすめしない。

「な、なんだコイツは!?」

 隊員のひとりが近づき、ヘルメットを外すと、正体は赤みを帯びた禿頭の男だった。眉毛やまつ毛もなく、耳が尖っている。鼻は中世の拷問でも受けたような半分無くなったような形をしており、普通の人間にはとても見えなかった。

「あぐぅッ」

 男が目を見開くと傍にいたヘルメットを外した隊員の頭部を掴み、一瞬で握りつぶしてしまった。

「これは警告です。それ以上動かず速やかに投降しなさい!」

 無駄だろうと思うが、警告した。
 口から細長い舌が、チロリと出た男の瞳はまるで蛇の眼のように縦に細長い。たぶん言葉が通じていない。日本語がわからないとかそういう問題じゃない。言葉をそもそも理解できない生物といった方が正しい。

 警告を発しつつも、首錠のスイッチをONにし、頸動脈も絞めつけ意識を奪おうとしているものの、その発達し過ぎた巨大な両腕で首錠を引き千切ろうとしている。

 想像していたより、軽い音とともにライダースーツ姿の男の首から上が吹き飛び、階段に向かって仰向けに倒れた。

 助かる見込みが絶望的な頭を潰された隊員の救護と犯人の遺体を処理する人間を数人残して、屋上へと急いだ。

 屋上にはすでに外階段の部隊が到着しており、屋上塔屋へ突入して、犯人の男たちの身柄を拘束していた。

 まだ亜理紗と親友の麗音、犯人の男2人がダンジョンから出てきていない。

 一郎はすぐさま分析班の佐々木に用意してもらったアバターでダンジョンの中へ入ろうとした。だが、直前に4人がほぼ同時にダンジョンゲートから出てきた。

「亜理紗ッ!?」

 一目でただ気を失っていることに気が付いた。
 そもそも一郎は現在、人工皮膚を塗布しているため、亜理紗が目を覚ましても父親だとは気づかないだろう。思わず名前を呼んでしまったが、これ以上失言をしなければ、すでに目を覚ましている来馬 鬨人くるま ときと小路 雷汰こみち らいだに亜理紗の父親だと気づかれることもないだろう。

 それにしても、違法ダンジョンの副作用だろうか? ダンジョンゲートから出てきただけで意識を失うのは問題がある。精神汚染などがないか急いで病院で検査を受けた方がいい。分析班の佐々木へ連絡をして、救急車をこのビルに向かわせるよう頼んだ。通常の病院ではなく、神籬の息のかかった病院であるため、ダンジョン法にかかわる負傷者などは特別処置を受けられるようになっている。

 男2人が先に目を覚ました。
 一郎は起き上がった2人の首根っこを掴み、床に叩きつけ、他の連中もそれなりに顔が腫れるまで床へ打ち付けておいた。その間に亜理紗や麗音が目を覚ましてこちらを見ていたが、まさか父親だと思っていないだろう。




 
 亜理紗は、父親が姿を変えているのに気がついた。
 だが何も言わなかった。
 見た目をあそこまで変えられるなんて、本当に父一郎は映画やアニメに出てくるスパイみたいでカッコいいと心の中で思った。

 建物の入り口まで警察らしき人たちに担架で運ばれると、建物の外に救急車が1台、待機していた。

 隊員の人たちが麗音と雷汰を救急車の中へ乗せようとしたが、名指しで優先順位は亜理紗が先だと救急隊員が主張したため、亜理紗と鬨人が先に救急車で運ばれることになった。

「ところで、俺たちって、なんで拘束されてんの?」

 救急車が動き始めて、鬨人が至極もっともな質問をした。
 救急車の扉がしまった途端、ロープでぐるぐる巻きにされた。

「だって、行き先は病院じゃくて地獄だから」

 どうして?
 顔がずいぶんと変わっているが、この声を忘れるはずがない。
 奥の方で背を向けて作業していた人物が、汚い笑みを浮かべて振り返った。

「華?」
「華ちゃん・・・、だろーが? このクソがぁ!」
「おい、やめろ」

 仁科華に拳で殴られたが、すぐにもうひとりの男が止めた。
 仁科華の目が怖い。憎悪を漲らせた顔をしている。
 でもそれ以上にもうひとりの男の目が怖かった。
 こんな人間に亜理紗は生まれて初めて会った。

 何の感情も抱かずに人を処理・・できる人間……。



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