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第32話
しおりを挟む「違法ダンジョンが?」
「うん、それも倫理コードが解除されたヤツ」
羽田空港から送迎にきた車両に乗って、支部へと向かっている途中、飯塚楼から報告を受けた。
「解除プラグラムはジャマル・ハニアにも渡してあったから」
倫理コードを解除されてしまうと、ダンジョンの中でPvPによるPKや性行為が可能となってしまうため、ダンジョン法で固く禁じられている。またセキュリティ性も高く生半可なハッカーではダンジョンの倫理コードをひとつ解除することさえままならないが、電話先の天才ハッカーは解除用の汎用性の高いプログラムを作ってしまっていた。
韓国経由で大量に日本国内へ持ち込まれようとした未識別の個人ダンジョンはすべて神籬が押収した。そのため他のルートを使って国外から密輸したと考えられる。
すでに若者を中心にかなり数が出回っているらしく、各メディアでも今朝から一斉に報道が始まったそうだ。そのため、ダンジョン庁特捜部およびその裏組織である神籬は早急にこの問題を解決しなければならない。
それにしてもこのタイミングで?
ジャマルを追い詰めようとしている矢先だったので、すこし気になった。ジャマル自体は東京に現れてからすぐに監視カメラの少ない他府県へと移動したので、すぐに追跡するのは難しい。出来すぎな気もするが、まずは目の前の問題を解決しなければならない。
違法ダンジョンの供給者は、これまで薬物などを流していた外国人系の犯罪グループ。彼ら自体は離合集散型の動きを見せるため、一堂に会しているところは滅多にないと捜査当局はみている。この外国人犯罪グループは仲介を通さず直接、海外からダンジョンを仕入れて夜の街で倫理観の低そうな日本人の若者を子役として探し出す。その子役が数人の孫役を選び、孫役が買い手と交渉するため、根っこを絶つのがとても難しい。地取りや鑑取りといった聞き込みを行って被疑者を特定して逮捕するような真っ当な捜査をしていたら、あっという間に数か月……下手したら数年はかかってしまう。
さらに彼ら外国人犯罪者グループは犯行を行う場合は、証拠を残さないようスマホやPCといったWEB端末を使用しない。古典的な手法だからこそ、効率が進んで人員が常に欠乏している現代では、相性の悪い案件といえる。
だが、その古典的な手法にさえ、飯塚楼はハイテクな捜査のメスを入れる余地があるという。
それはカメラ映像からマクロデータを抽出した統計術。
方法は、都内の繁華街にある防犯カメラに外国人と映像データから検出・識別された人間をランダムにAIで追跡する。
その人間が、どの時間にどこへ行ったのかをひたすらデータを蓄積する。このデータには「何をしていた」かは必要なく、時間と場所だけをひたすら集めるものとなっている。
そのデータを数万単位で蓄積していくと、昼は家に戻り、夜に行動を繰り返すような人間が浮かび上がってくる。さらにその中から複数の外国人が集まる場所を見つけ、過去のデータと照合し、犯罪に絡まないであろう施設を除外していけば、犯罪組織の活動拠点がかなりコンパクトに絞られる結果となる。そこから限りある人員を投下すれば効率的に連中を一網打尽にできる。
「まあ、それでも1週間は欲しいね」
1週間もただ傍観しておくしか手がないのか……。
神籬の他の分析班も電話の通話記録やWeb上の通信記録からキーワード探知を使って糸口を見つけようとしているが、買い手の若者と孫役の末端といった小物しか網にかからない。下手に接触すると警戒を強めるため、情報を集めつつ、そういった連中を泳がしておくしか方法はなかった。
「オガ君、2日しか遊べなかったけどまた遊んでね」
「ありぽよって素直だな……いいと思うよ、そういうところ可愛い」
亜理紗は、前日からダンジョンに入り浸っていた。本当はNPCのオガ君と遊べるのは明日までと父、一郎と約束していたが、飛んだその日のうちに沖縄から帰ってくることになったそうだ。
仕事でオガ君を使う必要があるから、と先ほど飛行機に乗っている父からLIMEで連絡をもらったため、オガ君とダンジョンの中で探索デートを満喫した。
翌日、図書館で麗音にオガ君のことを話したらずいぶんと興奮して図書館を出た後もしつこく質問攻めにあったので、しょうがなくオガ君がNPCであることを話した。
「なーんだ、現実の人間じゃないんだぁ」
「あっ、ひっどーい……!? すごくカッコいいんだよ?」
「でもなぁ、親友としては2次元にハマる友を見てると心配だよ」
「2次元じゃないよ、あれ? ダンジョンの中は何次元?」
「あははっ、知らなーい」
「もう、麗音ったら」
校門を出て、下校しながら談笑する。
良かった。麗音が元に戻ってくれて……。
先週起きた事件で、男たちに監禁された麗音は縛られただけで、殴られたり変なことはされなかったそうだが、監禁なんてされたら、心が壊れてもおかしくない出来事だと思う。それだけにたとえ表面上であってもこうして二人で肩を並べて笑い合える時間が戻ってきてくれてうれしかった。
「よっ、そこの美女ふたり!」
「あれ、ふたりともどうしたの?」
街中で声をかけてきたのは、鬨人と雷汰。
彼らには公園で助けてもらった恩がある。父の同僚、佐々木さんが後から駆け付けてくれたものの、ふたりがいなかったら、酷い目に遭わされていたはず。
「これスゴくね?」
「え……なに?」
雷汰が麗音に渡してきたチラシを見ると、黒地に白文字で「Dゲーム」と書かれている。裏面に地図だけ書かれているだけで、説明文もなにもない。
「3年の先輩から貰っちゃってさ」
「ふーん」
「なんと、クリアしたらダンジョンのAコーデ一式が貰えるってさ」
「それホント?」
「ちょっと亜理紗」
Aコーデって、300点くらいのコスチュームとレアなメイク用のアイテムがセットになっているもの。ネットオークションでたまに競りにかけられているが落札額は、社会人の月々の給料でも全然足りないくらいお高い。
Aコーデがあれば、次にオガ君と会った時にメイクアップした自分を見せられる。
麗音はあまり乗り気ではないが、男子二人もついている。どんなゲームか知らないが試してみたい。それに地図が示す場所へとりあえず行ってみて法外なプレイ代金をぼったくられそうな怪しい場所ならそもそも入らなければいい。
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