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第29話
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ジャマル・ハニアは、那覇空港を張っていた協力者が田中一郎に気が付いたことから連絡を受けた。ジャマルは急ぎ多少の時間稼ぎの工作を行い、チェックアウトの手続きをしないままホテルを出た。この場所へはタクシーを使ってやってきたが、タクシーはすぐに足がついてしまう。そこでホテルに停めてあるレンタカーを狙った。
日中にホテルへレンタカーを停めている客はほぼ100%観光客。昼前なので、食事をしてから移動するだろうから、盗難されたことに気が付くのに時間がかかるし、まず車のナンバーをちゃんとは覚えていないだろうからレンタカー会社へ連絡してからやっと警察が動くだろう。だが、車両後部に貼られているレンタカー会社のシールを剥がしてしまえば、同じ形式の車両は沖縄に1万台以上は走っている。特定するのは早くても数時間はかかるだろう。
ジャマルにとってはそれぐらいの時間があれば充分。
急いで目的地へと車を走らせた。
約30分かけて目的地へ到着した。
沖縄本島最南端に位置する糸満市にあるガマと呼ばれる琉球石灰岩でできている洞窟。太平洋戦争末期の米軍の沖縄上陸で日本兵が住民が逃げ込んだ最後の砦。この場所は、観光地図などに載っておらず地元住民も滅多に近寄らない、言わばいわくつきの霊的な場所であり、畏怖の対象となっている。ジャマルはレンタカーを乗り捨て、ガマの中へと入っていった。
めずらしく先客がいる。
ガマの中は入り組んでいて、ジャマルは明かりを使わないまま奥へと進んでいった。
中学生ぐらいの子供が4人。
そのうちの1人は裸にひん剥かれて、正座させられていて、体中に痣がある。
どこにでもあるどうでもいい話。
「とっとと失せろ」
「えー、待てふらぁッ。ちっ、やな外人やぁ!」
他には潜伏していないのを確認したジャマルは鍾乳石の陰から姿を見せて警告した。
裸になっていた中学生は自分の衣服を掴んで裸足のままガマの外へと逃げていった。だが、彼をイジメていた不良たちは、大人を相手にしても動揺を見せない。これまで相当な悪事を積み重ねてきたんだろう。
「じゃあ、ヤーを死なして遊ぼうな?」
不良3人を無視して、ジャマルはあることを始める。日本の警察は動きは遅いが、相手はあの謎の組織の人間、田中一郎。飯塚楼を逮捕した手腕をみると相当大規模でよく訓練されている。この場所をすぐに嗅ぎつけてくる可能性もある。
「よし、じゅんに死なす!」
「邪魔だな……」
ある準備が整ったところで、後ろから金属バットで殴りかかってきた中学生の顔を鷲掴みにして後ろにある鍾乳石にぶつけた。その後、3人とも両足の骨を砕いたが、そこで手を止めた。
「まあ、実験に使ってやるか」
ジャマルはあることを思いついて中学生たちをそのまま放置した。
ジャマルから約10分遅れて洞窟に到着した。
車が乗り捨てられている場所の手前で裸の中学生を見つけたので、ジェームスに保護を頼んで一郎と成底凪は、洞窟の中へと入っていった。
「──ッ!? なに今の?」
「これは……」
洞窟の中に入ってすぐのところで空気が変わった。一郎はこの不思議な空気に覚えがある。
「なっ……あれ」
「ゴブリン……」
洞窟の中にあろうことか、ゴブリンで溢れかえっていた。
ダンジョンゲートをくぐった訳ではない。二人ともアバターに変身するわけでもなく現実世界の姿かたちのまま。
そして奥の方で血だらけになった男子中学生が3人、奥にポッカリと開いたダンジョンゲートに引きずられて中へ連れ込まれていくところだった。
洞窟の中が暗い。一郎の方は、黒縁眼鏡に暗視機能が付いているため自動補正してくれるのでどちらでも良かったが、凪はそういう訳にもいかないため、ポケットの中から強力な光を放つペンライトをばら撒いた。
急激に明るくなった洞窟の中で、目をやられたゴブリンが動けなくなったところで、ゴブリンへ銃弾を容赦なく浴びせていく。通常、麻酔弾を使用しているが、相手が魔物であれば実弾の使用許可が下りる、とダンジョン法には記されているが、適用するのは初めて。そもそもダンジョンゲートからこちら側への世界へゴブリンが出てくること自体が異常事態。本来、けっしてあってはならないこと。
幸い、ゴブリンに銃弾は有効だった。人間の子どもくらいの身長しかなく、動きもそこまで速くはない。ただ棍棒や木でできた槍、錆びた短剣などを持っているため、間違っても同様の武器で戦うような相手ではない。
そのはずなのだが……。
「いったーむる泣かす!」
沖縄の方言で叫ぶ凪。
手には銃ではなく、卍釵と呼ばれる十手に似た琉球古武術で使う武器を両手に握っている。
とても素早い動きで無駄がない。ゴブリンたちの攻撃を掻い潜り、喉笛を刺し、武器を絡めとり、後頭部を叩く。格闘技術だけで言えば、神籬内でもトップクラスの動きを一郎に見せた。
だが、ゴブリンはとても数が多い。
銃弾1発ごとに1匹を確実に仕留めるようにしていたが、予備のカートリッジも麻酔弾も使い切った。この時点で数は随分と減ったが、まだ10体は残っていた。
一郎は、近くに落ちていた金属バットを拾い、ゴブリンを2匹殴り倒したが、すぐに折れて使いものにならなくなった。
「あいッ!? ゲートが……」
凪の声で気が付いた一郎はダンジョンゲートに目をやると、拳大の大きさまで萎んで消えていくところだった。ダンジョンゲートが完全に消えると同時に周囲にいたゴブリンや倒れたゴブリンの姿が黒い煙になって消え失せ、あちこちに飛び散っていた血痕さえも綺麗に無くなった。
「あっ、つながった」
「どうした?」
飯塚楼からの連絡。先ほど位置情報のビーコンが本部のモニターから急に消えて連絡を取ろうとしたが、切れてしまっていたそうだ。
「残念なお知らせしかないけど聞く?」
「一択しかないなら早く話してくれた方が助かる」
ちょっと揶揄われているが、報告を聞いて、一郎は久しぶりに心の底から驚いた。
「今、ジャマル・ハニアが東京にいるけど?」
日中にホテルへレンタカーを停めている客はほぼ100%観光客。昼前なので、食事をしてから移動するだろうから、盗難されたことに気が付くのに時間がかかるし、まず車のナンバーをちゃんとは覚えていないだろうからレンタカー会社へ連絡してからやっと警察が動くだろう。だが、車両後部に貼られているレンタカー会社のシールを剥がしてしまえば、同じ形式の車両は沖縄に1万台以上は走っている。特定するのは早くても数時間はかかるだろう。
ジャマルにとってはそれぐらいの時間があれば充分。
急いで目的地へと車を走らせた。
約30分かけて目的地へ到着した。
沖縄本島最南端に位置する糸満市にあるガマと呼ばれる琉球石灰岩でできている洞窟。太平洋戦争末期の米軍の沖縄上陸で日本兵が住民が逃げ込んだ最後の砦。この場所は、観光地図などに載っておらず地元住民も滅多に近寄らない、言わばいわくつきの霊的な場所であり、畏怖の対象となっている。ジャマルはレンタカーを乗り捨て、ガマの中へと入っていった。
めずらしく先客がいる。
ガマの中は入り組んでいて、ジャマルは明かりを使わないまま奥へと進んでいった。
中学生ぐらいの子供が4人。
そのうちの1人は裸にひん剥かれて、正座させられていて、体中に痣がある。
どこにでもあるどうでもいい話。
「とっとと失せろ」
「えー、待てふらぁッ。ちっ、やな外人やぁ!」
他には潜伏していないのを確認したジャマルは鍾乳石の陰から姿を見せて警告した。
裸になっていた中学生は自分の衣服を掴んで裸足のままガマの外へと逃げていった。だが、彼をイジメていた不良たちは、大人を相手にしても動揺を見せない。これまで相当な悪事を積み重ねてきたんだろう。
「じゃあ、ヤーを死なして遊ぼうな?」
不良3人を無視して、ジャマルはあることを始める。日本の警察は動きは遅いが、相手はあの謎の組織の人間、田中一郎。飯塚楼を逮捕した手腕をみると相当大規模でよく訓練されている。この場所をすぐに嗅ぎつけてくる可能性もある。
「よし、じゅんに死なす!」
「邪魔だな……」
ある準備が整ったところで、後ろから金属バットで殴りかかってきた中学生の顔を鷲掴みにして後ろにある鍾乳石にぶつけた。その後、3人とも両足の骨を砕いたが、そこで手を止めた。
「まあ、実験に使ってやるか」
ジャマルはあることを思いついて中学生たちをそのまま放置した。
ジャマルから約10分遅れて洞窟に到着した。
車が乗り捨てられている場所の手前で裸の中学生を見つけたので、ジェームスに保護を頼んで一郎と成底凪は、洞窟の中へと入っていった。
「──ッ!? なに今の?」
「これは……」
洞窟の中に入ってすぐのところで空気が変わった。一郎はこの不思議な空気に覚えがある。
「なっ……あれ」
「ゴブリン……」
洞窟の中にあろうことか、ゴブリンで溢れかえっていた。
ダンジョンゲートをくぐった訳ではない。二人ともアバターに変身するわけでもなく現実世界の姿かたちのまま。
そして奥の方で血だらけになった男子中学生が3人、奥にポッカリと開いたダンジョンゲートに引きずられて中へ連れ込まれていくところだった。
洞窟の中が暗い。一郎の方は、黒縁眼鏡に暗視機能が付いているため自動補正してくれるのでどちらでも良かったが、凪はそういう訳にもいかないため、ポケットの中から強力な光を放つペンライトをばら撒いた。
急激に明るくなった洞窟の中で、目をやられたゴブリンが動けなくなったところで、ゴブリンへ銃弾を容赦なく浴びせていく。通常、麻酔弾を使用しているが、相手が魔物であれば実弾の使用許可が下りる、とダンジョン法には記されているが、適用するのは初めて。そもそもダンジョンゲートからこちら側への世界へゴブリンが出てくること自体が異常事態。本来、けっしてあってはならないこと。
幸い、ゴブリンに銃弾は有効だった。人間の子どもくらいの身長しかなく、動きもそこまで速くはない。ただ棍棒や木でできた槍、錆びた短剣などを持っているため、間違っても同様の武器で戦うような相手ではない。
そのはずなのだが……。
「いったーむる泣かす!」
沖縄の方言で叫ぶ凪。
手には銃ではなく、卍釵と呼ばれる十手に似た琉球古武術で使う武器を両手に握っている。
とても素早い動きで無駄がない。ゴブリンたちの攻撃を掻い潜り、喉笛を刺し、武器を絡めとり、後頭部を叩く。格闘技術だけで言えば、神籬内でもトップクラスの動きを一郎に見せた。
だが、ゴブリンはとても数が多い。
銃弾1発ごとに1匹を確実に仕留めるようにしていたが、予備のカートリッジも麻酔弾も使い切った。この時点で数は随分と減ったが、まだ10体は残っていた。
一郎は、近くに落ちていた金属バットを拾い、ゴブリンを2匹殴り倒したが、すぐに折れて使いものにならなくなった。
「あいッ!? ゲートが……」
凪の声で気が付いた一郎はダンジョンゲートに目をやると、拳大の大きさまで萎んで消えていくところだった。ダンジョンゲートが完全に消えると同時に周囲にいたゴブリンや倒れたゴブリンの姿が黒い煙になって消え失せ、あちこちに飛び散っていた血痕さえも綺麗に無くなった。
「あっ、つながった」
「どうした?」
飯塚楼からの連絡。先ほど位置情報のビーコンが本部のモニターから急に消えて連絡を取ろうとしたが、切れてしまっていたそうだ。
「残念なお知らせしかないけど聞く?」
「一択しかないなら早く話してくれた方が助かる」
ちょっと揶揄われているが、報告を聞いて、一郎は久しぶりに心の底から驚いた。
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